S1 転生者 ユーリの場合
人によっては不快に感じられるかもしれません。
――ユーリは元日本人の転生者だ。前世の死因は溺死。
友人と夜の海で遊んでいたら、沖まで流され溺れ死んでしまった。
この世界に転生した当初ユーリは混乱した。次に興奮し、そして失望した。
初めの混乱は至極当然、気がついたら赤ん坊だったのである。混乱しても無理はない。
次の興奮は転生した事を理解したが故。二次元ではお約束の出来事が自分に訪れたのだ。
最後に失望したのは自分の立場。別に特別な生まれというわけでもなく、お約束のチート能力もない。
二度目の人生という幸運を得ておきながら、ユーリは神に罵りの声をあげた。
しかし、たとえチートがなくとも優れた現代知識があると思いなおした。
それを駆使すれば、ファンタジーの主人公のようにこの世界に革命をもたらせると思った。
……だが現実はユーリが考えていたほど甘くはなかった。
ユーリが生まれたのは帝国とトルス王国の国境。ギリギリ帝国領という立地の農村だった。
しかしいざ農業に手を出そうにもそのために必要な知識がない。
肥料や二毛作といった単語は知っていても、具体的にどうすればいいかなどわかるはずもない。
料理など論外だ。調味料の類いなど存在せず、あったとしても希少品だ。
そもそも料理は知っていても、まともに調理した経験などない。
二次元の主人公達は、頭の中にパソコンでも仕込んでいるのかと本気で疑った。
結局のところ、一介の高校生に過ぎなかったユーリに異世界転生など荷が勝ちすぎていたのである。
――しかしユーリは諦めなかった。
知識が当てにならないなら人脈を作ろうと決意した。
そのためにまずは「良い子」になることにした。
……基本的に子供というものは感情的なものである。物事の道理やルールなど気にもしない。
そうした子供の中でユーリは理性的に行動した。
単純に大人しい子供と思われないよう、要所要所で気の効くところを見せながら。
そうした努力の結果、ユーリは何時しか周囲から神童と呼ばれるようになった。
そうして望んだ評価を得たユーリは人脈作りに勤しんだ。
そのためにも、まずは村の村長へと近づいた。
相手をただの村長と思うなかれ……いや、ただの村長ではあるのだが、それでも村の長。
村の外部と接触する機会が最も多いのが村長だったのである。
実際ユーリのこの目論みは上手くいった。
村長を通じ、村に出入りする商人や領主の使いと面識を持つことが出来たのだ。
村長としても村出身の優秀な子供を売り込むことは、将来への投資となると判断したらしい。積極的にユーリを外部の有力者に紹介した。
そんな村での日々の中、村を出て冒険者になるという若者に声をかけられたが無視した。
馬鹿馬鹿しい。折角作った人脈を放棄してどうする。
……後に風の便りでその若者達が行方不明になったと聞いた時は本当に愚かだと思った。
ともあれそうした紆余曲折あり、ユーリは領主の元で働けることになった。
そして領主の元でも上手く立ち回ったユーリは、騎士団の入団試験の推薦を受けることとなった。
――基本的に騎士団には誰もが入団できるわけではない。
あまり門戸を開きすぎると他国からの間諜が入り込むからだ。
故に入団試験には身元の保証と試験料が必要となる。
結果としてこの制度が原因で騎士団の人員は、跡目が継げない貴族の次男・三男坊に偏ることとなってしまう。
そうした状態の是正のために、騎士団内のある程度の実力者であればスカウトが、国内の有力者であれば試験への推薦が認められている。
もちろんそういった経緯で入った人物が問題を起こせば、多少なりとも責任を問われるので皆慎重に相手を吟味する。
ユーリは後者の枠を得ることに成功したのだ。
試験をパスし入団した当初、貴族出身でないユーリは軽く見られていた。
しかし今まで人の顔色を窺って生きてきたのは伊達ではない。
騎士団でも如才のなさを発揮したユーリはすぐに馴染むことが出来た。
そしてその頃にはユーリには自信となる根拠が一つ存在していた。
すなわち――固有技能『強奪』である。
騎士団での訓練中、この技能に気づいたユーリは歓喜した。
自分は奪われる側の弱者ではない、奪う側の強者なのだと確信した。
世界は自分を中心に回っており、自分は何をしても許されるのだと思った。
すぐにでも周りの連中から技能を奪いたかったが、ユーリは賢しく立ち回った。
いきなり騎士たちの能力が下がれば不審に思われるし、彼らは自分の同僚なのだ。ある程度実力を持っていてもらわねば困る。
そこでユーリは技能を奪っても問題ない犯罪者や、魔物相手に『強奪』を使うことにした。
『強奪』は決して万能ではなかった。
1.強奪する技能を実際に見なければならない。
2.強奪する相手と一定距離で一定時間過ごさねばならない。
3.1、2を同一時間に行わなければならない。
という制約が存在した。
しかしその制約を差し引いても強力で特別な技能だ。
この技能を駆使し成り上がり、いずれは帝国の頂点に立つ――そんな未来をユーリは夢想する。
◆ ◆ ◆
星の瞬く夜空の下、昼間の喧騒も息を潜めゆっくりと眠りつつある街中で、ユーリは同僚二人と共に任務に赴いていた。
「……人物調査か」
「固有技能持ちってのは本当なんでしょうか?」
「それを確かめるのが俺らの任務だろ」
人種至上主義・亜人排斥主義を掲げるローランディア帝国は、西のルーガス獣人国――その首都にして四大迷宮の一角たるレガレス迷宮とは永年に渡る敵対関係にあった。
両国の間には広大なリグレスタ砂漠が横たわり、直接的な衝突こそないものの、帝国は常に戦力を欲しているのである。
基礎術式を組み合わせた複合術式の研究・帝国内のダンジョン討伐……固有技能持ちの確保もその一環だ。
「でも対象の人物は料理人なんですよね。固有技能持ちがそんなことしますかね?」
「……分からん。だが今までにない奇妙な料理が出されるのは確かなようだ」
「どんな固有技能も使いよう。その辺考えるのは上の仕事だろー」
――そんな話をしているうちに目的地にたどり着く。
件の人物は夜にしか営業を行わず、営業場所も日によって変えるのだ。
「はいはーい。いらっしゃいませー」
事前の調査通り閉店間際の時間帯故、他の客はいないようだ。
そして――その店主を見た瞬間、ユーリは妙な既視感を感じた。
年の頃は十代後半。美人というわけではないが愛嬌のある顔立ちをしている。
帝国ではあまり見ない黒髪黒目……どこか懐かしい。
「ご注文は何にしますー?」
「……いや、注文の前に訊きたいことがある」
「んー?何ですかねー?」
「いやー別に大したことじゃないんだけどさ。……店主さん、固有技能ってご存知?」
「…………」
沈黙する店主を前に、これは当たりかと三人は考える。
そして――
「あーお客さん。そっち系ですかー」
目の前の女の雰囲気が変わる。
咄嗟に身構える三人の視界を白いカーテンが覆う。
「――っ! なんだ!?」
「くそっ!」
(……これ、小麦粉か? ――ッ!)
同僚の声が響く中、ユーリは口に入った白い粉の正体を推察し――湧きあがった記憶に怖気を走らせる。
「着火ー」
どこか緊張感に欠ける声が聞こえ――次の瞬間、あらゆる音が爆風と共に吹き飛ばされた。
小麦粉のまき散らされた空間そのものが爆弾と化し、炎と熱風を撒き散らす。
粉塵爆発――空気中の粉末に火が付き、酸素の燃焼速度の加速により酸素自体を燃料に空間そのものが爆弾へと変わる現象――がユーリたちを襲ったのだ。
「――ゴホッ、ゴホッ……あのアマァ……!」
爆発が収まった後、風魔法で気圧の変化から身を守りつつ、土の中からユーリが立ち上がる。
粉塵爆発――その単語が頭を過ぎった瞬間咄嗟に『土魔法』で地面を掘り、『魔法障壁』を張り、『身体強化』で身体を堅めた。さらに『火耐性』を持っていたことが幸いしユーリはなんとか生き残ることが出来た。
――間違いない。あの女が自分の同郷だ。
ユーリは確信する。でなければ粉塵爆発など知っているはずがない。
加えて虚空から出現した小麦粉――固有技能持ちというのも本当だろう。
ギリギリと歯をすり合わせる。
自分は助かったが同僚二人は死亡。対象は逃亡。大失態だ。
順調だった出世街道に暗雲が立ち込める。
簡単な任務のはずが、まるでお気に入りのゲームに水を差されたかのような気分をユーリは味わっていた。




