19 ある日、森の中で……
改稿作業終了しました。
作品名・あらすじを変更しました。大筋の変更はありません。
いくつかの話をまとめました。誤字脱字の編集を行いました。
話の順番を変更しました。
本話及び「A4 ガレス」に文章の追加を行いました。
「だーーーしゅっ!」
「ワフッ!」
「お、お嬢様! 転んでしまいます!?」
「待ってぇ、くださ~い」
ダンジョンから少し離れた森の中。
そこには全力で走り回るノエルの姿があった。
クロは全身で喜びを表し追従し、リディアがノエルの心配をし、ネリスが置いて行かれないよう必死で引き留める。
……能力だけでみればネリスが遅れるなどあり得ないのだが、子供の体力は無尽蔵なのだ。
――ある程度の頻度ではあるが、ダンジョンはノエルの外出の許可を出すようになった。
どうもノエルをダンジョン内に閉じ込めておくのは精神衛生上よくないと判断したようだ。
――ただし必ず護衛をつけること、これに関しては徹底していた。
まぁ、リディアとしても賛同できる指示であるし、護衛も他者と接触した場合を考慮に入れてリディアとネリスが指名された。
断る理由など全くなかった。なのでこうして久しぶりの外界を三人と一匹で楽しんでいるのだが――
「――お嬢様、少々お待ちを」
「……? なに、りでぃあ、どうしたの?」
「ワゥ?」
今までのような軽い止め方ではない。
ノエルを抱き上げ、少し厳しくなった眼で前方を見つめている。
「ネリス、このまま真っ直ぐ進みなさい」
「え、えっとぉ。なんでぇですか~?」
「……いいから進みなさい」
「あぅ。わかりぃました~」
なんとなく嫌な予感はするもののリディアに逆らえる筈もない。
ノエルが一緒の状況で避難しない以上、さほど危険な状態ではないだろうと思いつつ、周囲を警戒しながらソロソロと進むと――
「わきゃ~っ!?」
――唐突に地面が抜けネリスの姿がかき消えた。
「……ねりす、おちた?」
「ワフゥ~」
「……やはり落とし穴ですか」
「……先にぃ、言ってくださ~い!」
それほど落とし穴は深くなかったのか、ネリスに怪我はないようだ。
「も~、なんなんです――アブッ!?」
「……」
「おー」
……唐突に何処からか泥団子が大量に飛んできた。
魔法障壁に弾かれノエル達には届かないが、ネリスには容赦なく降り注ぐ。
「ちょっ、やめっブッ!」
『プーックスクスクス……』
そんなネリスの醜態に何処からか何者かの笑い声が漏れ――。
「――そこです」
『ワキャアアアアア!?』
リディアの風魔法が容赦なく叩き込まれた。
「はらほろ~」
「うきゅ~」
「あう~」
「……ふみゅ~」
「ぐるぐる~」
リディアの起こした風に巻き上げられ姿を現したのは、手のひらサイズの小さな妖精――『小妖精』だ。
背中には昆虫類のような羽を生やし、簡素な服を着た様子は愛らしいが、完全に目を回している。
そんな小妖精に近づいたクロはフンフンと匂いを嗅いでいる。
「りでぃありでぃあ! これなに!? むし?」
「――!? 虫とは失敬なのですよ!」
流石に虫扱いは我慢ならなかったのか、小妖精の一匹が必死で起き上がる。
赤髪をした気の強そうな小妖精だ。
「ミューたちはこの森を守る小妖精にして、樹妖精のフラニー様の部下なのですよー!」
「――ッ! わたしはのえる! いだいなるだんじょんぬし!」
「ワフッ!」
わざわざポーズを決めてから啖呵を切った小妖精に対抗心を燃やしたのか、同じようにポーズを決めつつノエルが宣言する。
さらにクロが追従し、リディアは後ろで控えめに拍手をしている。
「むむっ!?」
「む~!」
互いに得難い難敵だと認め合ったのか、至近距離から睨み合うダンジョン主と小妖精。
……しかし、決着は全く別の人物によってもたらされた。
「にょっ!?」
「それでぇ、その小妖精さん達がぁ、何の用なのでしょうか~?」
……笑顔とは本来威嚇のための表情だという。
それを己が身で示すがごとく、いつの間にか落とし穴から這い出たネリスが泥だらけの格好で問いかける。
表情こそにこやかで言葉尻は穏やかであるが、立ち昇る禍々しいオーラは隠せていない……というか隠す気がない。
「はわわわわ……」
「あうあう」
「……駄目駄目だねー」
「うきゅ~」
すでにミュー以外の小妖精はネリスの手によって縛り上げられていた……若干一名まだ目を回してる者もいるようだが。
「お、脅しには屈さないのですよー。フラニー様はミューたちが守るのです!」
「……こちらにはあなた方に危害を加える意図はないのですが」
ガシッ! っとばかりにネリスに掴まれながらも、気丈に振る舞うミューにリディアの冷静な言葉が返される。
「嘘なのですよー。それなら人間がこんなところに来るわけないのです!」
「……そもそも人間ではないのですが」
「……ハイ?」
言われてよくよく見て見ればこの三人と一匹、見た目は人間と大差ないが中身は別物だ。小妖精はそのあたり、割と鋭い感性を持っている。
「早とちりー」
「ミューのお馬鹿ー」
「……私らまで巻き込まないでよ~」
「はぅう~」
「シャラップなのですよー!」
口々に飛んでくる文句に顔を赤くしながら叫ぶミュー……まだ目を回している小妖精がいる。
「そんなことよりもこれはチャンスなのですよー!」「チャンス?」「なにが?」「……ダンジョン主」「ふぇ?」
『!!』
「確かにチャンスかも!?」「あの子弱そうだし」「でもあのおばさんたちは」「……怖そう」「なんとかなるのですよー」
やっと目を覚ました小妖精も加え、目の前にいる三人と一匹などお構いなしに話し合う。
……話から漏れてきた単語を聞き取ったリディアとネリスの顔つきが少しずつ剣呑なものとなっていく。
「あの~お願いがあるのですよー?」
「なんのぉ、お願いでしょうか~?」
『ヒィッ!?』
既に視線だけで人を殺せそうな雰囲気のネリスが問いかけると、小妖精達は思わず目を逸らす。
そんな小妖精達の中でなんとか気丈さを保つミューがそのお願いを口にした。
「……ミューたちの主である樹妖精のフラニー様に会ってほしいのですよー」
◇ ◇ ◇
――とりあえずミューたち小妖精の願いを承諾したノエル達が案内されたのは森の奥地だった。
ノエル達の目の前に広がるのは緑の壁。
まるで覆いかぶさるかのように斜めに伸びた木々が密集し、びっちりとこびりつくコケと蔦のカーテン。
植物でできた壁がノエル達を飲み込もうとするかのようにそびえ立っている。
「おー」
「行き止まりですかぁ?」
「……ふむ」
「ハッハッハ……」
壁の前で足を止め、辺りを見渡す三人と一匹の前にミューがどことなく得意げな様子で進み出てくる。
「いえいえー。一見行き止まりのように見えますが、そうではないのですよー。この壁はですねー……」
「幻術と結界の複合術式のようですね」
「……な、何であっさり見破ってくれるんですかー!?」
何やらドヤ顔で説明しようとしたミューの顔は、リディアの空気を読まない発言であっさりと涙目に代わる。
「ねーねー、ふくごーじゅつしきってなに?」
「基礎術式を組み合わせた術式の事ですよ、お嬢様」
「……?」
ノエルに対してのみ発揮される丁寧さで答えるリディア。
……もっともその内容はまだノエルには難しすぎたようだが。
魔法系の技能の習得によってもたらされる術式――これが基礎術式と呼ばれるものだ。
これらは一度習得すれば自動で発動する便利なものだが、熟練の術者であればその先を行く。
術式の意味を正しく理解し、強化を試み、効率化を図り、さらには基礎術式を組み合わせ新たな術式を創る――この術式が複合術式と呼ばれる。
目の前にそびえ立つ緑の壁に見えるもの、これは幻術と結界の基礎術式を組み合わせた複合術式だった。
「はぁ~、よくできた術式ですね~」
「当然なのですよー! この術式はフラニー様お手製なのですよー!」
術式を認識できず感嘆の声を上げるネリスに、我が事のように胸を張るミュー。
彼女にとって主の手腕を褒められるのはとても誇らしいことだ。
「……さっさと主とやらに会わせて頂きたいのですが」
「わ、わかったのですよー。そ、それでは……【開門】!」
相変わらず空気を読まないリディアの催促に、ミューは慌てて開錠の術式を組みあげる。
ミューの唱えた呪文と開錠術式は正しく効力を発揮し……
「おー!」
「ワフッ!」
「……ふむ」
「はぁ~、ほんとにぃ凄いですね~」
目の前の光景を端的に言えば、木々の壁が開かれていく――ただそれだけだ。
しかしその動きがなんだったのか、どういう風に動いているのか、理解することが出来ない。
ただ結果として木々は横にずれ、一つの道を作り出していた。
『フラニー様ー!』
ミューを先頭に開かれた森の奥へと跳び込んでいく小妖精達。
ノエル達は周囲を軽く警戒しつつ付いて行く。
――そしてその先には一人の少女が佇んでいた。
薄い碧色の髪をした少女である。白い肌に彫りの深い目鼻立ち。
ふっくらとした唇に空色の瞳をした、儚くもどこか温かい雰囲気を持った美しい少女だ。
「――おかえりなさいミュー。……こちらの方々は?」
「ダンジョン主とその配下なのですよー。森にいたので連れてきたのですよー」
ノエル達に視線を向けつつ尋ねるフラニーに答えるミュー。
返事を聞いたフラニーは目を丸くしつつ挨拶する。
「まぁ!? ダンジョン主の方でしたか。はじめまして、樹妖精のフラニーと申します。……この子達は何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「……いえいえ~。ちょっと落とし穴に落とされてぇ泥だらけにされただけですから~」
「も、申し訳ありません!? この子達も決して悪気があるわけではないのです!」
「そ、そんなことはどうでもいいのですよー!?」
額に青筋立てつつ言葉を返すネリスに、慌てて頭を下げるフラニー。
そんな二人を前に、必死で自分の失態を隠そうとするミュー。
「どうでもいいとは何ですか! あれほど人様にご迷惑をおかけしてはいけないと――」
「そ、それよりもフラニー様! あのこと! あの事を頼むのですよー!?」
ミューたち小妖精にとっては恒例になりつつある説教が始まる前にと、ミューは本題をフラニーに持ち出す。
持ち出された提案に対し思案顔になるフラニー。
「それは……確かにダンジョン主の方ならば……ですがご迷惑をおかけするわけには……」
「……いいからさっさと本題に入りなさい。決めるのはお嬢様です。」
「?」
いつまでも本題に入らない流れに業を煮やしたのか、リディアが話を進める。
最終決定権を委ねられているノエルの方は……状況を理解していないようだ。
「……実は――」
そんな二人を前に意を決したフラニーが事情を話し始めた。
◆ ◆ ◆
――で連れて帰って来たと。
軽い散歩のはずが、人数が倍以上になって帰ってきたノエル達には呆れてしまう。
何か拾って帰ってこられずにはいられないのだろうかこの娘は。
――フラニー達の頼み事とは要するに、自分達をダンジョンに住まわせてほしいとのことだった。
もともとフラニー達は別のダンジョンに住んでいたのだが、そのダンジョン主が敗れダンジョンが崩壊した後、新しい棲み処を探していたらしい。
森の中では駄目なのかというのが当然の疑問だが、樹妖精や小妖精達は人間に狙われやすく、術式で周囲を欺くにも限界があるそうだ。
ちなみに決定を下したノエルは始め状況を理解できていなかったが――。
「えっと……むしがのえるのぶかになるってこと?」
「だから虫ではないのですよー! 大体ミューたちはフラニー様の部下なのですよー!」
「……そうですね。私はノエル様の部下になるつもりなので、そう思ってもらってよろしいかと」
「フラニー様!?」
――というような経緯で受け入れると決めたらしい。
……正直に言えば、こんな重要な決定を相談もせずに決めたことに思うところはある。
ちょっと叱ってやりたい気分ではあるのだが……叱れない。
叱った結果、フラニー達が出ていくことになってしまったらこちらも困るのだ。
なにしろ相手は樹妖精。
自分が欲しかった農業の専門家としては、この上もない魔物である。
自分が樹妖精を創れない以上尚の事。
――なので今回は(今回も?)大人しく受け入れることにする。
いつも通り『意思伝達紐』を創り、彼女達には豚人達が生活している生産区画へと向かってもらう。
仲良くしてくれるといいのだが……。
思わぬ拾い物をノエルがしてきてくれたのだが……どうにも釈然としない自分だった。
『樹妖精』:妖精系の魔物。レベル40相当。
穏やかな気性の魔物だが、魔法能力は高レベル。
高い知性と能力からエルフ種などは魔物ではなく人間として扱うが、人種によって奴隷として使役されることも多い。
『小妖精』:妖精系の魔物。レベル10相当。
戦闘能力は低いが知能はそれなりで悪戯好き。高レベルの小妖精の悪戯は命に関わるレベル。
エルフ種などは魔物ではなく人間として扱うが、人種の好事家がペット感覚で捕縛したりもする。




