39 釣果
「フィーッシュッ!」
「……」
「釣れました~」
「…………」
「釣り勝負」とやらが始まってからの現在の釣果――アカネ5尾・ネリス2尾・ノエル……0尾。
『うぐぐぐぐぐ……!』
そもそも自称釣り少女のアカネ、のんびり気質のネリスに対して、落ち着きに欠けるノエルは致命的に釣りには向いていないと思うのだ。
すでに競争には負けてるし、釣果数でも勝てそうにないのだから諦めが肝心だと思うのだが。
『まだだ! 一番大物を釣ったものこそが真の勝者なのだ!』
おおう、なんというジャイアニズム。まあ、別に自分に実害はないからいいんだけど。
しかし、あまりここで時間を取りすぎるのもなー。ぼちぼち探索に戻りたいところだ。
周囲ををきちんと警戒しているリディアを除き、釣りに夢中になっている女性陣をよそにそんなことを考えていると――
「おおっ!?」
突如ノエルの握った竿が激しくしなり、釣り糸が縦横無尽に暴れまわる。
「きたっ! きたぞっ!?」
「おっ、凄い引き。これはかなりの大物が期待できそうだねー」
「頑張ってください、お嬢様」
「もう一息ですよ~」
どうやら遂にノエルも魚を釣り上げることができそうだ。
結構大物のようだしこれでノエルも満足してくれるだろう。
……あれ? 一見するとただの美少女にしか見えないノエルだが、そこはダンジョン主。見た目からは想像もできない怪力を誇る。
にも拘らず何故にこれほどまでに魚などに手こずっているのだろう?
心中に不安が沸き上がる自分を置いて状況は進む。
「フィッシュだぁあああああああっ!!」
ノエルは気合の入った一声と共に見事一本釣りを成し遂げる。
「見よ! 大物だ!」
……うん、確かに大物だ――ぎょろつく目玉は異様なまでに大きく、こちらをギロリと睨み付けてくる。大人でも丸呑みできそうな巨大な口には鋸のような歯が生え揃っている。鱗はあまりにも毒々しく染まり、鋭すぎるヒレはそこらの刃物以上の切れ味を想起させる。
リ、リリィイイイイイイイイィィスゥウウウウッッ!!
『うん? どういう意味だそれは?』
速やかにそれを海に返せという意味だよ!
『な、なぜだ!? せっかく釣れた大物だぞ!』
どこからどう見ても魔物だろうが!?
『なぬ!?』
言われて初めて気がついたとでもいうように魚? に目を向けるノエル――件の怪魚はちょうど大口を開けてこちら猛突進して来るところだった。
「ぬわわわわわわわっ!?」
大慌てで飛び退き回避するノエルの真横を大口が凄まじい速度で通過する。
勢いそのまま進路上にあった大木にぶつかるが……バキバキと噛み砕く。
……マジかよ。
「【一斉掃射】ッ!」
再びこちらに咢を向けてくる怪魚にアカネの創り出した武器の嵐が降り注ぐも、怪魚は異様に機敏な動きでそれらをすり抜けつつ迫る。
貴様ッ! 水生生物の分際で何故陸上でそんな動きができる!?
「【火球】!」
当然ながらこちらの疑問に答えるわけもなく、突っ込んでくる怪魚の眼前にて炎が弾ける――が、まるでものともせず勢いを衰えさせない。
「なめるなぁ! 【氷蔦】ッ!」
ノエルが地面についた掌から放たれた氷の蔦が怪魚を絡めとる。
以前ダンジョン主であるグレディアを拘束しかけた魔法だ。
数瞬の後、見事に怪魚の氷像が出来上がった。
「ふ、ふんっ。ざまを見るがいい」
取り繕ってはいるが内心はかなりビビっている様子。
基本的に恐れ知らずなところがあるノエルだが、やはりあの外見で迫って来るのは肝が冷えたようである……女の子らしくて少し安心。
――ピシリ。
しかし釣りをしていて魔物が釣れるとは。海の中にもダンジョンとかあるのだろうか? まだまだ知らないことだらけである。
――ピキピキ。
とにかくこれで釣りも一段落ついたことだし、本筋に戻るとしよう。人里を探して情報収集せねば。
――ビキッ!
……なんかさっきから煩いな。何の音だ?
おやおや? なにやら氷漬けになった怪魚に皹が入っているぞ?
――ビキッビキッバキンッッ!
「ギシャアアアアアアアアッ!!」
「なっ!?」
うおいっ!? 一応ダンジョン主にも効果のあった魔法があっさりと砕かれたぞ!
氷から脱出した怪魚は躊躇うことなく迫りくる――が、
「【滅風刃】」
リディアが放った風魔法ですっぱりとスライスされ、刺身になった。
「はー、まさか魔物が釣れるとはねー。かなり吃驚だよ」
「なかなか強力な魔物でした。ダンジョンであればランクD相当に生息するレベルです」
「むう」
リディアの分析を聞きながら不満顔をするノエル。まあ、気持ちは分からなくなくもない。
つい先日にダンジョン主を独力で倒したというのに、野生の魔物に苦戦したのが不満なのだろう。
自分としては慢心される前に鼻っ柱が折られたことは歓迎すべきことだが、あまり自信喪失されても困るところだ。
――というわけなのであまり気にする必要はないと思うぞ。
『何がというわけなのか分からぬが、ダンジョン主がただの魔物に劣るというのはどうなのだ?』
別にノエルが今の魔物に劣っていたとは思わない。一対一で戦ってもノエルは勝てただろうし。
『……だが、苦戦はしたのだろう?』
それも然りだ。客観的に状況判断できるのは良いことだ。けれどもっと幼かった頃のノエルなら戦うことすらできず丸飲みだっただろう。
『それは……』
世の中上には上がいる。そして弱いのならば、まだ強くなれる要素があるということだろう?
『んっ……そうか、そうだな!』
ダンジョン主のメンタルケアもダンジョンの仕事なのだろうか?
まあ、持ち直してくれたならなによりだが。
「え~とぉ、一番最初に釣ったのが私でぇ、一番多く釣ったのがアカネちゃんでぇ、一判大きな魚を釣ったのがノエルちゃんでぇ、仕留めたのがリディアですね~」
「魚も素材も手に入ったから誰が一位でもいいと思うけどなー」
「いえ、大物を釣り上げたのですからお嬢様が一番です」
「否である! 今回は引き分け……皆が一番だ!」
スライスされた怪魚を前にワイワイと騒ぐ女性たち。
……仲良いねー君ら。
『牙猛魚』:水精系の魔物。レベル45相当。
知性は低いがその分獰猛な魔物。自分より格上相手でも見境なしに襲い掛かる。
ホームグラウンドである水中だけでなく、地上でも機敏な動きを見せる。




