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S3 召喚者 村岡弘の場合

「【閃光】」


 言葉と共に目を覆わんばかりの発光が生み出された。

 咄嗟に目を瞑った熊の特徴を持った獣人は、この隙に攻撃してくる気かと防御を固めるが……予想に反して攻撃は来ない。

 訝しげに思いながら目を開くと――


「なっ!?」


 驚愕の声を上げる。それも無理はない。

 いつもまにやら足元が泥状に変化し、ずぶずぶと己の巨体が沈んでいくのだから。


「【底なし沼】だ。動けないだろ?」

「ぐぐっ!」


 光はこれを悟られないための目眩ましだったのかと悔しげに唸りつつ、脱出のために力を振り絞る。そこに――


「【雷撃】」

「ぐわぁぁぁぁっ!?」


 無情にも放たれた(いかずち)が熊人を消し炭に変えた。

 

「貴様ァァァアアアッ!」


 仲間の死に飛び出したのは狼の特徴を持った獣人。

 鋭い爪を振りかざし、黒髪黒目(・ ・ ・ ・)の少年の首を狙う。


「【重力十倍】」

「うぐぅっ!?」


 少年が言葉を呟くと、狼人は地面に押し潰されているかのように這いつくばる。


「な……んだ、これ……は……っ!?」

「【拘束】」


 続けて放たれた言葉と共に虚空から出現した鎖が狼人に絡みつき動きを封じる。


「お、おの――ゲブッ!?」

「……あと一人だな」


 動けなくなった狼人に止めを刺した少年は最後の獣人に目を向ける。


「よくも二人をぉぉおおおっ!」


 最後の一人となった虎の特徴を持った少年は、魔力の全てを『身体強化』に注ぎ、さらに切り札である『獣化』を使い限界まで己を強化し突き進む。

 たとえどんな小細工をされようとも、目の前の外道の喉笛を噛み千切らんと吠える。


「ガァアアアアアアアっ!」


 だがそんな虎少年の眼前で――


「【転移】」


 あっさりと標的は姿を消す。


「――ッ!? ど、どこに!?」

「【豪炎】」


 混乱する虎少年の背後から傲慢さを隠しきれない声が響き――少年は炎に包まれた。



 ◇ ◇ ◇



 村岡弘は召喚者だ。

 大陸東部アーベル皇国にクラスメイトともに召喚された。

 元々読書家でネット小説にも目を通していた彼はすぐに状況を把握し……「これは誘拐だぞ!」と皇に噛みついた。

 相手に主導権を取られまいとしての行動である。


 なるほど、弘の言うことは確かに正しい。

 相手の了承を得ずに身柄を拘束するような行いは、正しく「誘拐」である。

 ……ただし、それは法治国家である現代日本でのルールである。

 別の国、まして異世界でそんな常識が通用するはずもない。

 彼の行動は、下手をすれば殺されてもおかしくない迂闊なものだった。


 ――しかし皇は弘を許した。

 自分たちに非があるのは確かであるし、異世界人であれば常識にも疎いのだろうと判断したのだ。

 だが、この判断が弘の増長を加速させてしまう。

 彼は王の鷹揚な慈悲に気づくことなく、自分の言に反論できなかったのだと思い込んでしまったのだ。


 その後、皇は召喚者たちの保護を申し出たが弘だけは拒絶した。

 皇国が自分たちを利用する腹積もりなのだと決めつけたのだ。

 そして自分は一人で生きていけると言い残し皇城を後にした――別にサバイバル技術や一人暮らしの経験があるわけでもないのに。


 弘にとって幸運だったのは、召喚者の特性なのか、膨大な魔力と強力な固有技能(ユニークスキル)を持ち、冒険者ギルドという組織があったことだ。

 もしもこの幸運に恵まれなければ、彼は一週間と生きていけなかっただろう。


 ――ともあれ弘は異世界を誰にも縛られず、好き勝手に生きることにしたのである。



 ◇ ◇ ◇



「いやはや助かりました! いきなり襲われて死ぬかと思いましたよ」

「……別に大したことじゃない」


 揉み手を擦りながらヒロシに礼を言うのは商人風の男だ。

 彼が獣人三人に襲われているところにヒロシが割って入ったのである。


「だから言っただろうが。あんな連中、俺一人で十分だって」

「そ、そうですね……」


 ヒロシは男の後ろから姿を現した仲間たち(・ ・ ・ ・)に声をかける。

 全員が彼が()()()()()()仲間たちだ。


「そうだっ、街についたら是非ともお礼をさせて下さいよ」

「……ふん、美味い飯でも用意しろよ」


 ――ヒロシはこの異世界で「自分の道を貫く」と決めていた。

 誰にも流されない生き方をしようとも。


 きっと皇国に残ったクラスメイトたちは、いいように利用されているのだろう。

 助けてやる義理もないが、暇だったら手を貸してやるか――そんな風に彼は考えている。












 ヒロシは気づかない。

 誰にも流されない――それは何処にも所属しないという事。孤高なのではなく孤立しているという事。

 自分の道を貫く――それは他者を考慮に入れず、自分のことしか頭にないという事。


 そんなヒロシの在り方を、彼が仲間だと思い込んでいる同行者が奇異に感じているという事を。

 単に彼らはヒロシの力を恐れているに過ぎず、機会さえあれば離れようと既に見切りをつけていることを。


 何者にも事情があり考えがあり目的があるのだという事を――。

 先程彼が殺した獣人たちの目的が復讐だったという事を――。

 助けた商人は奴隷商人であり、獣人たちの家族を奪ったのだという事を――。

 

 強大な力を持っていたとしても、いつまでも子供でしかないヒロシは何にも気がつかないままこの世界で生きていく。

 ――彼に相応しい末路に至るまで。

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