17 待つ立場もいろいろ大変だったりする
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選択肢6 いっそ全員で殴り込む
――そもそもの問題としてダンジョン主がダンジョンから離れるのはありなのか?
答えは《可能》。
ただし当然制約はある。具体的には――
《ダンジョン主のダンジョン外での活動可能時間は、ダンジョン内で過ごした時間の五分の一です》
つまり五日間ダンジョンに籠れば一日外に出れる計算になる。
ノエルは誕生してからほとんどの時間をダンジョン内で過ごしているので問題なし。
この情報は以前リディアがノエルを連れ出した時に確認済みだ。
故に安全を最優先に考えれば、ノエルをネリスにでも預けダンジョン外の安全な場所に隠れてもらい、その間にリディアを敵対ダンジョンに送り込むのが最善である。
――あえてその最善策を取らなかった理由は二つ。
ひとつは単純にリディアが了承するとは思えなかったこと。
もう一つはノエルのストレス解消である。
今回のことで分かったがノエルはかなりフラストレーションを溜め込んでいる。
もしもここでノエルだけを避難などさせれば、ノエルとの関係は破綻まではいかなくとも険悪なものになるのは確実である。
なので安全とリスク、相手の戦力とこちらの戦力、今後のノエルとの関係などいろいろと考えてこの方針を決めた。
……リディアが一緒である以上、最悪でもノエルの命は安全だと思うがそれでも心配ではある。
しかしすでに一行を送り出し、状況を把握できない以上、ダンジョンにできるのは待つことだけだ。
ああ、何故ダンジョン同士で争わねばならないのか?
異世界でも人は争いからは逃れられないのか?
……そもそも自分達、人間じゃないから仕方ないのかねー?
ともあれ、ひょっとしたらこれが最後の機会になるかもしれないので、手慰みもかねて以前から興味のあった罠を仕掛け、自分は一行の無事を祈りつつ待つことにした。
――幸いにも、こちらの手勢が出払っている時にダンジョンを訪れた侵入者は一組だけであった。
五人組の冒険者の一行は、全く魔物の出現しないダンジョンに不気味さを感じていたようだが、慎重に足を進めた。
そして玉座の間の前まで辿り着いた彼らは……見事にこちらの仕掛けた罠に引っかかってくれた。
大☆爆☆笑☆ である。愉悦というやつだ。
罠に掛かった彼らは玉座の間に入らず、ダンジョンから引き返していったが、お陰様で待つことしかできないささくれだった気持ちが吹き飛んだ。
彼らには是非ともまた来てもらいたいものである。
そんな感じで敵対ダンジョン内で興奮しているであろうノエルの感情を感じ取りつつ待っていると……唐突に残存魔素が急激に増えるのを感じた。
……どうやら無事に敵のダンジョン主を倒せたらしい。
胸を撫で下ろしつつ彼らの帰りを待ち続ける。
そうしてようやっと待ち望んだ時が来たのだが……何とも奇妙なことになっている。
まず石像がいない。
これに関しては別にいい。こう言ってはなんだが、初めから彼らが帰ってこれるとは思っていなかった。
むしろ十分に役目を果たしてくれたと言うべきだろう。
次にダンジョンの主戦力の三人。
……流石に疲れ切った雰囲気だが仕方がない、激戦だったのだろう。
無事に帰って来たのだから問題なし。
ノエル&クロ&リディア、当然のごとく傷一つなし。
ここまでは想定通りと言えるだろう。
しかし最後に問題が一つ。
……後ろにズラッと連れている豚人は何事か?
いつものように面倒くさげなリディアに説明してもらったところ、彼らは敵対ダンジョンの配下の魔物だったらしい。
ただしこちらの襲撃中はダンジョン外に出ており、その間にダンジョン主が倒されてしまい、命令を失い途方に暮れていたところをノエルの意向もあり連れてきたのだとか。
…………だっ! かっ! らっ! 犬、猫、豚人、むやみやたらと拾ってくるんじゃねー!
思い切り説教してやりたい。
……しかし自分もいい加減学んだ。
この手の事でノエルが折れるわけはないのである。
幸いにも命に直結することではないし、こちらも人手は欲しかったところでもある。
今回は受け入れよう。
流石にもともとは敵対ダンジョン配下。
扱いは慎重にする必要があるが、幸いにも敵対ダンジョンを撃破したことで魔素には余裕がある。
いろいろと出来ることはあるだろう。
ともあれ今は一刻も早い『移転』だ。
疲弊した今の状態で襲撃を受けたらたまったもんじゃない。
ノエルも満足したようだし今度は文句も言わないだろう。
――こうして自分達の初めてのダンジョン戦は幕を下ろしたのだった。
◇ ◇ ◇
――さて無事に『移転』も済んだのでやるべきことをやるとしよう。
まずノエルとクロは寝室で待機だ。
初めて実戦を間近で見ることが出来たので、だいぶ興奮しているようだ。
護衛もかねてリディアに相手をしてもらうとしよう。
そして疲れているところ悪いとは思うが、ネリスには周囲の偵察を行ってもらう。
『移転』したばかりなので周囲の状況を把握したい。
ネリスなら元冒険者だし、何だかんだで機転も利く。
それに特徴的な翼や尻尾を隠せば、人間と接触しても魔物とばれずに済むだろう。
セバスと元リーダーはダンジョンの警備と豚人達の監視である。
もとは敵対ダンジョンの配下、準備が整うまで自由にさせるわけにはいかない。
一通りの指示を出し終わり、彼らが動き出したのを確認したら自分も仕事に取り掛かる。
真っ先に行うべきは状況把握。
なので『ダンジョン探知』を起動する。
……ふむ、探知範囲には二つダンジョンを確認できる。
幸いにもそれなりの距離があるのですぐに襲撃と言うことはないだろう。
そもそもダンジョン同士の争いは見返りもあるがリスクも大きい。
よほど好戦的なダンジョンでない限りは積極的に仕掛けようとはしない……と思いたい。
こちらも疲れているようだが、セバスと元リーダーにはダンジョンの警備を続けてもらおう。
とりあえず他ダンジョンに対してできることは現状ないので切り替える。
次に自分のすべきことは、ダンジョンを撃破したことで得られた魔素を元手にダンジョン整備である。
まずは当然のことながら『意思伝達紐』の大量生産だ。
主であるダンジョン主を失い、今や野良と変わらない豚人達に意思を伝えるのにこれは必須だ。
そしてこの豚人達の扱いだが、彼らを戦力として使うつもりは自分にはない。
繰り返すことになるが、もとは敵対ダンジョンの配下、扱いは慎重に行わなければならない。
なので彼らにはダンジョン内の労働に従事してもらうことにした。
具体的な仕事内容は――畜産業である。
これは以前から感じていたことだが、『道具作成』で食料を創るのはいささかコストパフォーマンスが悪い。
今まではダンジョン内の魔物が、食料をあまり必要としない部類だったからよかったが、防衛のためにはそのような偏った編成を続けるわけにはいかない。
故に初めの頃に考えていたように、自給自足できるならそれが一番いいのだ。
ではその家畜の調達をどうするのかだが、『魔物創造』の魔物リストの中にちょうどいいのが何体か存在した。
早速その魔物『ブルホーン』『レッドポーク』『チキコック』を創造する。
ちなみに『魔物創造』の材料には襲撃してきた豚人達の亡骸を使った。
焼き豚状態ではあったが特に問題はない様だ。
さて、創造できた魔物達だが……見た目は見事に牛、豚、鶏である。
まぁ、細部は違う。角と爪とかは鋭いし、色も少々グロテスクな感じだ。
彼らは創造魔物なので大人しくしているように命じ、次の作業に取り掛かる。
次は彼らや豚人達の生活空間だ。
ダンジョン内の最深部近くに隠し通路を創造。
さらにその先に広めの空間を創造する。
内観はダンジョンのような石材建築でなく、なるだけ外の世界に近いようものにする。
これらの創造にはかなり魔素を消費し、正直ダンジョン撃破分の魔素がなければ不可能だっただろう。
襲撃時は焦ったし『移転』で逃げようともしたが、結果としてよい方向に転がったと言える。
大体の作業を終え、『ブルホーン』『レッドポーク』『チキコック』、そして豚人達を部屋に招き入れる。
豚人達には『意思伝達紐』を通して、家畜魔物の世話をするように命じる。
豚人達は思っていたよりもこちらに従順に従う。
まだ野生化して間もないことが原因だろうか?
……しかし、豚人が牛の世話をする光景というのはなかなかにシュールだ。
ダンジョン増築が終わったので次は家畜以外の魔物を創造する。
創造する魔物は『スライム』である。
残念ながら「ぼくわるいスライムじゃないよう」的なファンシーな感じではなく、ドロドロ不定形な粘液魔物だ。
しかもこの魔物はなかなかにえげつない。
粘液なので物理攻撃の効果が薄く、しかも悪食でなんでも消化する。
小さめの個体ならともかく、巨大な個体ならかなりの危険度だろう。
そんな彼らのダンジョン内での仕事は……ズバリ掃除である。
無駄遣いと言うなかれ、普通の生物系の魔物が増えた以上、そういった配慮も必要なのだ。
さしあたって行うべきことを終えると、タイミングよくネリスが帰って来た。
情報としては、やはり人里の近くであること。
比較的豊かな森の側であること、岩などの類は見当たらなかったことなどが報告された。
……う~ん、人里に関しては『移転』の性質上仕方ないし、森が傍にあるのは喜ばしい。
しかし岩がないのは少し痛手だ。
材料がないと石像を作る際の魔素消費が増える。
……まぁいい、この辺りは後で考えよう。
とりあえず今はネリスには休んでもらうとしよう。
ダンジョン測定値
名称:
ランク:F上位
保有魔素:30720P(残1850P)
『ブルホーン』『レッドポーク』『チキコック』:獣系の魔物。レベル5相当。比較的穏やかな気性をした魔物。
ダンジョン崩壊後、野生化したこれらの魔物の家畜化が試みられ、現在は人間社会でも飼育されている。




