34 とかく物事は思い通りにならない
閲覧ありがとうございます。
「お嬢様! ご無事ですかっ!?」
「【治癒】! 【治療】! あぅ~これだけじゃ足りません~」
「リディア殿! 回復薬に解毒剤ですぞ!!」
「く~ん」
戦闘が終わったとたんにダンジョンの主戦力陣がなだれ込んでくる。
ノエルの命令で、余程のことがない限り手助けは控えるように言われていたのだ。
リディアがノエルに飛びつき、ネリスは回復魔法を唱え、セバスは薬をさし出し、クロは心配げな鳴き声を上げながら鼻を寄せている。
「……そう騒ぐな。見た目ほど大した怪我ではない」
「本当ですか? 無理はしていませんか? 身体におかしなところはないですか!?」
「だっ、大丈夫だと言っておる」
ノエルが引くほど矢継ぎ早に質問するリディアはこの中で最も心配していた。
グレディアとの最後の攻防の際には……既にダガーの投擲モーションに入っていた。
もしもノエルが動きを止めていれば、グレディアの頭はぶち抜かれ、手足はバラバラに引き裂かれていたに違いない。
――まぁ、そんな彼女が待機していたからこそ、一対一の決闘染みた真似を許可したのだが。
狙いはノエルに実戦経験を積ませることと、ご機嫌取りである。
この様子であれば上手くいったと見ていいだろう。
ノエルの事はリディアたちに任せて、自分は色々とチェックするとしよう。
まずは罠に嵌った魔物勢だが……うん、見事に全滅しているな。
地面落下+罠による追い打ち、止めはアカネによる武器一斉掃射。
死ねるわー。
次は残存魔素の確認……やはり大幅に増加している。
予想通りグレディアはダンジョン主だったようだ。
……これで相手がただのダンジョン主ならば、臨時収入万歳と喜べるんだが。
敵ダンジョンが『五感同調』を使用している可能性を考慮して、外にも魔物を置いていたが特にトラブルの報告はなし。
どうやら増援も来ていないようだ。もしくは増援を送っている途中でグレディアが敗れたのかもしれない。
ダンジョン内の様子は――ノエルを中心に騒ぐ連中・潰した魔物の素材を漁るアカネ・ダンジョン内にて待機警備するリーダー・廊下に佇む黒甲冑・戦闘終了の報を聞き安堵する生産区画の面々――うん、問題はないな。
――――待て。……今何か……おかしな物がなかったか?
慌ててダンジョン内をくまなく見回す。
――居た。武骨でありながらもどこか優美な印象を与える漆黒の甲冑。
中身はフルフェイスに覆われ窺えない。
巨大なバスタードソードを握り、我が物顔でダンジョンを歩いている。
触覚などないのにゾクリと寒気を感じる。最悪だ。
その黒甲冑から感じられる存在感は紛れもなくノエルやグレディアと同種のもの――ダンジョン主である。
しかしその格は明らかに違う。
一目でもって確信する――勝てない。
多少の地力の差なら経験や技能で埋められる。
格上相手でも、数を揃え連携すれば勝ち筋を見いだせる。
だが――これは駄目だ。どう足掻いてもノエルたちがこいつに勝つイメージが湧かない。
子犬が十匹集まっても巨象が相手では蹴散らされる――そんな感覚だ。
……何よりも恐ろしいのは、こんな存在感を持った相手に今の今まで気が付かなかったことだ。
この事実がなによりもこの黒甲冑の危険性を物語っている。
しかもより最悪なのは既に侵入を許してしまっていることだ。
これでは逃亡も難しい。……さていったいどうしたものか。
『……何かあったのか?』
自分の焦りの感情が伝わったのか、ノエルが話しかけてくる。
――うむ。緊急事態だ、エマージェンシーだ。
『むぅ、いったいどうしたの言うのだ。見てのとおり敵は倒したぞ』
何やらノエルは不満げに頬を膨らませている。……ひょっとして褒めてほしかったのか?
普段であれば自分も褒めたいところなんだが……今はそんな暇も惜しいからな。
手早く本題に入らねば。
……ダンジョンの中にもう一体ダンジョン主が侵入している。
『な、なぬ!? ならばすぐに迎撃せねば!』
無理だ。戦いになったら勝てない。
『むっ。……そのようなこと、やってみなければわかるまい』
……リディア三倍分と言ったら理解できるか?
『…………。よしっ、勇気ある戦略的撤退だな!』
おおう、即断即決……そしてどこかで聞いたような台詞だな。
具体的に言えばグレディアと戦う前くらい。
……よもやノエルの性格形成って自分の影響もあるのだろうか? ……いやいや、まさかな。
しかしそんなにリディアが怖いのか。……まぁ怖いけど。
それに最近はリディアも訓練の時は変な手加減を止めて、容赦がなくなったしなー。
毎回叩きのめされて悶絶してるもんなー。トラウマにもなるか。
『しかしどうするのだ? 既に内部に侵入されているのだろう?』
それに関しては一応考えがある。
ノエルに方策を伝え、他のメンバーにも詳しい指示を出してもらう。
……さて正念場だ。絶対的に勝てない相手――それでも生き残るためには足掻くしかないのである。
◆ ◆ ◆
主君であるヴィンセントから預けられた己が領地に、ダンジョンが出現した。
規模からして誕生したのではなく何処かから『移転』してきたと思われる――そんな報告を受け、ゼグニスは軽い疑念を抱いた。
――珍しいこともあるものだ。
そんな疑念である。
『移転』はダンジョンが誕生時から持ちうる基本機能だが、それが行使されることは少ない。
なぜならば魔素の消費が高いうえに、移転先はランダム。
直接的なメリットがほとんどないからである。
そんなことに魔素を使うならば、魔物を創造するか罠を設置する。
それがダンジョンの定石である。
それ故に彼は、件のダンジョンを追いやられた敗残のダンジョンだろうと判断した。
そこでそのダンジョンを、配下のダンジョン主の試金石として使うことにした。
配下のダンジョン主であるグレディアは、どうにも思い上がりが強く経験が浅い。
そのあたりの矯正を期待しての抜擢である。
与えた命は相手のダンジョン主を配下に引き込むこと――無理ならば始末である。
この程度は熟してほしいというのが彼の希望だった。
そしてグレディアが任務へと赴くと、彼は徹底した隠蔽の下に監視を行った。
ランクCのダンジョン主たる彼が本気で身を隠せば、もとより彼女程度で気づけるはずもない。
そして悠々とした気分で監視している彼の眼前で――いきなり眉を顰めたくなるような状況が展開される。
のっけからの喧嘩腰、しかも相手のダンジョンへ入り込むという軽率な行動である。
まぁ、弱みを見せず上下関係を明確に示すという意味では効果的か、とポジティブに解釈した彼は自身もダンジョンへと侵入した。
グレディアがダンジョン主と交渉している間に、自身はこのダンジョンに関して軽く調査する腹積もりでの行動だ。
――そうして調査して結論は、やはり脅威ではないというものだった。
ダンジョンの規模・徘徊する魔物・設置された罠、それらから判断すればおそらくはランクFといったところだろう。
彼女でも十分に対処可能だと認識する。
――だというのに、あっさりとグレディアが敗れてしまった。
詳細は分からないが、ダンジョンに入って間もないうちに彼女の気配が消えてしまったのだ。
さすがにこの展開には困惑してしまった。
自身の見識が間違っているとは思わない――しかし現実としてグレディアは敗れた。
この齟齬を確かめるために彼は自らダンジョン主の下へ赴くと決めた。
――若い。
それがダンジョン主を見た初めての感想である。
相手は一見すると美しい少女にしか見えない。
もちろんダンジョン主である以上見た目など当てにならないが、何十年にも渡る経験から彼は少女の経験を正確に把握していた。
本来であれば見立て通りランクFが妥当だろう。
しかし有する魔力はグレディアを上回っており、油断もない。
内心で評価を上げつつ口を開く。
「我が名はゼグニス。ヴィンセント様よりこの地を任されし者だ。グレディアを討ったのは貴様か?」
「……そうだ」
「ほう、見事なものだ」
感嘆の声を上げるゼグニスとは対称的に少女の顔は顔を顰める。
「……何も言うことはないのか?」
「うん? 見事だと言っているが?」
「……そうか」
少女が何を思っているのか読み取れず、内心で首を傾げながら言葉を続ける。
「グレディアから話はあったと思うが、我と共にヴィンセント様に仕える気はないか? 悪いようにはしないと約束しよう」
「……本当か?」
「無論だ。有能な配下に対しヴィンセント様は寛容であらせられる」
「……わかった。いいぞ」
こちらに対して萎縮しているのか、それともこの場を凌ぐために敢えて下手に出ているのか――。
『移転』によってこの地に現れたことと、グレディアとの交戦事実から、少女を測るために一つ爆弾を放ってみる。
「しかしこちらも配下のダンジョン主を討たれて何もなしというわけにもいかんな。……そうだな、忠誠の証として配下を一人この場で殺してもらおうか?」
――瞬間、少女の雰囲気が変わる。
「……ッ! 断るッ!」
――意気や良し。
内心で少女の評価をさらに上げつつ、ランクCダンジョン主――ゼグニスは剣を構えた。
通常のダンジョン主の『移転』に関する認識はこんな感じです。




