3/45
3
「何が?」
彼女の返答に意表をつかれた。質問を質問で返されてしまった。屋上の手すりに立っていて、彼女は怖くないのだろうか。またしばらく沈黙が続いた。
「怖くないのって、何が?」
彼女はまた改めて聞いてきた。彼女の顔は、平然としていた。普通なら悟ってもいいだろう。屋上の手すりに足を乗せて立っていることが、何を意味するかぐらい、彼女自身わかっているはずだ。
「そんなとこに立って、怖くないの?」
「怖いわよ」
表情ひとつ変えずに、彼女はそう答えた。
「じゃあ降りたら?」
「それはできないわ」
「どうして?」
「わたしは、一度やると決めたらやる人間なの。ここに立った以上、もう後戻りはできないわ」
少しでも後ろに背中を傾けたら、彼女は下へとまっさかさまに落ちるだろう。そして地面には彼女の赤い血がぶちまけられる。僕はそれを、これから見ることになるのだ。これから起こるかもしれない事態に、僕の心臓の鼓動が走り始めた。