30 便利屋ギルド
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結論だけを先に言ってしまえば――その施設は危険でもなんでもなかった。
建物の中の間取りは広く開放的で、居心地の良い雰囲気が感じられる。
どうやら食堂も兼用しているようで、テーブルには暖かそうな料理が置かれ、何人かの人間が舌鼓を打っている。
壁のボードにはビラのようなものが何枚か貼られ、その前には思案顔の少年の姿がある。
カウンター奥では、事務仕事に精を出す職員らしき人々も見える。
幾つかの点を除き、自分のイメージしていた冒険者ギルドに近いと言えるだろう。
……気になるのは次の二点。
まず建物に漂う雰囲気が冒険者ギルドっぽくないということ。
いや、自分は冒険者ギルドに行ったことなどないので、正しいのかは分からないが……荒事を生業とする冒険者の拠点ということで、もう少し荒んだ雰囲気を想像していたのだ。
次に建物内の人々。
体を鍛えている様子はあるのだが、冒険者っぽくない……というかそもそも武装していない。
……やはりこの建物は冒険者ギルドではないのだろうか?
「う~む、どれを頼むべきか……」
「(……この料理なんかどうですかー?)」
「お嬢様、あまり食べ過ぎは……」
とりあえず情報収集をアカネに任せて、席に着いたノエル達はメニューを物色中だ。
……ちょっと食欲旺盛過ぎだろう。飲み物くらいしとこうや。
「ハイハイ、お待ちどう――って多っ!?」
情報収集を終えたのか、戻ってきたアカネがテーブルに山と積まれた皿を見て驚きの声を上げる。
……結局あれからノエルは遠慮なく料理を頼みやがったのだ。
初めての人間の街訪問は、見事に食道楽への道を切り開くきっかけとなってしまったらしい。
「おお、アカネ。戻ったのか……そやつは誰だ?」
ノエルが首を傾げてアカネの後ろを見やると、一人の女性が連れられている。
赤髪を束ねた鋭い目つきをした女性だ。
どうやら建物にたむろしていた人間を連れてきたらしい。
「情報提供者のリラさんだよー。あ、注文お願いしまーす!」
軽く女性を紹介すると、店員を呼びつけ飲み物を二人分頼む。
「余の名はノエルだ。よろしく頼む!」
「……リディアと申します」
「リラだ。まぁ、よろしく」
ノエル達の方はその間に軽く自己紹介を済ませる。
しばらくして飲み物が来ると質問が開始される。
「――で、なにが聞きたいんだい?」
「……ん~、とりあえずこの建物は何なのかってことと、街に冒険者ギルドが見当たらないのは何でなのかってこと。この辺りを治めてる人についてかな」
とりあえず交渉はアカネに任せることになっている。
ノエルは交渉に向いているとは思えないし、リディアは人嫌い、ミューは論外と妥当な人選だと思う。
しかし、質問内容を聞いたリラは怪訝な顔をする。
「……冒険者ギルドとはまた随分と昔の話を持ち出してきたね。あんたらいったい何処から来たんだい?」
「いや~、ちょっとばっかし遠くからね」
逆に尋ねられることになったアカネは、はぐらかしながらリラの方へ手をやる。
――手の中にはお金が少々……袖の下って大事だね!
「……まっ、人には言えないこともあるからね。深くは聞かないよ」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべつつ、お金はきっちりと受け取る。
まぁ、情報代ってことだな。
「――それじゃあ、まずはこの夜の箱庭を治めている方の話からだね」
そんな出だしからリラの話は始まった。
◆ ◆ ◆
――まずこの南部領域一帯は四大迷宮の一角、夜の箱庭のダンジョン主、ヴィンセント様が支配してる。
――四大迷宮? 大陸の東西南北にあるランクAのダンジョンをそう呼ぶのさ。
――まぁ、あたしも夜の箱庭以外のダンジョンについてはよく知らないんだがね。
――ヴィンセント様の傘下には他のダンジョン主もいてね。
――彼らの中で、特に実力のある奴が領主として各地域を治めている。
――この街も含めて周辺の街はランクCのダンジョン主、ゼグニス様の領地だ。
――基本的に野生の魔物はゼグニス様の配下の魔物が討伐するから、魔物退治を主な収入とする冒険者なんて商売は随分前に廃れちまってね。
――あたしが生まれる前の話だから冒険者なんてのも言葉として聞いたことがあるだけさ。
――今は街中の仕事を請け負う便利屋ギルドってわけだ。
――魔素はどうやって獲得するのかって? ……妙に詳しいね、あんたら。
――この辺りの人間には一定の期間ダンジョン内で生活することが義務付けられているのさ。
――基本的に自給自足。足りなければ外から食料や家財を持ち込んでね。
――代わりにあたしらは魔物から取れる素材とかを融通してもらってる。
――そのあたりの事は実際に関わっているギルドの職員や商人に訊きなよ。あたしだって詳しくないんだ。
――とりあえず質問の答えとしてはこんなところかね?
――不満はないのか? おかしなことを聞くね。
――特にでかい争いはないし、きちんと働けばそれなりの生活はできる。
――不満を抱く理由がないよ。
◆ ◆ ◆
「なるほどねー。雪が積もってたからひょっとしたらって思ってたけど……此処が夜の箱庭だったのかー」
「アカネは此処の事を知っていたのですかー?」
「ん~、噂話くらいだね。内地とは山脈で切り離されてるから、あんまり詳しくは知らないんだ」
「リディアも知らなかったのか?」
「申し訳ありません、お嬢様。私もこちらへ足を運んだことはなく……」
街からの帰り道、ノエル達の話を聞き流しながら考える。
リラの話からこの南部領域の情勢はある程度把握できた。
街の様子には合致しているし、そもそもリラには嘘をつく理由もない。信用してもいいだろう。
しかし――羨ましい話である。
冒険者という外敵が存在しなければ、罠やダンジョンの増築・魔物の創造に必要な魔素は大幅に節約できる。
問題となるのはダンジョン同士の争いだが……それも強力な統率者がいれば解決できてしまう。
この辺りに誕生するダンジョンはかなり恵まれているのではないだろうか?
自分もこの辺で誕生したかった。
――まぁ、愚痴っても始まらない。これからの事を考えよう。
とりあえず冒険者がいないのは良い情報だ。ダンジョン内の人員も増えているのでじっくりと腰を落ち着けることが出来る。
問題なのは夜の箱庭のダンジョン主とその配下だ。
挨拶にでも行くべきか迷うが、今は接触は避けた方が無難だろう。
よそ者として排除される可能性も考え、何時でも『移転』出来るよう準備はしておく。
万が一に備え、魔素はきちんと蓄えておかねばな。
「ううっ、寒いっ! こんだけ寒いと温泉とか入りたくなるなー」
「……? アカネ、温泉とは何なのだ?」
「へっ……? え~と、地面からお湯が湧きだすっていうか……ノエルちゃんの部屋にあるお風呂の大きい版みたいな感じかな?」
……んん? 話の流れが不味い方向へ行っているような……。
「そんなのがあるのですかー」
「そーそー。みんなで一緒に入ると楽しいんだよねー」
何やら楽しげに話題に花を咲かせているが……自分の心中は穏やかではない。
『……なぁ』
……なにかな?
『そなた、温泉って知っているか?』
……シリマセンヨ?
リディアさんは実は寒がりなので南部には来てません。




