2 魔物
◆ ◆ ◆にて視点変更。
◇ ◇ ◇にて時間経過などを表します。
……ひとしきり得られた情報の整理を終えると、思わず無い頭を抱えたくなった。
自分の当初の予定としては初期魔素をギリギリまで使い、後はダンジョン開通などせず安心安全な環境で、ダンジョン主をのんびり育てようなどと考えていたのだ。
……しかしそんな調子のよい皮算用は、幾つかの情報からあっさりと破綻してしまった。
まずは魔素の獲得方法。とりあえずダンジョン内で生物が活動することと、ダンジョン主及び配下による生物の殺害。
……他にもあるにはあるらしいが、天の声からは《条件が満たされていません》とか返された。
どうも天の声の情報開示には、なにがしかの条件が必要なものもあるようだ。
……これは予測だが、おそらくダンジョン主の成長と関わってくるのではないかと思われる。
とにかく開示された情報について詳しく訊いてみると、ダンジョン内で生物が活動すると魔素が獲得できる。
ただし少量。逆に死亡すると大量に獲得できる。
このことから魔素とは、寿命や生命力といったものにも相当されるのではないかと考えられる。
普通に日常生活を送っていると少しずつ消費し、死亡するともちろん零になるわけだ。
つまりダンジョン内の生物とは、ダンジョンにとってある意味で家畜である。
殺さずにダンジョン内で生活させれば長期的に魔素を獲得できる。
殺せば短期的に大量の魔素を獲得できるという寸法だ。
さて、この情報だけであればダンジョンを開通する必要などないのだが、問題は次のダンジョン主の卵に関する情報である。
なにしろ放置していれば腐る。
――それはダンジョンの崩壊を意味する。
何としても避けねばならない事態なので、卵が孵るのに必要な魔素や腐るまでの期間について質問したが、返ってきたのは《回答不可》である。
「不能」でなく「不可」。答えはあるが答えない。嫌がらせかと言いたい。
天の声としては、どうあってもこちらにダンジョンを開通させたいらしい。
いっそ初期魔素を全てダンジョン主に注ぎ込もうかとも思ったが、それで卵が孵らない、あるいは孵っても戦闘能力がなければ防衛できず詰みである。
――そこまで考えて、ふと疑問に思う。
割と自然に戦闘能力とか防衛とか考えていたが、ダンジョンには外敵とかいるのだろうか?
《います》
……いるのかよ。打てば響くように嫌な情報だけは的確に返してくれる。
であれば外敵について訊かねばなるまい。
《冒険者です》
……冒険者。なるほど、異世界ファンタジーの定番である。
しかしそいつらは何故ダンジョンにとって外敵となるのだ?
《ダンジョンは魔物の発生原因になります。またダンジョンコアが存在します》
……また新しい単語が出てきた。なのでさらに質問を重ねる。
天の声曰く、ダンジョンには魔物の創造能力が備わっているので、積極的に人間による駆除が行われるらしい。
また、魔物の中には、体の一部が武具や薬品の素材として使われることもあり、人間社会では需要があるのだとか。
さらに冒険者にとって、ダンジョンコアは実入りがいいので狙い目なのだと。
ダンジョンコアとは、その名の通りダンジョンのコアであり、ダンジョン主の体内に存在するそうだ。
当然、失えばダンジョン主は死ぬ。もちろんダンジョンも崩壊する。
ダンジョンコアは高純度の魔素の塊で、人間社会では高価格で取引されているらしい。
……最悪である。つまりこちらにその気がなくとも冒険者はやってきて容赦なく略奪を働くと……。
もはや冒険者というより山賊である。
これはもう覚悟を決めねばなるまい。
ダンジョン開通し防衛力を築く。そのためにも魔物について知らねばならない。
しかしここで「魔物ってなにか?」とか尋ねても《魔の獣です》とか返ってくるに決まっている。
質問内容はよく考えねばなるまい。
自分も学び成長しているのだよ。
ふっふっふ。
というわけで質問だ。ずばり「魔物の獲得方法について」である。
《魔素を消費し創造するか、野生化した魔物を獲得するかです》
むむっ、知らん情報だ。内容の予想はできるが念のため確かめておく。「創造する魔物と野生化した魔物の違い」とは何か?
《創造魔物は魔素を消費することで創造でき、ダンジョン主とダンジョンに服従します。
野生化した魔物は他のダンジョンが崩壊した際に野良と化した魔物で、魔素は消費しませんが服従するとは限りません》
……なるほど。それぞれに長所と短所があるようだ。とは言え野生はない。
ある程度防衛体制ができてからならともかく、初期段階ではリスクが高い。
となれば創造魔物が重要となるのだが……どんなのがいるのだろう?
《……》
こちらの要望に反応したのかリストが表示される。
獣系・植物系・スライム系・昆虫系・アンデット系etc……と一通り憶えのある魔物が揃っている。
……思うのだが、こういったことをチュートリアルで説明すべきではなかろうか?
不親切にも程がある。
内心で愚痴りながら表示されたリストを眺める。
一言で言うと……弱い、そして高い。
ゴブリンのような基本の雑魚魔物しか表示されないうえ、消費魔素は一匹200Pである。
どうも魔物自体は他にも存在するようだが、お約束の《条件が満たされていません》がこちらを阻んできた。
まぁ、上位の魔物になれば消費魔素の桁も上がるのだろうから、表示されても意味はないが。
ついでに表示したダンジョンの増築や罠の設置リストと合わせて考えると、初期魔素1000Pで出来ることはかなり限られていると言えるだろう。
……これで一体どーしろと?
改めて頭を抱えたくなる。
ダメもとで他のダンジョンはどうしているのか、参考資料とかないのかと問いかけてみると――
《少しダンジョンを広げ、簡単な罠を仕掛け、魔物を数匹配置するのが一般的です》
……あるのかよ。親切なのか不親切なのかいまいち分からない。
とは言え確かに一般的である。初期魔素でも十分可能だろう。
――どうしたものか。
魔物リストをじっと眺めながら自分は考え続けた。
◆ ◆ ◆
ハンスはとある農村の一家の三男坊として生まれた。
この世界では衛生といった概念はまだ薄く、子供が生まれても幼くして亡くなる場合も多い。
故に何処の家でも、子供は複数つくるのが通例であった。
ハンスの生まれた家もこの例に漏れなかったが、幸か不幸か、彼とその兄弟は一人も欠けることなく無事に成長した。
そして少年期も終わりに差し掛かった頃、ハンスは将来に対して漠然とした不安を抱き始めた。
長男はいい、そのまま家を継げば安泰だ。次男もまぁいい、長男に比べれば厳しいが長男の補佐としての役割がある。
しかし三男の自分には家に居場所がない。どこかの家に婿養子として入れればいいが、そんな当てもなく、このまま家に残れば兄に便利使いされるだけで一生を終えることになるだろう。
実際にそういった前例を村の中で見ていたハンスの行動は早かった。
村の中の自分と同じような立場の若者三人に声をかけ、パーティーを組み、冒険者として旗揚げしたのである。
本当はもう一人、村の中で神童と呼ばれていた年下の少年にも声をかけたのだが、少年には鼻で笑われ無視されてしまった。
村を出たハンス達が拠点としたユーリエの街は、規模としては大きいものではなかったが、だからこそ荒事や面倒事を請け負う冒険者は重宝がられていた。
まだまだ初級冒険者で順風満帆とは言えないが、飢えることはない程度には稼ぐことができ、このまま地道に実力を上げいずれは――と将来に対して希望を抱けていた。
――だからこそダンジョン出現の情報が冒険者ギルドからもたらされた時、ハンス達は沸き立った。
ダンジョン――輝く宝物や貴重なダンジョンコアを有する、攻略できれば一攫千金も夢ではないチャンス。
もちろん今回出現したダンジョンはそんな規模ではない――冒険者ギルドは冒険者育成のため、低ランクダンジョンの情報を優先的に初級冒険者に回してくれる――が、それでも攻略できれば今後の足掛かりになる。
ダンジョンはその保有する魔素量によって明確なランクが存在し、七階級に分けられている。
ランクF
出現して間もないダンジョン。出現魔物は1~20レベル。
規模も小さく罠も簡易的なものばかり。経験をある程度積んだ初級冒険者なら攻略可。
ランクE
保有魔素40000P以上。出現してからある程度時間の経ったダンジョン。
出現魔物は1~40レベル。それなりに規模があり、ダンジョン主もそこそこの実力がある。中級~上級冒険者向き。
ランクD
保有魔素100000P以上。かなり時間の経ったダンジョン。出現魔物は1~60レベル。
中規模の街並みの規模もあり、罠も悪辣な物が仕掛けられている。上級冒険者が十分に準備を整えて挑むレベル。
ランクC
保有魔素600000P以上。数十年近く時間を経たダンジョン。出現魔物は1~80レベル。
もはや迷宮と呼んで遜色のない規模。上級の中でも一握りの実力者が複数でパーティーを組み挑むレベル。
ランクB
保有魔素1500000P以上。出現してから時間が経ちすぎ、冒険者ギルドや国家間で情報共有される。出現魔物は1~100レベル。
まさに大迷宮と呼べる規模。攻略するなら国家が騎士団を派兵し、冒険者ギルドと連携するレベル。
ランクA
保有魔素5000000P以上。歴史の中に名前が出現するレベルのダンジョン。出現魔物は100レベルを超すものも存在する。
もはや迷宮という枠を越え、国家とさえ呼べる規模。実際に国家として機能するダンジョンも存在し、ダンジョン主は魔王として畏れられ、あるいは神として崇拝されている。
ランクS
保有魔素測定不能。神話に語られるダンジョン。出現魔物は不明。
所在も明らかでなく、人の立ち入れない未開地に存在するとされる。伝説に語られる勇者などが攻略に挑んだとされる。
今回出現したダンジョンの保有魔素は1000P弱。
残念ながら出現した直後というわけではないようだが、それでもランクF下位のダンジョンだ。
ハンス達でも十分に攻略可能と言える。
故に彼らは他のパーティーに先を越されないよう、急ぎ準備を整えダンジョンに挑むことにした。
……この時点でダンジョンの攻略と、その成果を疑うものは誰一人としていなかった。
◇ ◇ ◇
違和感を覚え始めたのはダンジョンに入ってしばらくしてからだ。
まず分岐がない。ひたすらに一本道が続くのみなのだ。
さらには罠もなく、魔物も出現しない。
ハンス達は、ダンジョンに挑んだのは今回が初めてだが、先輩冒険者からある程度の話は聞いていた。
――なので自分達の置かれた状況に違和感と不気味さを感じてはいたが、ダンジョン攻略の成果への期待がその不安を上回り、引き返すという選択をハンス達に取らせなかった。
そして彼らはそのままダンジョンの最深部らしき場所にたどり着いてしまうこととなる。
――その場所に到達した時、ハンス達は状況を忘れ感嘆の声を上げた。
シンプルながらどこか荘厳さを感じさせる広間。一段高くなった場所には玉座らしきものが存在する。
ダンジョン最深部というより、どこかの城の謁見の間のようにさえ感じられる。
……しかしそれだけなのだ。宝どころかダンジョン主の姿さえない。
ハンスは予想していなかった状況に戸惑いながらも、仲間と相談しようと振り返ると――そこに悪夢が待ち受けていた。
まず目に入ったものはふたつ。
床に倒れ伏すそれら。
助けを求めるようにこちらに伸ばされた手は肉が削げ落ち、枯れ木のようにも見える。
若く血潮豊かだった肌は血の気が失せ、一瞬にして年老いたかのように乾きひび割れている。
落ち窪んだ眼窩は虚ろにこちらを見上げている。
――ほんの数瞬前まで仲間だったと思われるもの。
そしてそんなふたつの上に蹲る――本来ならこちらをまず注視しなければならなかったのだが――影。
薄汚れたローブに包まれ、フードの奥は闇に覆われ顔は窺えない。
しかし相対しているだけで背筋が凍りつくような不吉さを感じさせる。
――『レイス』。
かつて先輩冒険者に聞いた魔物名が頭をよぎる。
レベルにして30相当。本来ならランクEのダンジョンに存在するとされる魔物。
それがランクFの、出現して間もないと思われるダンジョンにいる。
何故? 何故?? 何故!?
思考は混乱に支配され身体を動かすことが出来ない。
本来ダンジョンにおいて致命的な隙となるそれは、この時に限っては幸運だった。
「うわぁああアアアアアアッッ!」
叫び声をあげながら最後の仲間がレイスに斬りかかる。
相手を倒すためというよりも、目の前の恐怖に耐えられないが故に放たれた斬撃は当然の如くかわされ――レイスの腕が仲間の胸を貫いた。
「おオ、お゛お゛お゛お゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!?」
「――ッ!」
胸を貫かれたまま、生気を貪り食われる仲間の脇を咄嗟に駆け抜ける。
逃げる、逃げる、ただ逃げる。
苦楽を共にした仲間の死も今は頭にない。
――死にたくない! ……ただその想いが頭を占めていた。
道に迷うことなどあり得ない。
ただ一直線に走り続ける。
そして光が――出口が見えた。
……あの場所にたどり着きさえすれば生きられる!
ハンスの心に希望が生まれた。
――ハンスは気づかない。自分がすでに倒れ伏していることを。
自分を後ろから強襲したレイスが自分に跨り、存分に生気を喰らっていることを。
意識が闇に包まれるその時まで彼は出口に手を伸ばし続けた……。
紅の月十二日目
トルス王国南部ユーリエの街近郊にダンジョンが出現。
冒険者ギルドは保有魔素の判定からランクF下位、誕生して間もないダンジョンと認定。
初級冒険者、数パーティーに情報を流す。
数日後、ダンジョン攻略に挑んだと思われる全ての冒険者が行方不明となる。
ギルドは調査のため中級冒険者を件のダンジョンへ派遣。
しかしダンジョンは発見できず。
攻略したという情報もないことから、『移転』したと思われる。
この事件以降、しばらくの間ユーリエの街の冒険者ギルドは人手不足に悩まされることとなった。
次話がむしろ本編です。