9.0-12 バラの木12
場面は変わって、ワルツたちの元へと戻ってくる。
カタリナとシュバル、そして姿を消したままのワルツたち3人は、首都ライスの城の中にあった来賓室へと案内されたわけだが……。
そこには、彼女たちのことを待ち構えていた人物の姿があったようだ。
「ぬーしーさー…………ま?」ぴたっ
背中に長い双頭槍を背負った和服の女性――人間の姿をした水竜である。
彼女は、ミッドエデン共和国とアルボローザ王国の架け橋になるために、この国には1ヶ月ほど前から来ていて……。
ここでワルツたちのことを待っていたのだ。
だが、残念なことに、水竜から見る限り、やって来たのはカタリナと”黒い物体”だけで……。
そこにはワルツの姿は無かったようである。
結果、水竜は、残念そうにションボリとしながら、カタリナに対し問いかけた。
「カタリナ殿……お久しゅうございます……」しゅん
「お久ぶりですね。アルゴさん」
「今日……主様は来ておられぬのでございますか?」
「いえ、ここに来てますよ?」
と、カタリナが口にした瞬間――
「…………?!そ、それは誠でございますか?!」きゅぴーん
水竜の眼が物理的に光りを放ったようだ。
なお、魔法ではない模様である。
しかし、その場にワルツの姿が無かったせいか……。
ここにワルツが来ている、と言われても、水竜には何がなんだかよく分からなかったらしい。
結果、彼女の視線が向かった先は――
「ま、まさか……?!」
「…………」にゅる?
――やはりシュバルだったようだ。
ちなみに、そこには、彼女たちのことを部屋へと案内したメシエの姿もあったのだが……。
彼は、絶望的な表情を浮かべて地面へと崩れ落ちた水竜の姿を見て、そっと静かにその場を立ち去って行ったようである。
おそらく彼は、空気を読んで、この部屋の中にいるべきではない、と判断したのだろう。
それがある意味で引き金となった。
「ぬ、主様……なんというお痛ましいお姿に……」ぷるぷる
シュバルの姿を見た水竜が、何を思ったのか、急に泣き始めたのだ。
「あの……アルゴさん?なにか、すっごく失礼な勘違いをしてませんか?」
「…………」にゅるっ!ブンブン
水竜が何を考えているのか何となく分かったのか、彼女に向かってジト目を向けるカタリナ。
そんな彼女の胸に抱かれていたシュバルも、怒りのあまり(?)荒ぶっていたようである。
「へっ?」
「この子、ワルツさんじゃないです」
「…………」にゅる
「ぬ、主様では……ない?ならば、此奴は何者でございますか?」
「私の大切なシュバルちゃんです」
「…………」にゅるっ!
と、カタリナの言葉を聞いて、触手の一本を縦に振るシュバル。
どうやらそれが、彼にとっての肯定の合図らしい。
それを見た水竜は、至極、複雑そうな表情を浮かべると……。
その後、暫くの間、シュバルについての話題には、触れないことにしたようである。
触らぬ神に祟りなし、とでも思ったのだろう。
「で、では、主様は何処に?」
と、水竜が改めて質問した時のことだった。
「え?ここにいるわよ?」ブゥン
ワルツが、部屋の中にあった椅子の上へと、その姿を見せたのだ。
それを見た水竜は――
「ぬ……」
「…………ぬ?」
「ぬーしーさーまー!!」ズサーッ
と、ワルツに駆け寄り、そして抱きつこうとして――
ピタッ!
「――お待ちしておりました」
と、ワルツの直前で止まると、そこで跪き、そして頭を垂れた。
これがテレサたちなら、迷うこと無く抱きつこうとしていたはずだが……。
主従関係がハッキリとしている水竜の場合は、それをやったらどうなるのか良く分かっていたらしく……。
抱きつく既の所で、自制することに成功したようだ。
「久しぶりね?水竜。貴女のそういうところ……嫌いじゃないわよ?」
「ありがたきお言葉……!」
「後で、褒美を遣わせるわ?」
「ははっ!」
「(まぁ、気分は悪くないんだけど……時代劇じゃないんだから、もう少し柔らかいやり取りが出来てもいいと思うんだけどね?っていうか、勢いで言っちゃったけど……褒美って何を渡そう……)」
と、忠誠を誓っている様子の水竜に対し、そんなことを考えるワルツ。
結果、何も思いつかなかった彼女は、一旦思考を停止すると……。
水竜に対し、こんな質問を投げかけた。
「ところでだけど……水竜さ?ベガの身に何があったのか知ってる?さっき、メシエって執事だか羊だかよく分かんない人に話を聞いたんだけど、ベガ……いま具合が悪い、って話じゃない?しかも、ベッドから殆ど起きれないとか……」
それに対し――
「メシエ殿は、そのようなことを言っておったのでございますか……」
水竜はどこか考え込むような様子を見せながらそう口にすると……。
彼女が知っている事柄を話し始めた。
「儂が聞いておりますのは、儂が来た時点で、すでにベガ様の体調が悪い、ということだけでございます。実を言うと、儂もまだ、ここに来てから一度もベガ様には会っておりませぬ。もしかすると……国の政に関わるような大病を患われておるのやもしれませぬな……」
と、眉を顰めながら、自身の推測を口にする水竜。
それを聞いたワルツは、意見を求めるために、水竜の隣りにいた人物へと問いかけた。
「そう……。さて、どうしようかしらね?カタリナ?」
「私はどちらでも構いませんよ?ワルツさんが、ベガさんの病気を治してほしい、というのでしたら病状を診るのは吝かではありません。ですが、ワルツさんが止めるのでしたら……そのときは、我慢します」
「我慢するって……本当は診たいのね?」
「診たいと言いますか……それが私の存在理由のようなものですからね。傷ついたり苦しんだりしてる人を助けられるのに、助けないなんて……そんな選択肢は、私にはありませんから」
そう言って、小さく笑みを浮かべるカタリナ。
その副音声は定かではないが……。
もしかすると、彼女は、ワルツが止めても、勝手にベガの治療をしてしまうのかもしれない。
「……絶対に治しちゃいけないとは言わないけど……一応、国と国との関係のことも考えてね?」
「分かりました」にっこり
そんなカタリナの笑みを前に――
「(この感じ……カタリナ、言葉の意味が分かってて、無視する気ね……)」
そんなことを考えて、内心で頭を抱えるワルツ。
釘を差しているというのに、笑みを浮かべて頷くカタリナの姿を見て……。
これから彼女が何をするのか、ワルツには大体、分かってしまったようだ。
水竜を登場させるたびに、妾は思うのじゃ。
――妾のあいでんてぃてぃーが脅かされておる、と。
まぁ、まだアメがおらんから良いのじゃが、もしも3人揃ったら……妾の存在は、一瞬で蒸発する運命にある気しかしないのじゃ……。
なお、フォックストロットの方で、その内、3人が顔を合わせる模様、なのじゃ。
「お主……誰じゃ?」 ← アメ
「儂はアルゴ。主こそ、何者であるか?」 ← 水竜
「もうダメかもしれぬ……」 ← 妾
「……某は外で観察しているのである」 ← ポラリス
まぁ、ポラリス殿は、無害な気がするのじゃ。
少なくとも、妾よりはキャラが薄いと思うのじゃ。
……多分じゃがの。




