27 夜の箱庭
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――大陸南部。
高く険しいオルギア山脈によって内地と隔てられ、一年を通して雪によって閉ざされたこの地には、かつていくつかの小国が存在していた。
それらの小国は互いに小競り合いと小康状態を幾度となく繰り返しながらも、その歴史を紡ぎ続けていた。
――そんな大陸南部に変化を齎したのは、ある時出現したダンジョンである。
……そのダンジョンは通常のダンジョンとは違い、奇妙なことに当初防衛態勢を整えようとはしなかった。
代わりにそのダンジョンが行ったこと――それは人間を篭絡すること。
いったい如何なる手段を用いたのか、そのダンジョンはまず、最初にやって来た冒険者を手懐けることに成功したのだ。
通常、ダンジョンは冒険者によって発見される。
ダンジョンを発見した冒険者はギルドへと報告し、その情報は多方面で共有化される。
これだけであれば冒険者側にメリットがないが、ギルドから報告した冒険者には多少の報酬が支払われ、ギルド独自の技術によりダンジョンのランクが測定されるため、大抵の冒険者はギルドに報告するのが自然であった。
そのダンジョンはこの制度を逆手に取った。
最初に手懐けた冒険者を通じさらにギルドの職員を篭絡し、自らの情報を隠蔽させたのだ。
これにより冒険者の襲撃は激減し、戦わずして脅威を排除したダンジョンは『移転』を行うことなく魔素を蓄え続け、手勢を増やしていった。
さらに人間社会への浸食はギルドだけに止まることはなく、ゆっくりと時間を掛け少しずつ、だが確実にその侵度を深めていった。
ギルドの職員からギルドへ出入りする街中の商人へ。
街中の商人から街の有力者へ。街の有力者から行政の関係者へ。
行政の関係者から国家の要人へと、誰も気が付かないまま着実にダンジョンの配下は増えていった。
漠然とした違和感を感じる人々もいた。
しかし、そういった人々も疑念を同じ人間へと向け、背後の存在に気が付くことはできなかった。
……そして人々が気が付いた時には全てが遅かった。
抗う意思を持った者たちの抵抗は同胞によって潰され、何時しか国家と言う枠組みも失われた。
皮肉なことにダンジョンの台頭によって、国家同士の対立もまた消滅した。
夜の箱庭――大陸南部領域全体を表すと同時に、四大迷宮の一角たるダンジョンを指す名称である。
◆ ◆ ◆
赤いキャップを被った配管工の操るカートがトップを独走する。
「はははは! 何人たりとも余の前は走らせぬぞっ!」
スタート直後から早々にほとんどの乗り手を置き去りにし、首位を譲らぬが故の発言、決して大言壮語とは言えまい。
――だが心せよ。勝者と敗者は同じコインの裏表。
両者の立場は容易く入れ替わるものだということを。
「そのままゴールはさせませんよっと」
序盤あえて最下位になることで手に入れ、終盤を見越し温存しておいた一発逆転アイテム。
今こそそれを解き放つ!
「なん……だと……?」
コース全域へと降り注ぐ雷に打たれた配管工は小人へと姿を変える。
悲劇はそれだけでは終わらない。
さらに背後より強襲する巨大なカメによって踏みつぶされ、紙のようにヒラヒラと舞ってしまう。
何たることか、手に届いたはずの一位の栄冠は遥か彼方へと去ってしまう。
そんな配管工を尻目に巨大ガメはゴールへと到達する。
……華やかなファンファーレが響き渡った。
「……余が……ビリ……だと?」
「いやー、いい勝負だったねー」
「ア、アカネ、今のは卑怯ではないのか!?」
「チッチッチ、ノエルちゃん。勝負の世界は非情なのだよ」
「ぬうぅ……もう一度、もう一度勝負だ!」
「受けて立ちますよー」
……何やら楽しげにゲームに興じているのは、我らがダンジョン主ことノエルと先日配下に収まったアカネ嬢だ。
彼女達がプレイしているのは「マ〇オカート」というゲームだ。
これもまた最初のダンジョン創造時にイメージしたが、漫画と同じく遊戯室でお蔵入りになっていた品だったのだが、アカネ加入によってこのたび陽の目を見ることとなった。
……なんとなく日本人っぽいなーと思っていたら、本当に日本人だったらしい。
ノエル経由で聞きだしたところ、こちらに来た理由は不明。
アカネも自分以外の日本人にはこの世界で会ったことはないらしい。
「ところでさーノエルちゃん。ちょっと訊きたいことがあるんだけど?」
「うん? 何だ訊きたいこととは?」
当初は反対していたアカネ加入だが、今はある程度警戒は解けている。
今まで常時監視していたが、おかしな行動をとっている様子はなし。
もちろん『意思伝達紐』は装着済みだ。
「何て言ったらいいのか……この間ダンジョンが揺らいだみたいに感じたんだけど。あれって何?」
「…………おお、あれか! あれはダンジョンが『移転』を行ったからだな」
「『移転』……ああ! あれがダンジョンの『移転』かー。……ってことはダンジョンがどこか別の場所に移動したってことだよね?」
「うむ、そのはずだ――うぐっ! な、なんだ今のは!?」
踏み絵も兼ねて冒険者にもぶつけてみたのだが、一切の躊躇なく殲滅した。
……最近の女子高生って皆こんな感じなのか?
「隠し通路ってやつだねー。ちなみに今は大陸のどの辺にいるのかな?」
「うぐぐぐぐ……そんなものが……。場所は余にも分からん、『移転』先はランダムらしいからな。人里の近くではあるらしいが」
ノエルとの関係は良好だ。
「友達」という関係性がノエルの琴線に触れたらしい。
まぁ、周りにいるのが基本的に配下ばっかりだから仕方ないのかもしれないが。
「……んー。じゃあさ、ちょっと外に出てみない?」
「そ、外か!? 余は構わんが……リディア達がなんと言うか」
「じゃあ、リディアさんも同行してもらったらどうかな? 名目は偵察ってことで」
「……うむ、そうだな! 偵察は必要だ!」
…………そういうことになったようだ。
普段であれば大反対なんだけど……正直に言えば自分も外の世界には興味があるのだ。
今まではほとんど情報が得られなかったが、『五感同調』を用いれば自分もノエルを通じて外界に触れることが出来る。
ノエルも結構強くなったし、リディアもいればなんとかなるのではないかと思う。
……まぁそれでも万が一に備えて、逃亡用の道具でも創っておいた方がいいかな。




