16 初めてのダンジョン戦 2
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踏み入った洞窟は広さはそれなりだが薄暗く、岩肌が剥き出しでなにより獣臭かった。
「ゴガァッ!」
「ブギィッ!」
「プギャアッ!」
そんな洞窟の奥から、叫び声を上げながら襲い来る豚人達。
相対するは別種の魔物達。
「……ッ!」
「フォフォフォフォフォー!」
「【火球】!」
ハイスケルトンは豚人からの攻撃のすれ違い狭間、剣でもって斬りつける。
ハイレイスは枯れ木のような腕に魔力を滾らせ、鋭い爪で豚人の肉を削り精気を奪う。
サキュバスは石像に盾に火魔法を叩き込む。
唯々本能のままに突き進む獣と、互いの連携を意識して動く戦士。
どちらに優位があるかは明らかだった。
「…………ッ!」
「フォッフォ、楽勝ですぞ」
「お疲れ~さま~ですぅ」
危なげなく豚人達を片付け互いの健闘を労う魔物達。
そんな彼らの背後には――
「お~♪」
「ワフッ!」
「…………」
彼らを見守るかのように、幼児と幼い獣を抱き抱えたメイドが控えている。
――さて、もうお気付きかと思われるが、現在ノエルとその配下の魔物達は襲撃を仕掛けてきた豚人達のダンジョンに乗り込んでいた。
ダンジョンが何を考え、このような差配を行ったのかを彼らは知らない。
しかし結果として、背後にノエルを控えた彼らの士気は高かった。
もちろんノエルに対する心配がないわけではない。
しかし常に傍に付いているリディアへの信頼が、彼らの不安を払拭していた。
踏み込んだ敵対ダンジョンの構造はシンプルだった。
基本的に分岐らしい分岐もなく、罠もほとんどない。
内観も洞窟そのままで豚人達の体臭が染み込んでいた。
どうもこのダンジョンの基本方針は、とにかく魔物の数で押すことに特化しているようだ。
しかしその魔物も先の襲撃でかなりの数を討ち取られているので、ダンジョン内での遭遇戦は散発的なものになっていた。
このまま苦戦らしい苦戦もせずダンジョン主を討ち取れるのではないか? ――そんな楽観がダンジョンを進む一同に生まれるなか、ソイツが姿を現した。
ノエル達一行が豚人達を蹴散らし辿り着いた場所――今までの洞窟通路に比べて、何倍もの広さを誇るダンジョン最深部でソイツは待ち受けていた。
見た目だけであれば、これまで倒してきた豚人と差異はそれほどない。
だが――デカイ。
通常の豚人と比べれば二回りは勝る体躯。
筋肉で膨れ上がった四肢は丸太の如く。
既に一行を敵対者と認識しているのか眼差しは殺意で濁り、構えるは身の丈もあるであろう大戦斧。
ダンジョン主――豚巨人。
「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「呆けるな! ――散開っ!」
豚巨人の異様に呆気に取られていた一同に渇を入れたのはやはりリディア。
ダンジョン主を前にしても常の冷静さを失わず対処する。
その声に我を取り戻した一同は慌てて飛び退く。
そこに――怖気を誘う豪風と共に大戦斧が降り下ろされた。
豚巨人のダンジョン最深部。
地揺れと共に轟音が響きわたる。
標的となったのは鈍重さ故に逃げ遅れた石像。
ノエルのダンジョン内でも頭一つ抜けた頑強さを誇るその魔物が……一撃でもって粉微塵にされる。
石像を破壊し、なお止まらない大戦斧は振り降ろされた大地にクレーターすら穿つ。
「グァアアアアアアアアアアアアア!」
まずは一匹とばかりに雄叫びを上げる豚巨人。
豚巨人の並外れた膂力を前に声を失う一同に容赦なく声が飛ぶ。
「呆けるなと言ったはずです。元リーダーは前衛、セバスは遊撃、ネリスは後衛。速やかに仕留めなさい」
「……!?」
……俺!? とでも言いたげに振り向くハイスケルトン。
しかしリディアの声に一切の迷いがなかった。
「さっさと動きなさい。――さもなくば私があなた達を殺します」
言葉と共にチラつくダガー。
全員に今までとは別種の緊張が走る。
やると言ったら殺る女だということを全員が知っていた。
――前門の豚巨人、後門のメイド。
ダンジョン最深部にて、予想だにもしなかった絶体絶命の窮地に陥ることとなった。
――メイドの脅しを受け、ハンスは覚悟を決めて豚巨人と対峙する。
と言っても別にハンスの心から恐れが消えたわけではない。
もともと人間だった頃のハンスの性格は臆病でお調子者。それでいて妙な行動力のある人物だった。
そうした気質は魔物になっても変わらない。
故にこそ目の前の豚巨人にも心から恐怖していた。
――しかし魔物になってなお変わらなかったものがもう一つハンスにはあった。
それは臆病ゆえの危機察知能力である。
調子に乗っている時は発動しないそれは、窮地にこそ効力を発揮した。
生前仲間を見捨てセバスから逃げ出したことは、逃げ切ることこそできなかったものの、正しい判断だったのである。
ネリスがダンジョンにやって来た時も馬鹿を晒しこそしたが、それでも死ぬことはなかった。
その危機察知能力からすると、目の前の豚巨人は確かに恐ろしい。
恐ろしいが――後ろのメイドに逆らう事の方が、その何倍も恐ろしいのだ。
臆病だからこそハンスは格上の相手に挑むことができた。
――豪風を巻き上げながら迫る大戦斧。
凄まじい力を込められたそれは、一発でも喰らえばハンスを粉微塵に砕くだろう。
その暴力の嵐を紙一重で潜り抜け、ハンスは豚巨人を斬りつける。
「ブギィッッ!」
「……!」
――浅い。
筋肉で覆われた豚巨人の肉体はもはやそれ自体が天然の鎧だ。
力を込めて斬りつけたところで隙を晒すだけだろう。ハンスは傷は浅くとも手数で押すことを決める。
一撃で命を持っていく剛腕を幾度となく躱し、諦めることなく斬りつけ続ける。
――ハンス自身には自覚のないことだが、日々のセバスとの特訓は魔力操作を、リディアの仕置きはタフさを、ネリスの光魔法からは回避能力を、侵入者との交戦は実戦経験をそれぞれハンスに与えていた。
それらはハンスの血肉にはならずとも、骨身に染み込んではいたのである。
「フォフォフォフォフォッ!」
宙を舞い踊り豚巨人を襲うセバスの遊撃も決定打にはならないが、豚巨人の気を逸らし少しずつではあるが傷を負わせる。
『グガァアアアアアアアアアアアアアアア!』
『咆哮』
鬱陶しいとばかりに豚巨人が発動させた技能は、敵対者に麻痺を与え、本来であれば致命的な隙を生み出すものだった。
「【治癒】!」
しかし光魔法LV2、ネリスの放つその魔法により麻痺は無効化される。
……少しずつ、だが確実に傷を負っていく豚巨人。
油断はできないが優位には立てている。
その状況に安堵を覚える三人だが――次の瞬間、顔を引き攣らせる。
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!」
叫びとともに豚巨人の巨躯が光に包まれ、みるみるうちに傷が癒えていく。
『自己再生』
豚巨人の備えていたその技能により、三人の奮戦は無に帰した。
――しかしそれでも彼らの上司に慈悲はない。
「止まってはなりません。続けなさい」
「し、しかしリディア殿……!」
「『自己再生』とて無限には使えません。魔力が尽きれば問題ありません」
だからそれまで戦い続けろ――言外にそう言っていた。
逃げることは許されない――三人は再び豚巨人へと向き合う。
――実のところを言えば、リディアにとって目の前の豚巨人はさして恐ろしい相手ではなかった。
確かに道中の魔物に比べれば実力はあるが、リディアからすれば脅威とはなりえない。
すでに急所であるダンジョンコアの位置も把握し、やろうと思えば一瞬で始末で来た。
……それをやらなかったのは良い機会だと判断したからだ。
リディアとて自身を無敵だなどとは思っていない。
というよりも実際に一度不覚を取ったからこそ、現在の立場に座ることになったのだ。
故にこれから先、自分だけでは対処できない状況に対して備える必要をリディアは感じていた。
だからこそ今回の戦闘は、ノエル配下の魔物達の良い経験になると判断した。
死んだ時は……まぁ、仕方がない。
所詮はそこまでだったと思うまでだ。
「う~」
「グルル……」
リディアは豚巨人との戦いに手を出すつもりはない。
――たとえ味方が死んだとしても。
……もっとも腕の中で豚巨人を睨み付ける主が望めば話は別だが。
傷をつけては再生される――そんな攻防を幾度繰り返しただろうか?
互いの顔色には疲労の色が濃く浮かんでいた――アンデットの二名には顔色などないが。
しかしとうとう変化が訪れる。
魔力が尽きたのか豚巨人が『自己再生』を使わなくなったのだ。
ここぞとばかりに攻め立てる三人。
……しかし当然豚巨人も大人しくやられるままではない。
「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「――ッ!【火球】!」
標的を目の前のハイスケルトンからサキュバスへと切り替える。
牽制として放たれた火魔法にも豚巨人は止まらない。
自ら炎へ飛び込み突き進む。
そうはさせじとハンスは追撃を仕掛ける。
豚巨人の無防備な背中に全力の一撃を叩き込もうとし――ゾクリと背骨を凍らせる。
自分でも何が何だかわからないまま、ただ危機感に全力で従い身体を伏せる。
……風を切る轟音と共に頭の上を大戦斧が通過したのは次の瞬間だった。
豚巨人とて馬鹿ではない。
無防備に背を向ければ攻撃が来ることなど分かっていた。
だからこそそこで反撃を叩き込むつもりだった。
しかし――その目論見は失敗し、逆に致命的な隙を晒すこととなってしまった。
「……ッ!」
ハンスはその隙を逃さない。
無我夢中で豚巨人の無防備な胸に全力で剣を突き立てる。
何かを貫いた確かな感触。
「ブギィイイイイイイイイイイイ!?」
「フォッフォッフォ!」
おぞましい咆哮を上げ暴れまわる豚巨人。
その背中にしがみついたセバスが仕掛けを施した上で、全力で生気を奪う。
「グガァアアッ!」
「フォッー!?」
しかし――終わらない。
セバスを掴んだ豚巨人はセバスを力任せに引き剥がし投擲する。
そこに――
「【火球】!」
――ネリスの魔法が叩き込まれた。
轟炎が豚巨人を包み込む。
通常であれば【火球】にここまでの威力はない。
だが現在の豚巨人の身体にはセバスによって多量の油が振りまかれていた。
「ブギュァアアアアアァァァァアアア……!?」
苦し紛れの咆哮を上げる豚巨人。
しかしその咆哮も徐々に小さくなっていき……遂に消える。
――同時にダンジョンにあった奇妙な存在感も消え、ただの洞窟と変わらない様子へと変わっていく。
ダンジョン測定値
名称:
ランク:F中位
保有魔素:17560P(残25P)
ダンジョン主
名前:グレオ
種族:豚巨人
性別:男
称号:ランクFダンジョン主 豚人を率いる者
魔力:2560P
技能:身体強化LV2 斧技LV1 突撃LV1 咆哮LV2 自己再生LV2 威圧LV1 指揮LV1
――撃破。




