25 永年の夢
なんだか今回は書いてて妙に楽しかったです。
ダンジョンとして目覚めて以来、自分にはずっと不満に思っていることがあった。
もちろん日々攻め込んでくる冒険者や、どうにも予想外の方向へ行くノエルに対する不満もあったが、コレに関しては不満の桁が違う。
はっきり言ってコレはダンジョンである自分には全く不要なものである。
生きていく上では何の利益ももたらさない。
しかしそれでも自分は声を大にして叫びたい。
つまりは――――美味しいものが食べたいんじゃァアアアアアアアアッ!
……いやかなりアホなことを言っている自覚はある。
何しろ自分はダンジョン。
生きていくために必要なものは、物わかりの良いダンジョン主と優秀な配下と豊富な魔素である。
そもそも食欲自体が自分にはないのだ。
にも拘らず、なぜこんなことを言うのかと言えば……「知識」が原因である。
人間というものは自分が不幸だと認識できなければ不幸だと感じないらしいが、自分のコレもおそらく似たようなものだろう。
食欲はなく生物的必要性も皆無だというのに、なまじ知識として味覚を知っているからこんな欲求が湧いてしまう。
……正直、果物やら肉やら食べている魔物達がかなり羨ましかったのだ。
だが、そんな苦汁の日々も間もなく終わる。
『ステータス閲覧』とともに解放された新機能――
この『五感同調』でなっ!
説明しよう! 『五感同調』とはダンジョン主の合意のもと、ダンジョンとダンジョン主の五感をリンクさせる新機能である!
……この機能が現れた時、自分は不安と期待に心震わせながら詳細を確認した。
そしてその機能が期待通りだと知った時は狂喜した。
もしも身体があれば跳び跳ねて喜びを表現しただろう。
……まぁ、身体がないからこそ、こんな悩みを抱えることになったのだが。
どちらにせよ、今日この日をもってこんな悩みとはおさらばだ。
今こそ永年の夢を叶える時!
さあノエル、その果物を貪るように食すがよい!
『……う、うむ。それは分かったのだが……そなたテンション高いな?』
今この時にテンション上げずして何時上げるのか!?
今日と言う日はダンジョン的には小さくとも、自分的には大きな一歩の日!
さあ、ハリーッ! ハリーッ! ハリーッ!
『ええい! 分かったから急かすでないっ! では……』
そっとノエルの小さな口へと果物が運ばれる。
ノエルの味覚を通じ、その甘酸っぱさが自分にも届けられる。
…………………………………。
……人は本当に感動した瞬間、言葉をなくすものなのだと言われている。
これがっ、これが……っ、感・動・かっ!? 言葉もないっ!!
それでもこの感動を表すならば言葉は一つしかあるまい。
今ならば味〇様の気持ちがよく分かる。
すなわち――うーーまーーぁぁあいいいいいぞおおおおおおおオオオオオオ!
実のところを言えば、これほど大騒ぎするほどの美味ではないのだろう。
しかし、今まで食べたくとも食べられなかったという状況が極上のスパイスとして機能している。
少し自分の状況とは違うが、「空腹こそが最高の調味料」とはよく言ったものである。
ああ、美味い……。
『……そんなに美味いものか?』
おのれ、この食物ブルジョワジーめっ!
お前にはこの感動は分かるまい!
『……余としてはリディアやネリスの血の方が美味いのだがな』
……血……血かー。
そっかー。吸血鬼的にはそう感じても仕方ないかー。
しかし……どうなのだろう?
「知識」の記憶的には血液というものは生臭いものらしいが、現在の自分の味覚はノエルとリンクしている。
となれば、ノエルが美味しいと感じれば自分も美味しく感じるのだろうか?
……ふふふっ、興味深い。今度ノエルが血を吸う時は味覚を同調してもらって――
『だが断る』
…………なに? 待て、今なんと言った?
『断ると言ったのだ』
……そ、そんな馬鹿なっ!?
目の前で美味(かもしれない)な食物がありながらおあずけだと!?
そ、そんな非道な真似が許されるのか!?
『許すのだ。誰が許さずとも――余が許すのだっ!』
くっ! よもやここでイイ台詞とは!?
ケチケチするな! 器が知れるぞ!
『嫌だと言ったら嫌なのだっ!』
……ぬぅ、思った以上に頑固になっているな。
いったい何がここまでノエルを意固地にさせるのか。
さてさて、どう説得したものか――と?
『……? うぬっ? なにかあったのか?』
うむ。どうやら侵入者のようだ。
まったく、人様が今後を左右する重要な問題に頭を悩ませている時に……。
空気の読めないやつめ。
許すまじっ! 目にもの見せてくれるわ!
閲覧ありがとうございました




