32 交渉
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『後悔先に立たず』――後から後悔しても取り返しがつかないので、事前に十分注意しなさいという諺だ。
この諺の意味はよく理解出来る……出来るのだが、それでも後悔してしまう……あんなことするんじゃなかった――と。
ノエルたちが街に出掛けたことではない。街で得られた情報は十分に有用だった。
大浴場のことでもない。ダンジョン内の人員には好評で、メンタル面で中々の効果を発揮している。
では何を後悔しているかと言えば……フラグなんか立てるものではないと言うことである。
「あたしの名はグレディア! ゼグニス様の使いだ! このダンジョンのダンジョン主っ、さっさと出てきな!」
つまりは――トラブル発生中だ。
現在ダンジョンの前には魔物が結構な数たむろしている。
きちんと統率の取れた様子からして野良の魔物ではあるまい。
一人だけ前に出て口上を述べている魔物――上半身は女性形で下半身は蜘蛛、おそらくは女郎蜘蛛――がリーダーのようだ。
……というかこいつはおそらくダンジョン主だな。
最近自分も成長してきたのか、一般の魔物とダンジョン主の区別がつくようになってきた。
サンプルがノエルと配下の魔物だけだったので勘違いの可能性もあったが、こうして見てみるとやはり他の魔物とは別物だとはっきりと分かる。
「聞こえてるんだろ! こっちは今すぐ攻め込んだっていいんだよ!?」
しかしまぁ、わざわざと寒い中ご苦労なことである。
『ダンジョン探知』で他ダンジョンの存在は知っていたが、かなり距離があったので接触してくる可能性は薄いと思っていたのだが……。
来てしまったものは仕方がない……問題はどう対処するかだ。
一番確実なのは連中が侵入してくる前にさっさと『移転』することだが――
『嫌だぞ?』
……デスヨネー。ダンジョン主の意向により『移転』は却下である。
となると――
『向こうが話したいと言うなら、話してみれば良いのではないか?』
……後ろに魔物を引き連れているからなー、平和的な話し合いは望み薄と見た方がいいだろう。
『では戦うのか!?』
ええい、嬉しそうにするな!
望み薄でも話し合いで済むならそれでいいのだ。
『むぅ、ではどうすると言うのだ。ハッキリせよ!』
……とりあえずは話し合いの方向で。
向こうの要件次第では戦闘も視野に入れるというのはどうだろうか?
『……うむ! それならばよいぞ。それでは早速出迎え――』
待て待て。どうせ戦うならホームでだ。
出迎えにはスケルトンを送るとしよう。
こちらは他のメンバーに指示を出して準備だ。
『……あやつら、大人しく入って来るのか?』
まぁ、自信家っぽいし大丈夫じゃないかな。
最悪『移転』を使うということで。
『戦ってはいかんのか? それほど強そうにも見えんが……』
……そういえば視覚を同調させていたのでノエルにも相手が見えているのか。
確かに自分も同感だが技能とかを考えると見かけだけで判断するのもな。
『油断大敵と言うやつだな!』
……ドヤ顔も良いけど分かっているなら気を付けようね。
『うむ、当然だ!』
……不安だ。
『何故だ!?』
◇ ◇ ◇
グレディアとかいうダンジョン主は初めは軽く渋っていたが、結局ダンジョン内に入って来た。
自分なら絶対に外で会うところだが……自信家なのか馬鹿なのか、それとも上司に絶対に接触するよう命じられているのか。まだ判断が付かないところである。
「…よくぞ来た! 余こそ、このダンジョンのダンジョン主――ノエルである!」
お約束の名乗りを上げるノエルの背後には魔物を並べてある。
ただし……スケルトンなどの低位の魔物たちだ。
リディアを筆頭とする主戦力はすでに配置についてもらっている。
この状況を作ることで、相手の力量や本音を少しでも探りたいところだが――
「……ハッ! 随分と貧相な配下じゃないか? まぁ、こんな雑魚のダンジョンじゃあ仕方ないんだろうけどね」
う~ん、何とも小者臭漂う台詞である。
大勢力の傘下ってことで気が大きくなっているんだろうか?
『……殺してよいな?』
いやいや、待て待て。ひょっとしたらこちらの反応を見るための言動かもしれないし、本題に入るまでは大人しくしておこう。
自分はまったく気にしていないので、ノエルも気にする必要はない。
『むぅ……そなたがそう言うのなら』
「さーて小娘。この辺りはヴィンセント様に領主を任されていらっしゃるゼグニス様の支配地だ。お前がここにダンジョンを構えるってんなら、やんなきゃいけないことがあるだろ?」
「?」
言いたいことははっきり言えよ。うちのノエルは素直だから婉曲的な物言いじゃわかんないんだよ。
「首を傾げてんじゃないよ! 要はお前もゼグニス様に仕えろって言ってんだよ!!」
なんかやくざの縄張り争いみたいな感じだな。
『どうするのだ? 余は断りたいぞ』
ん~気持ちはわかるけど……ここは保留かな。
グレディアとかいうのはともかく、バックにいるらしい連中とは敵対しない方が無難だろう。
『まさかっ、余にあいつの手下になれと言うのか!?』
それこそまさかである。ここは適当にあしらって、さっさと『移転』してしまおう。
『……逃げるのか?』
不満そうな顔しなさんな。勇気ある戦略的撤退ってやつだよ。
『……むぅ』
「……わかった。そのゼグニスとやらに仕えようではないか」
「……へぇ素直じゃないか。でもね、様をお付け、様を」
……まさかノエルが素直に自分の言う事を聞いてくれる日がこようとは。
成長したんだなな……くっ、目もないのに涙がこみ上げてくるような気がする。
「それじゃあ……その言葉が本当かどうか証明してもらおうか?」
「証明だと?」
……あれ? なんだか雲行きが。
「なーに、簡単なことさ。とりあえず、挨拶代わりにお前の配下の魔物をあたしによこしな」
あ、馬鹿お前――
「うむ、帰れ貴様」
「……は?」
……まぁ、ノエルの性格上こうなるよな。
「帰れと言ったのだ。頭だけでなく耳まで腐っているのか?」
「なっ!? お前ッ、誰に向かって口を聞いてるのかわかってんのかい!?」
「貴様に決まっておろう。なんだ? 下半身だけでなく頭の中身まで虫並みなのか?」
うわー、煽る煽る。いったい誰の影響だ。
相手さんも思いっきり顔が引きつって、目を血走らせている。
交渉は決裂だけど……仕方ないか。あの要求には自分も腹が立ったし。
さて連絡連絡っと……。
「はっ! いいだろう。お前らッ! やっちまい――なぁあああアアアアアァァ!?」
グレディアは言葉の途中でノエルの眼前から姿を消した。たぶん配下の魔物に指示を出そうとしたのだろう。
――何のことはない。彼女たちが立っていた床が消失し、階下に落下したというだけの話だ。
おそらくダンジョンが設置する通常の罠であれば事前に気づくことが出来たのかもしれない。
しかし、この部屋はそうではない。実はこの部屋の床の一部はアカネの『想像具現』によって具現化したものなのだ。
そして具現化した物はアカネの意思で何時でも消せるので――こうなったわけだ。
この発想をアカネから聞いた時は敵に回さなくて本当に良かったと安堵したものだ。
……というか彼女は本当に元女子高生なのだろうか?
いろいろと馴染み過ぎている気がするんだが。
言うまでもないことだが、階下には致死性の罠を仕掛けてある。
これにて敵は全滅――
「こっのっ、小娘がっ!」
――とはいかないか、残念。
流石にダンジョン主だけあってしぶとい。咄嗟に糸を天井に張り付けて戻ってきやがった。
まぁ他の魔物を助ける余裕はなかったようだが。
「ぶっ殺すッ!」
「やれるものならやってみせよ!」
――では開戦だ。




