9.1-08 黒い虫08
「エンデルスよ?某らは、あの場にいなくてもよかったのであるか?」
酒屋から出て、ライスの町中を歩きながら、隣りにいたエンデルシア国王へと向かって、そんな疑問を投げかけるポラリス。今の彼女の姿は、大きなドラゴンの姿ではなく、人の姿をしていて……。嬉しそうな表情を浮かべながら、大好きなエンデルシア国王の腕に、自身の腕を絡ませていたようである。まぁ、彼女の身長が低くく、逆にエンデルシア国王の身長が高いこともあって、どこからどう見ても、親子にしか見えなかったようだが。
「うむ。あの場に俺たちの居場所は無かったから、これで問題ない。それに、一通り街の中を見て回ったら、俺たちだけ先に、ミッドエデンに帰るつもりだからな」
と、母国ではなく、何故かミッドエデンに帰ろうとしていた様子のエンデルシア国王。どうやら彼は、ミッドエデンの居心地が良すぎて、母国に帰れなくなっていたらしい。尤も、母国に戻った際に、宰相のキュムラスほか政府関係者から、集団暴行を受けるのが分かっていたので、帰るに帰れなかった可能性も否定は出来ないが。
そんなエンデルシア国王と、人の姿のポラリスは、前述の通り、仲よさげに腕を組みながら、ライスの街の中を歩いていたようである。その様子は、一見すると、たしかに親子のようではあったものの、2人が纏っていた雰囲気は、まさに紳士と淑女、といった様子だったようである。2人ともの年齢が1000歳を越えていることもあってか、なんとも表現し難い気品のようなものが滲み出ていたようだ。
「ふむ……では、どこへ向かっているのであるか?」
「実は前にも、ここの世界樹を見に来たことがあってな?前回来たのは、1200年以上前のことだから、昔のことでも思い出しながら、色々と見て回ろうと思っていたところだ。だから、特に行き先があるわけではない」
「そうであるか。確かに……巨大な木が生えているようであるな……。あれが世界樹であるか?」
「うむ。あれだけは、前に来たときと、あまり変わっておらん……」
そう言いながらエンデルシア国王は、高く青い空を見上げた。
そこには、樹齢数千万年とも言われている大樹が聳え立っており、町の景色のおよそ半分を占めていたようである。より具体的に言うなら、北側半分の景色が、直径8kmとも言われている世界樹の幹で覆われていて、残りの南側半分が太陽に照らされている、という位置関係だ。もしも世界樹の南側以外の場所に町を作ったなら、太陽の日の光が町に入りにくくなってしまうので、先人たちはあえてこの南側に町を作ったのだろう。
「その口ぶりだと、街の姿は、昔と大きく変わったのであるな?」
「あぁ。あのときはもっと小さかった。確か、歩いても端から端まで30分もかからなかったような気がする」
「ふむ、それは随分な変わり様である。今なら3時間はかかるであろうからな。ちなみに、前回、汝は、何故ここに来たのであるか?」
「実はな……ここにも昔、魔王が住んでいたんだ。あれはたしか……植物系の魔族を率いる魔王だったはずだ。それを倒しに来たつもりだったんだが……思い出すと笑ってしまうんだが、気づくと手助けをしていたな。この町を攻め落とそうとしていた鬼人族がすごく気に食わないやつで……一泡吹かせようと思ったんだ。あの時の俺は、若かったな……」
「勇者であるのに魔王に手を貸したのであるか。優しい汝らしいのである」ぎゅっ
「優しい、か。そりゃ、どうだろうな……」
その当時のことを思い出したのか、目を細めながらそう口にするエンデルシア国王。そんな彼の言葉から推測するに、彼は少なくない鬼人族の者たちを、その手にかけたようである。
それを知ってか知らずか。ポラリスは嬉しそうな表情を浮かべながら、言葉を続けた。
「エンデルスは優しいのである。千数百年もの間、某のことを忘れずに覚えていてくれたことが、その何よりの証拠である」
「……そうか(殆ど覚えてないけどな……)」
そんなやり取りをしながら、町の中を歩いて行く2人。それから、迷路のように入り組んだ町の中の道を、太い方へ、太い方へと階段を昇り降りしながら進んでいくと……。しばらくして、2人は、屋台が立ち並ぶ通りへとやってきたようである。
「市場のようであるな?並んでいる品が、ミッドエデンで扱われているものとは、まるで違うのである。やはり、距離が離れていれば、独自の文化を形成してもおかしくは無いのであるか……」
「……ついこの前まで、ドラゴンだった者が言う言葉とは思えんな」
「某とて、日々、精進しているのである。こうしてエンデルスと共に世界を見回って、汝に迷惑をかけぬように、であるぞ?」
「……そうか。それは助かる」
そう言って、嘘偽りのない笑みを浮かべて、ポラリスと共に市の中を歩いて行くエンデルシア国王。
その際、彼らは、人混みに紛れて買い物をしていたスライムのような物体を見かけたようだが、2人ともそれに対して話しかけること無く、そのまま素通りすることにしたようである。長寿命の2人がこれまでの人生経験で身に付けた直感のようなものが、話しかけると面倒事に巻き込まれる、と警鈴を鳴らしていたようだ。
それから、市場を抜けて、城の様子を見て、道具屋や武器屋などを覗いて……。最後に、町の外にいるエネルギアや飛竜カリーナに挨拶をしてから、ミッドエデンへと帰ろうか、と2人が考えた時だった。
町の入口までやってきた2人の前を――
ぷぅ〜ん……
――と、耳障りな羽音を響かせながら、親指大の黒い虫が通過していったのである。
それを見て――
ドゴォォォォォ!!
「おっと。つい、口からブレスが漏れてしまったのである……」
――と、容赦なく虫を焼き払うポラリス。元々、大自然の中で生活してきた彼女にとっては、蚊のような吸血系の虫の存在は死活問題だったので、勝手に身体が反応して動いてしまったようだ。
一方で、それを見ていたエンデルシア国王の方は、と言うと、その場で立ち止まって、難しそうな表情を浮かべていたようである。それは、人前でブレスを放ったポラリスの行動が、受け入れ難かったから、というわけではなかったようだ。
「……済まないポラリス。少し急用ができた。早めに切り上げて、戻っても構わないか?」
「うむ。某は、汝の行くところなら、どこへでも付いていくのである!」
「では、戻ろう。行き先は――ミッドエデンだ」
「……相分かったのである」
その瞬間――
ブゥン……
バリンッ!
――と、町に展開されていた転移魔法妨害用の都市結界を、ここに来た時と同じように、無理矢理に破壊して。ミッドエデンの王城へと転移して帰ったエンデルシア国王。どうやら彼は、ミッドエデンでやらなければならないことを思い出したようである。それも、黒い虫に関連した何かを……。
この時点において、アルボローザに来ておるメンバーたちが、それぞれ何をしておるのかー、という一覧を書こうと思ったのじゃ。
じゃが、諸事情により、それは明日にしておこうと思うのじゃ。
明日はワルツたちのことを書く予定ゆえ、それを書き終わってからの方が良いかと思っての?
もしも忘れてしまったなら……お察しください、なのじゃ。
……忘れる気しかせん……。




