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8.9-30 準備30

「えっ……今晩から勇者様……いなくなってしまわれるのですか?!」


「……今まで黙っていて申し訳ありません。私は、ワルツ様の元で修行をする身。つまり、ワルツ様が旅に出るというのなら、それについて行かなくてはならないのです」


ベッドに腰掛けながら自身の話に耳を傾けていたリアが、予想通りに驚きの表情を浮かべたためか……。

少々辛そうな様子で、返答を口にする勇者。


そんな彼は、無理をしてワルツに同行しなくとも、『リアの側に居たい』と言えば、ミッドエデンに残ることも出来なくはないはずだった。

それでも彼がワルツについていくことに決めたのは、やはり、リアが理由だったのかもしれない。

……二度と目の前の幼馴染を失わないよう、今まで以上に強くなりたい、と。


それを見たリアは、勇者と同じような表情を浮かべると……。

彼に対し、こんな質問を投げかける。


「では……いつ帰られるのですか?」


「そうですね……。幸いなことに、高速に移動する手段が無いわけではないので、1週間に1度は、必ず戻ってこようと思います」


「1週間……ですか……」


そう言って、考え込むように、俯くリア。

意識を取り戻してから今日までちょうど1週間。

それと同じ時間、彼のことを待つということが、どれほど長い時間に感じられるのか……。

おそらくそれは、リア自身にしか分からないことだろう。


そのことを察したのか。

勇者は、彼女に対して小さく笑みを向けると……。

ポケットの中から一つのブレスレットを取り出し、それを彼女へと差し出しながら、こう言った。


「あなたにコレを差し上げます」


「…………?」


「私が不在でも、リアが元気になれるように、いろんな災厄から守ってくれる万能のお守りです。昔、とても大切な人に頂いたものですが……これは今のリアが持つべきものだと思います」


「……どうして……私に?」


「そうですね……。まだリアの体調は万全ではないですし、それに私がいない間、無理をして歩く練習をしないか、実は心配なのです。それとも……私の心配なんか、リアは必要ないですか?」


「……えっと……ありがとう……ございます」


そう言って、勇者から手渡されたブレスレットを胸元に抱き寄せ、そして大事そうに握りしめるリア。


そんな2人の関係は、リアが昏睡状態に陥る前と、後とで、大きく変わってしまっていたが……。

彼女たちは、以前とは異なる新しい関係を構築しつつあるようだ。



「ほう……1週間、続きましたか。なかなかやるではないですか?勇者……」


「それはそうですよ、テンポ様。何しろ、元は、愛し合う男女同士なのですからね!」ぽっ


「どこからどう見ても、今は女性同士にしか見えませんがね……」


集中治療室で別れの言葉を口にしていたメイド勇者とリアのことを、ガラス越しに眺めていたテンポとユキ。

どうやらテンポとしては、1週間続くことなく、勇者がサジを投げ出していまう、と考えていたようである。


そんな部屋の中には、カタリナの姿もあって……。

彼女は2人のやり取りには参加せず、1人、黙々と準備を進めていたようである。

すなわち、ワルツたちと共に、旅に出る準備を……。


「……シュバルちゃん?忘れ物は無いですか?」


「…………」にゅるっ!


「お薬は持ちましたか?」


「…………」にゅるっ!


「絵本は?」


「…………」にゅるっ!


「おやつは?」


「…………?!」びくぅ!


カタリナに問いかけられる度に、首のようなものを小さく縦に振っていたシュバルだったが……。

おやつを持っていないことに気づいたのか、彼は、まるでウニのような刺々しい姿へと変わった。


それから彼は、その棘を仕舞うと――


「…………」にゅるっにゅるっ……


と、地面を這って(?)、ある方向へと、ゆっくり進み始めたようである。

あたかも、そちらの方向に、獲物(おやつ)があるかのようにして……。


すると、その様子を見たユキが、思わず声を上げた。


「いや、ちょっ……なんでこっちに……!」ガブッ「……まぁ、予想はついてましたけどね……。あと、ボクは、おやつじゃないです……」


「…………」にゅる?


ユキの言葉を聞いて、お前は何を言っているんだ、と言わんばかりの反応を見せるシュバル。


その一部始終を見ていたカタリナは、ユキの(すね)に齧りついていたシュバルを、慣れた様子で抱き上げて……。

近くにあった戸棚の中から、シュバル専用のおやつが入った袋を取り出すと、それを彼へと差し出した。


そしてシュバルがその袋ごと、おやつを体内に収納したのを確認してから、彼のことを自身の白衣の中へと仕舞い込んで……。

それで彼女の出発準備は、すべて整ったようである。


それからカタリナは、涙目だったユキに向かって、確認の言葉を投げかけた。


「ユキさんも出発準備はいいですか?」


「はい。もちろんです。何と言っても、ボクの場合、着の身着のままですからね!」


「……そうですか(元魔王とは思えない発言ですね……)」


と、表情には出さなかったものの、内心では苦笑していたカタリナ。


それから彼女は、テンポへとその視線を向けた。

なお、テンポは、この場に残って、リアの介助を行う予定である。


「これから暫くの間、リアのことは頼みましたよ?テンポ」


「えぇ。ミッドエデンのことは私に任せて下さい、カタリナ。貴女は自分の故郷を取り戻すことだけに集中して下さい」


「故郷……もう、記憶が曖昧ですけどね……」


「故郷など、大概そのようなものです。あ、そうそう。それといつも通り、お姉様が無茶したり、世界を壊そうとしたり、馬鹿なことをしでかさないよう、しっかりと監視して下さい。最悪、コルテックス経由で私を呼べば、直ぐに止めに行きますからね」


「……分かりました(ワルツさんのことなので、多分無いと思いますけどね……)」


と答えながら、一応頷くカタリナ。


そして最後に。

彼女はガラス窓へと近づくと――


コンコンコン……


窓を3回ノックして、その向こう側にいた2人に対し、かつて彼女が勇者パーティーにいた頃、良く使っていたハンドサインを送った。

すなわち――出発する、と。


その結果、集中治療室から勇者が出てきて……。

カタリナたちは、その場を出発することになったのである。


ただ……。

部屋を出る時点で、カタリナは気づいていなかったようだ。

ガラス窓の向こう側から、自分たち対し、得も言われぬ視線を向けている者がいたことに……。



個人的にはシュバルが大好きなのじゃ。

比較的なんでもアリな、ばらんすぶれいかーなキャラクターじゃからのう。

そのうち、あやつを使って、何か書いてみようと思うのじゃ。

まぁ、本筋のストーリーの中で、いつかは書かねばならぬのじゃがのう。


それはそうと。

さて、どうしたものかのう?

リア殿のこれからの展開……。

着地地点は決まっておるのじゃが、そこにたどり着くまでのルートは、1つではないのじゃ。

全部書いてみたいのじゃが、しかし、選べる道はただ1つだけ……。

ホント、どうしたものか……。



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