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A2 ジャック

少し暗めの話です。

「……くそっ!」


 森の中、ジャックは口汚く罵りつつ、苛立ち紛れに地面を蹴り上げた。

 頭に思い浮かぶのは、自分一人にこのあたり一帯の調査を命じたパーティーメンバー。

 本来ならいくら危険度の低い調査といえど、一人に任せたりはしない。

 つまり連中にとって、自分はいくらでも替えの利く存在でしかないということだ。

 連中は自分のことをパーティーの一員などとは思っていまい。

 せいぜいが使い減りしない便利な道具だ。

 自分もあの連中を仲間などとは思っていない。

 忌々しい屑どもを八つ裂きにする光景を想像し憂さを晴らすが、そんなことしかできない自分の情けなさに惨めさが増し、ますます苛立ってくる。


 ――ジャックの母親は彼がまだ幼い頃に死んだ。

 正直に言って顔もよく覚えていない。

 それから彼は父親と二人暮らしの日々を送ったが、この父親が問題だった。

 一言で言うならロクデナシ。

 幼かったジャックが必死の思いで稼いだ金を奪い酒に溺れていた。

 無論、当時の彼が稼げる金などはした金で、足りない分は家財を売り払い工面していた。

 幼心に家の中が空虚になっていくことに不安を覚えたが、父親に訴えても殴り付けられるだけだった。

 

 そんな環境下でジャックは父親の目を盗み、雀の涙のような金を必死で貯め、食堂の残飯をあさり、時に小動物や木の根にまで手を出し食い繋いでいた。

 そして冒険者としてギルドに登録できる年齢になると、貯めておいた金で馬車へと乗り込み、生まれ育った街を飛び出した。

 それ以来、街には帰っていない。父親もどうなったのか知らない。



 ――そして現在住み着いている街へと辿り着き、冒険者ギルドに登録したジャックは最初の段階で致命的なミスを犯してしまう。

 とにかく早く身を立てたいという思いが強すぎたのだろう。

 初級冒険者である彼に声をかけてきたパーティーの誘いに、よく考えずに乗ってしまったのだ。


 声をかけてきたパーティーの連中は最悪だった。

 父親と同じようなロクデナシ。いや、ある意味では父親よりも性質(たち)の悪い連中だった。

 ジャックに与えられたパーティー内の役割は、冒険者とは名ばかりの雑用係だったのだ。

 荷物持ちに始まり、危険な場所への斥候、魔物の解体、食事の準備……そんな仕事ばかりをやらされた。

 挙句の果てに彼に分け前はほとんど与えられない。

 とてもではないが耐えられる状況ではなかった。

 

 しかし厄介なことに、連中はロクデナシのくせに冒険者としての腕はよく、ギルドの方にも顔が利いた。

 ジャックがギルドへ訴えても相手にされず、ギルドから話を聞いた連中による「仕置き」と称した暴力が振るわれるだけだった。

 何度も逃げ出そうと考えたが、万が一失敗し報復されることを考えると実行に移せなかった。

 そして今日も変わらずジャックは屑どもの下で働かされていた。




 今回の依頼(クエスト)は冒険者ギルドからだった。

 仕事内容は街の周辺の調査と魔物の間引きだ。

 ダンジョンは年月が経ち強大になれば一ヶ所に定住するが、低ランクのうちは『移転』で街の近郊にランダムに出現する。

 そのためギルドは定期的に冒険者にこうした依頼を行う。

 今回はジャックの所属するパーティーと、他のいくつかのパーティーが依頼を受けていた。

 しかしジャックのパーティーは、割り振られた調査範囲の大部分の調査を彼一人に押し付けていた。


 普段であれば何時もの雑用だと憤るところだし、実際にジャックは憤っていた。

 ――しかし今回に限っては幸運だった。

 何しろ一人だからこそ森の中でソレ(・ ・)を見つけることが出来たのだから。

 本来ソレ(・ ・)は森の中にあるはずのないものだった。

 普通ならパーティーに報せれば手柄になるだろう。

 しかしジャックのパーティーは別だ。

 報せたところで上前をはねられるだけだ。

 だからこそ彼はソレ(・ ・)を隠匿することにし――脳裏ではソレ(・ ・)の使い道を考えていた。




 調査を終え街に帰還したパーティーはギルドからの報酬で酒盛りを開始した。

 当然のようにジャックは参加できなかったが、今回は好都合だった。

 ねぐらにしている町外れに戻った彼は、慎重に戦利品の解体を行っていた。

 戦利品をギルドに持ち込むつもりはなかった。

 ギルドの職員から連中に知らされるに決まっているからだ。

 ……無事に解体を済ませ、さらに今後のための準備・ ・を行う。

 ――作業を行う彼の口元には暗い笑みが浮かんでいた。



 ◇ ◇ ◇



 ――ジャックの目の前には五体の死体が転がっている。

 つい先程まで彼のパーティーメンバーだった連中だ。


 ――呆気ない。


 ジャックの胸に去来したのはそんな感想だった。

 なぜこんな連中をあれほど怖れていたのかと、本気で不思議に思っていた。

 

 ――少し前の調査依頼でジャックが手に入れた物。

 それは『サイレントスネーク』の亡骸だった。

 サイレントスネークの部位は武具や薬品の材料となる品で、冒険者ギルドに持ち込めば高値で引き取ってくれる。

 だからこそ本来そんなものが森の中で野晒しになっているなど有り得なかった。

 傷の様子から野生の獣や野良の魔物に殺されたという感じでもなく、ジャックも不思議だったが、何れにせよ彼はソレを隠匿した。

 そして持ち帰った亡骸を慎重に解体し、サイレントスネークの毒を入手することに成功した。

 後の話は簡単。何時ものように押し付けられた食事の支度中に毒を混ぜた――彼のしたことはそれだけだ。

 サイレントスネークの毒は遅効性の猛毒で無味無臭、メンバーはあっさりと毒を呷り――この様だ。


 もっと早くこうすればよかった――そんな後悔さえ頭を過るが、このままじっとしているわけにもいかない。

 さっさと死体から金目の物を剥ぐ。

 出来れば全て手に入れたいところだが、荷物にならないものに限定する。

 さらに死体を人目につかない場所に移動させ、防具を脱がせ体を軽く切り刻む。

 こうしておけば血の臭いを嗅ぎ付けた獣が死体を始末してくれるだろう。


 ……街に戻るつもりはなかった。

 他の連中が帰らず、自分だけが帰還すれば冒険者ギルドに目を付けられてしまう。

 十分な金も手に入れたので遠くの街まで行けるだろう。

 さしたる感慨もなく死体に背を向けジャックは歩き始めた。


 


 ――ジャックが馬車を乗り継ぎ辿り着いた街で、見るからにお人好しな二人組の初級冒険者とパーティーを組むことになるのはもう少し先の話だ。

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