35 敗北
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――華奢な見た目からは想像もつかない剛力が込められた拳を、余裕をもってゼグニスは捌く。
ただの人間ならば一撃で命を奪いかねない威力だが、彼にとっては脅威とは言えない。
無防備な部分に直撃されてもまずダメージは受けないだろう。
少女の身体の使い方はまずまずだが、地力が圧倒的に足りない。
そしてそれは片手間で剣を交えるボーンナイトも同じこと。
剣技にはなかなか光るものを感じさせるが、これでは水滴で岩を削るようなものだ。
「……ッ!?」
ゼグニスが少し力を込めて剣を振るうと、ボーンナイトは壁際まで吹っ飛んでいく。
「……ほう」
今までの言動から少女が動揺するかと思っていたが、少女の動きは止まらず……むしろ激しさを増した。
ならばこちらもとばかりに攻勢に出ようとした瞬間――強力な風魔法がゼグニスに迫る。
咄嗟に相殺にこそ成功したものの、動きが多少鈍る。
魔法の放たれた方を見やれば、美しい銀髪のメイドが一人。
おそらくはこのダンジョンにおける最強の使い手。
先程から的確に彼の動きを封じてくる。
迫る少女からいったん間合いを取り、メイドも攻撃範囲に含める大技を放とうとするも――
「【火球】!」
――間髪入れず火魔法が撃ち込まれる。敵勢の一人、リリスの仕業だ。
しかし問題はない。この程度の魔法であれば障害にもならない。
構わず剣を振り上げ……即座に回避行動に移る。
「フォブッ!?」
「ガウッ!?」
回避した先で、背後の死角から迫っていたハイレイスを裏拳で叩き落し、首筋へと噛みついてきたウルフを強引に引き剥がす。
寸前まで自身のいた場所――炎に紛れて放たれたのはダガーの群れ。
あのまま躱さず、まともに受けていれば少し危うかっただろう。
……やはり銀髪のメイドは厄介だ。
彼女レベルの使い手が複数いれば、ゼグニスといえど討たれる可能性は高い。
しかし――それでも彼の目をもっとも引いたのはダンジョン主の少女だった。
実力の差が分からないほど暗愚ではないだろう。
だが決して諦めることなく、か細い勝利の芽を実らせんと果敢に攻めてくる。
配下の魔物たちもそんな彼女を守らんと、怯むことなく挑んでくる。
強制的に従えているのではこうはなるまい。
――やはりもう一度勧誘してみるか。
そんな考えがゼグニスの内に湧く。
少女を測るためにわざと誘発した戦闘だが、終わればもう一度誘いをかけてもいいだろう――もちろんこの戦闘で少女が生き残ることが前提だが。
◇ ◇ ◇
――実によく戦った。
ゼグニスは素直に感嘆していた。
既にダンジョン主の少女と銀髪のメイド以外は、命こそ無事だが戦闘不能だ。
少女はもはや満身創痍、メイドもそれなりの手傷を負っている。
「実に見事な戦いぶりだった……が、これまでだ。……どうだろう? やはり配下に加わるつもりはないか?」
潮時を感じ、水を向けてみる。出来れば受けてほしいと本心から思う。
「……確かにこの場は貴様が強い」
少女は悔しげに認め俯き――
「――だがッ! 貴様の配下になどならぬ!」
勇ましい宣言と共に真正面から飛び込んでくる。
――自棄になったか。
少しばかりの失望を胸に、一切の躊躇なくゼグニスは剣を振るう。
だが勢いよく振るわれたバスタードソードは――少女の身体を通過する。
「なッ!?」
『霧化』――吸血鬼の持つ種族技能。
今まで使ってこなかったので使えないものと思い込んでいた。
そして――全霊を込めた少女の拳がゼグニスの頭部を吹き飛ばした。
――迂闊だった。
頭部が胴体部からすっ飛んでいく感覚を味わいながらゼグニスは思考する。
彼の種族は『死霊鎧』。『動く鎧』の上位種だ。
それ故に仮に頭部が破壊されたところで、ダンジョンコアさえ無事ならば問題はない。
問題はない――が、やはりダメージがあるのは事実であるし、感覚器官は頭部に集中してる。
何よりあの抜け目のないメイドが、何をしてくるかわかったものではない。
「ぐッ!?」
だからこそまずは少女に一撃を見舞い、メイドの方へ弾き飛ばす。
予想通り彼女はゼグニスへの追撃よりも、少女を受け止めることを優先した。
その間に胴体部は殴り飛ばされた頭部へと追い付き、回収を完了する。
そして――自らが罠に嵌ったことを悟った。
頭部を追いかけ辿り着いた部屋――ひときわ大きなその部屋そのものが魔力を放っている。
思い返してみれば、敵勢は本当にさりげなくゼグニスをこの部屋に誘導していたように感じられる。
これまでの抗戦は全て、この部屋に誘い込むためのものだったというわけだ。
初めからこの部屋で迎え撃てば、罠の存在に気づかれかねないが故に。
――だが、まだ間に合う。
何が起ころうとしているのか察したゼグニスは、即座に部屋からの脱出を図る。
そこに――
「な、なんだとおおおおおッ!?」
無数の武器が降り注いだ。
武器の一つ一つは決して強力ではない。
並みの魔物ならばともかく、ゼグニスならば耐えられる。
だが問題はその数だ。
まるで底などないかのように、無尽蔵に虚空から彼に向かって撃ち出される。
これでは身動きをとることも難しい。
部屋の外へ視線を向ければ、そこには人間の娘が一人。
こちらに冷たい視線を向けてくる。
おそらくはこの武器を繰り出している人物――実力的にはメイドにも近いだろう。
ここにきてゼグニスは己の失敗を悟る。
十二分に評価していたつもりだった……しかしそれでも過小評価だったのだ。
この局面までこのカードを伏せておく胆力、そうそう持てるものではない。
「ぬぅうううううう!」
そしてランクCダンジョン主――ゼグニスは部屋ごとダンジョンから姿を消した。
どちらにとってもこの結果は『勝利』とは言えません。