9.0-23 バラの木23
「も、もう……イブ……ダメかも……だね……」げっそり
ユリアとローズマリーに引っ張り上げられる形で、空へと浮かんでから、すぐに再び地面へと戻ってきて……。
生きた心地がしない、と言わんばかりの表情を浮かべていたイブ。
その際、彼女が、自身の尻尾の付け根辺りを両手で押さえていたのは、彼女の尻尾に何か絶望的な問題でも生じていたから……。
対して。
自身の翼を使って、イブのことを空へと運んだサキュバスの姉妹たち2人は、満足げな表情を浮かべていたようである。
「あっちの方に、まだいっぱい、お花畑が残っているみたいですね?」
「はいです!」
彼女たちは、空へと上昇した際に、ダリアから貰った地図の確認と、近くに残っている花畑がないかの確認をして……。
どうやらその両方で、満足行く結果が得られたようである。
なお、空を飛んで、目的の花があった場所まで移動しなかった理由については、イブの顔が土気色になっていた、と言えば、察してもらえるのではないだろうか。
「えっと……イブ師匠?大丈夫です?マリーが引っ張った場所が悪くて、痛かったです?」
「だ、大丈夫……かも……だよ?」げっそり
「……ごめんなさい、イブちゃん。そこまで空を飛ぶのが辛いとは思って無くて……」
「ううん?イブ、空を飛ぶこと自体は嫌いじゃないかもだよ?ただ……エネちゃんに乗る以外の方法で空を飛ぶのは、ちょっとどうかと思っただけかも……。あと尻尾が…………なんでもないかも……」
そう言って、大きな溜息を吐くイブ。
しかし、彼女がへたり込んでいたのは、そう長い時間のことではなく……。
彼女は小さな回復魔法を自身の尻尾にかけてからすぐに立ち上がると。
ここに来た時と同じように明るい表情を浮かべながら、自身に心配そうな視線を向けていた2人に対してこう言った。
「じゃぁ、次の目的地に行くかも?」
「はいです!今度こそ、お花畑のお花をすべて抜き取って、かいめつさせに行くです!」しゃきーん
「だね!イブも、抜いて抜いて引っこ抜きまくるかもだよ?」
「あんまり抜きすぎたら、またダリアが困っちゃうので、程々にしてくださいね?」
そんな会話を交わしながら、再び森の中を歩き始める3人。
その移動中も、彼女たちは、花の採集方法(?)について、議論したとか、しなかったとか……。
◇
そして歩くこと30分ほど。
イブたちの視界には、先ほどよりも、痛々しい木々や植物の姿が入ってきていたようだ。
葉が完全に無くなって、枯れてしまった木
まるでくり抜かれたかのように、幹の内部を食い荒らされてしまった木。
あるいは、皮だけ綺麗に無くなって裸になってしまった木、などなど……。
そんな、木々の悲惨な姿を見ている内に、彼女たちの会話の中から、”花を抜く”という単語は、次第に消えていったようである。
「……そろそろかもじゃない?」
「そうですね。開けた場所ではなく、木々の隙間にあったので、ちょっと見えにくいかもしれませんが……もうすぐ見えてくると思いますよ?」
と、手にした地図に追加で付けた印の位置を確認しながら、イブの疑問に対し、笑みをもって答えるユリア。
一方で。
妹のローズマリーの表情は、あまり優れなかったようである。
「……お花さんたち……無事ですか?」
どうやら彼女は、道を進めば進むほど、悲惨な姿に変わっていく植物たちを見て、心を痛めていたようだ。
「さっき直接見たんだから、この移動時間の内に全部ダメになる、ってことは多分無い思うかもだけど……」
と口にしながら、心配そうなローズマリーの様子を見て、自身も同じように表情を曇らせてしまうイブ。
彼女もまた、傷ついた植物のことを考えて、憂えていた1人だったようである。
それから間もなくして……。
彼女たちの眼に、小さな白い物体の姿が飛び込んでくる。
「あっ!あれかもじゃない?」
と、イブは、枯れ木の下の方に点々と存在していた白い物体を指差しながら、そう口にするのだが……。
「……ちょっと、止まりましょうか」
ユリアはその言葉通りに立ち止まると、両眉隙間に出来ていたシワを両手で引っ張り始めた。
――何かとても見たくないものを見てしまった、といった様子である。
「うん?どうかしたかもなの?」
「もう目の前ですけど……何かあったです?」
「……いま直ぐに戻りましょう」
「「……えっ?」」
ユリアが急に何を言い出したのか分からず、首を傾げてしまうイブたち。
しかし、ユリアはそんな2人に対して、一切事情を答えること無く……。
そして――
「マリーちゃん!飛んで戻りますよ!イブちゃん!行きます!」
「えっ、ちょっ?!」
地に足がつかない状態で空を飛ぶことが苦手なイブに対し、飛んでいいか、という確認も取らずに――
バッサバッサ……
ユリアはイブの脇の下に手を入れて、彼女と共に、強制的に空へと舞い上がった。
そして、その後ろを、すぐにローズマリーも追いかけることになるのだが――――その直後のことである。
プゥ〜ンッ……
そんな生理的な嫌悪を感じてしまう高い音が、飛行していた3人の足元の方から聞こえてきたのだ。
……それも大量に。
「うわっ……かゆっ……!」ぶるっ
「あ、あれ、何です?!」
「多分あれが……ダリアの言っていた虫たちです。そしてさっきの白い小さな物体は、花ではなく……彼らの繭だと思います」
そう言って、まるで自分たちのことを追いかけてくるように接近してくる大量の虫たちに対し、細めた視線を向けるユリア。
そんな彼らの大きさは、現代日本の家庭で、嫌悪の対象となっている黒く輝く”例の虫”と同じくらいのサイズで……。
その羽音は、どういうわけか、低い音ではなく、モスキート音と呼べるほどに高い音だった。
そのせいか。
彼らの飛翔速度は、Gたちとは比べ物にならないほど、速かったようである。
プゥ〜ンッ……
「うはっ!き、聞くだけで痒くなってくるかも?!」ぽりぽり
「ユリアお姉ちゃん!もっと速く飛ばないと、追いつかれるですよ!」
「イ、イブちゃんが重くて、速度が出ません……!これはもう……!」
「えっ……や、止めてよ?イブのこと、落とさないでよ?!…………あ、そうだ!」
命の危機を察したイブが、そのくせ毛まみれの頭をフル回転させた結果。
彼女は、とある対策を考えついたようである。
「ユリア様!さっき、テレサ様に貰った液体をばら撒けばいいかもじゃない?!」
「……その手がありましたね!マリーちゃん!私は一瞬だけしか手が空かないので、マリーちゃんが私の代わりに、テレサ様から貰った液体を撒いてください!香水のボトルも渡すので、それに入れて撒けばいいと思います。良いですか?」
「は、はいです!」
妹の返答を聞いたユリアは、左手に力を込めて、イブを強く抱きしめると……。
一瞬だけフリーになった右手で、アイテムボックスから木酢液の入った瓶と、香水用のスプレーボトルを取り出して、それをローズマリーへと渡した。
その結果、イブが少々ずり落ちて、本当に地面へと落下しそうになっていたが……。
ユリアは再びイブのことを両手で抱えて、どうにか彼女の落下を阻止したようである。
一方。
木酢液の入った瓶と、香水用のスプレーボトルを受け取ったローズマリーは、飛びながら中身を入れ替えると……。
ユリアに比べて身軽だった自身の機動力を活かして、姉たちの後ろから近づきつつあった虫たちの進路上へと割り込み。
そして、スプレーボトルの蓋を、力いっぱい何度も押した。
シュッ!
シュッ!
シュッ!
結果、空中へと散布される茶色い霧のようなもの。
それをしばらく続けていると、彼女たちの後ろから追いかけてきていた黒い虫たちは、徐々に距離を開けて……。
そして終いには、見えないくらいの位置まで離れていってしまったようだ。
その様子をユリアの腕の中から眺めていたイブは、真っ青な表情を浮かべたまま、大きな安堵の溜息を吐くと……。
再びその口を開いて、ユリアに対し、こう言った。
「あれ、何なの?」
「私も”黒い虫”としか分かりません。ちょっと尋常じゃない気がしますね……。マリーちゃんは大丈夫ですか?」
「瓶を押しすぎて指が痛いですけど……マリーは大丈夫です!」
そう口にしながら、香水のボトルを掲げつつ、どこか誇らしげな表情を浮かべるローズマリー。
それから彼女たちは、花の採取を諦めて……。
一旦、町へと戻ることにしたようである。
今の出来事を、依頼主のダリアへと伝えるために……。
ふむ……。
困ったのう……。
9.0-40までに、この章を終えられるか心配になってきたのじゃ……。
いやむしろ、終えられる気がせん、と言うべきかの……。
……おっと。
今日はさっさと、お暇するのじゃ。
今週は忙しくなる予定ゆえ、今日の内に、4話書かねばならぬからのう。
現時点で2話。
つまり、これから寝るまでの間に、もう2話書かねばならぬのじゃ。
…………頑張るのじゃ、妾!




