12 乳児 成長 幼児
第二章開始です。
……子供の成長は早い。そしてダンジョン主の成長はもっと早い。
具体的に言えば、生後半年程度の乳児だったノエルは生後二年程度の幼児へと成長していた。
そして現在そんなノエルの前に――死体が二つ転がっていた。
「くっ……。この程度でっ……!」
「私はぁ、もう駄目ですぅ~」
……訂正。死に体の様子だが、疲れて倒れ伏したリディアとネリスの二人だ。
リディアは悔しげにうめき、ネリスにいたってはお昼寝中のノエルとともに眠る気満々だ。
――成長して自分で歩けるようにノエルは大幅に活動能力を上げた。
ぶっちゃけ、起きてる時間の大半を大人しくすることなく、ひたすらに動き回り、遊びに遊んで遊びつくした。
大人しくしているのは絵本を読み聞かせている時か食事中、遊び疲れて眠ってしまっている時くらいなものだ。
……悲惨なのはそんなノエルの相手をすることとなったリディアとネリスの二人だ。
成長したと言えどまだまだ戦闘能力など皆無のノエルだ。
ダンジョンの外に出すわけにはいかない。
なので活動場所はダンジョン最深部となり、ノエルの相手をする人材が必要となる。
現在のダンジョン内でノエルの遊び相手が出来るとなると、必然的にこの二人となるのだが……何しろノエル命のリディアと大概のことは笑って受け入れるネリスだ。
ほどほどに手を抜けばいいだろうに、遊びに対しても全力で付き合ってしまう。
結果、子供の無尽蔵の体力に敗北し、こうして倒れ伏してしまっているというわけである。
まさかこの二人がこうもあっさりと敗れようとは……子育てとは斯くも大変なものか。
思わず世のお父さん、お母さん方に尊敬の年が沸き上がってしまう。
……というか自分がダンジョンであることに初めて感謝した。
とてもではないが自分にノエルの遊び相手が務まるとは思えない。
他のダンジョンもこんな苦労をしているのかというと、《……ダンジョン主によります》らしい。
おそらく魔物型のダンジョン主であれば、本能とかで成長していくのだろう。
なまじ知性を持ち、人間に近いタイプだからこその苦労というわけだ。
思わぬ落とし穴である。
とは言えこれも後々楽をするためである。頑張るしかあるまい。
ってなわけで、リディアとネリスには交代制で頑張ってもらうとしよう。
……リディアの方は喜んでやりそうだし。
ちなみにそのノエルだが、動き回るだけではなく、辿々しいが少しずつ喋れるようになってきているようだ。
まぁ、思考自体は幼児のそれなので、何が言いたいのかいまいちわからないことも多いのだが。
「のえねぇ~、だんじゅ~だよ~」
とか言われても自分には翻訳機能などついてないのである。
どうも「ノエルはダンジョン主だよ」と言いたかったらしいが、自分では理解不能だ。
リディアがいなかったら、この時点で詰んでいた自信がある。
リディアさんマジ感謝。
彼女を引き込む決断を下した過去の自分を誉めてやりたい。
――しかし正直困った事態でもあるのだ。
リディアもネリスも大事なダンジョンの防衛戦力。
いざという時、ダンジョン主と遊び疲れて使い物になりませんでは笑い話にもならない。
なんとかノエルに大人しくしてもらう必要がある。
一応ノエルだけでも遊べるように『道具作成』で積み木とかも作って与えているのだが、はっきりいって焼け石に水だ。
必要なのはノエルの遊び相手だろう。
しかしこれがなかなか難しい。
創造魔物は大半が知性がないし、知性の獲得条件も不明だ。
ダンジョン主のノエルを人間の街に連れて行くというわけにもいかない。
――そんなふうにノエルの成長によって新たに生じた難題に頭を悩ませていると、ある日ノエルがとんでもないことを言い出した。
「のえ、おそとっ、そとでぅ!」
「わかりました、お嬢様。早速参りましょう」
ノエルの意味の分からない言葉に、阿吽の呼吸とでも言うかのようにリディアが答える。
そして大事そうにリディアはノエルを抱え上げると、そのまま外へ――
――って!? ちょっと待てぇえええええええ!
こちらの意思が伝わったのか何やら迷惑そうに天井を見上げるリディア。
「……お嬢様は外にお出かけになりたいようです」
それで、「はい、わかりました」と行かせるわけにはいかんのだ。
いくらリディアが付いていても外が危険であることに違いはないのだから。
だから外に出るのは止めような、ノエル?
「やっ!」
聞く耳持ちませんとばかりにそっぽを向くノエル。
いや、代わり映えのしないダンジョン内が退屈なのはわかる。
しかしもう少し待ってほしい。
ある程度ノエルが成長したら外へ出てもいいから。
ほら、新しいおもちゃも創ってあげるから――
「やーッ!」
ちょっ、マジでどうしよう!?
ダンジョン主であるノエルはダンジョンと対等で命令はできない。
リディアには『意思伝達紐』を与えているが、あれは使い捨てで行動を制止できるのは一回だけ。
ダンジョン内の魔物ではリディアを止められない。
というかノエルが一緒である以上、素通りの可能性もある。
あーでもない、こーでもないとこちらが頭を悩ませている間にノエルを抱いたリディアはあっさりと外へ出てしまった。
――お願いっ! 待ってぇええええええ!
……自分の渾身の叫びもノエルがいない以上、誰にも届くことはなかったのだった。
イメージは子供と奥さんに逃げられた旦那さんです。