8.9-22 準備22
バクッ……
バクッ……
バクッ……
と、異物と見なしたマイクロマシンたちを、手当たり次第に吸収をし始めたバスケットボール大のマクロファージたち。
エネルギアの船体内部で活動する彼らは、大きさこそ異なるものの、生物の体内にいる本物の”マクロファージ”たちと似通った性質を持っていたようである。
ある一定量のマイクロマシンたちを捕食すると――
……ボフンッ
と音を立てて、破裂するマクロファージの1匹。
その際、周囲にばらまかれる事になったマイクロマシンたちは、変質してしまったのか、二度と動くことは無かったようである。
それを見て――
『……ねぇ、コルテックス。なんかマクロファージ、爆発したんだけど、そこまで本物そっくりに作る必要は無かったんじゃないの?』
と少々呆れ気味に、そんな言葉を電波に載せるワルツ。
すると、その電波の先で、エネルギアの船体に接続されたパイプ類の管理をしていたコルテックスが、自慢げに言葉を返してくる。
『あれはあれで、かなり完成度の高い自壊プログラムなのですよ〜?もしもマクロファージちゃんたちが、何らかの原因で暴走することになったとしても、ある一定量、何かを食べれば、勝手に自滅するので、いつまでも暴走するなんてことにはならないですからね〜。どこぞのマイクロマシンたちとは違うのですよ〜?どこぞのマイクロマシンたちとは〜……』
『いや……同列に考えてほしくないんだけど……』
『それで、どうなのですか〜?私はここから離れられないので、援護には迎えませんが、ちゃんとマクロファージちゃんたちはお仕事に勤しんでいるのですか〜?サボっていませんか〜?』
と、その言葉通り、ワルツたちがいたポンプ室にはやってこれなかったために、電波越しに状況を問いかけるコルテックス。
それに対しワルツは、優れない様子でこう答えた。
『んー……一定の効果はあったんだけど、今はちょっと微妙な感じね。マイクロマシンたちの方が学習したみたいで、追ってくるマクロファージから逃げ始めたわ。ネズミと猫、って感じね』
『逃しちゃダメですよ〜?王城の中とか、王都の中とか、大変なことになりますからね〜』
『もちろんこの部屋から逃がすつもりはないけど、最初の内、いくらか床の隙間から逃げたやつらに関しては、ちょっと手が届かないわね……』
『分かりました〜。そちらについては、マクロファージちゃんたちに、追いかけるよう指令を出しておきますね〜』
『……間違ってポテンティアのこと、食べさせちゃダメよ?』
『……はい〜?ちょっと電波の調子が〜……』ブツン
「……大丈夫かしら……ポテンティア……」
と、エネルギアの弟であるポテンティアが、マイクロマシン集合体であることを思い出して、彼のことを心配するワルツ。
なお、ポテンティアは、常日頃から、誰の保護もなくマクロファージたちから逃げ続けているので、いまさら彼のことで心配することは何もなかったりする。
そんなこんなで。
マイクロマシンたちの回収ができなかったワルツは、超重力を使えば、彼らの行動自体はある程度押さえ込めることが分かったので、部屋の入口や隙間に、重力の障壁を展開したわけだが……。
その間も、剣士の戦いは、途絶えることなく続いていた。
「エネルギアを……返せぇェェェ!!」
ドゴォォォォォ!!
まるでスタミナなど関係ないかのように、愛用の剣を振るい、マギマウスの形をしたマイクロマシンたちへと斬りかかる剣士。
その動きは、もはや、鬼のよう、と表現できる領域を通り越しており……。
殺戮マシンのよう、と言っても過言ではない雰囲気を纏っていた。
その薄れることのない闘志を見たベアトリクスが、心配そうに口を開く。
「継続してあんな激しい動きをする方なんて……テレサ以外に見たことがないですわ……。あの方、大丈夫なのですの?」
「……お主。妾が一体、いつ、あんな動k」
「生物学的に考えるなら、筋力のリミッターを外せば、決して不可能ではない動きだと思います。ですが、継続してとなると……ビクトールさんの身体はもうボロボロのはずです。このままだと、戦いが終わった瞬間、彼はショック症状を起こして、死んでしまうかもしれません……」
「そ、それ、止めないとダメなのではないのですの?」
「……はい。ですが……私たちには止られません……」
そう言って首を振りながら、眼を伏せるカタリナ。
対して、ベアトリクスの方は、その理由が分からなかったらしく……。
戸惑うように何度も、剣士とカタリナとの間で、視線を行き来させていた。
――ただ剣士を止めればいいだけのはず。
あとはワルツたちが、自分には分からない超魔法や超科学を使って、すぐに問題を解決してしまうのではないか――。
彼女の頭の中では、そんな疑問が浮かんできていたのかもしれない。
そんなベアトリクスの様子を見て、カタリナはこう口にした。
「……もしも目の前で、大切な人を誰かに殺されたとしましょう。いえ、加害者が人である必要はありません。魔物でも構いません。ベアトリクスさんは、そんな相手のことが……許せますか?」
「そ、それはもちろん許せないですわ?」
「では、報復する手段が手元にあり、なおかつ相手が敵意を持って自身の目の前にいるとしましょう。もしもそれを、誰かにそれを止められるようなことがあったら……どう思います?」
「…………」
「……報復は何も生まないとおっしゃる方もいますし、それが間違っているとも思いません。ですが、世の中には、それで止められないものもあるんです。無理矢理に止めることで、心に大きなキズを負って……一生消えることのない後悔を背負ってしまう人もいるんです」
「な、なら、剣士様はもう……死ぬしか無いと……?」
と、剣士に残された選択肢が、最悪なものしか残っていないことを察して、縋るような視線をカタリナへと向けるベアトリクス。
その際、彼女が、隣りにいたテレサの腕をがっしりと握りしめていたのは、剣士とエネルギアの関係を、自分と誰かの姿で重ねたためか……。
するとカタリナは、少しだけ表情を和らげると、ベアトリクスに対して、こう言った。
「あのですね、ベアトリクスさん。解決困難な問題や、手の届かない願いが、目の前にあったとしますよね?貴女はそれを前にして、どうしますか?」
「どうするって……手が届かないのが分かっているのに、どうするのですの?」
「……普通に考えれば、どうしようもないかもしれませんね」
「えっと…………そうなりますわよね?」
「でもですね――――ここから先は、授業再開、ということにしましょう。強くなるためにどうすれば良いのか、私の経験を元に、お話します」
そう言うとカタリナは剣士に向かって手を翳し……。
そして、強力な回復魔法と、対物理・対魔法用の結界魔法を彼へと展開しながら、ベアトリクスに対して話し始めた。
「……目標に手が届かないから何も出ない、と考えず、その時点で努力が足りなかったから手が届かなかったんだ、と考えることが重要です。転んだ後で、転ぶ前の状態に戻るなんて、時間を遡らない限り不可能です。なら、転んだ瞬間に、次に転ぶときのことを考えて、転び方を学べば良い……。私はワルツ様の元で、それだけを繰り返してきました」
「…………」
「それはもう、数え切れないくらいたくさんの失敗をしてきました。悔しいことも、辛いことも、沢山ありました。それは今でも無くなったわけではありません。でも、私は、その数々の失敗を大切にしています。次に同じ失敗をしそうになった時に、最良の結果を掴むためにです」
「…………」
「そして今、むかし助けることができなかった人が、再び同じようにして、地面に膝をつけようとしています。なら、私がすることは一つだけ。前と同じように彼が負けないよう……そして私自身が後悔しないよう、全身全霊を以て援護する……ただそれだけです。まぁ、そんなポジティブとは言えない思考のせいで、よく、陰湿だ、って言われちゃいますけどね」
「…………」ごくり
カタリナが口にしたその言葉と、その力を前に、小さくない戦慄を覚えるベアトリクス。
それが彼女の将来に、プラスに働くか、マイナスに働くかは分からないが……。
カタリナの話を聞いた前と後で、彼女の表情はまったく異なっていたようである。
ネガティブシンキングでも別に良いではないか、といつも思うのじゃ。
ポジティブシンキングが認められて、ネガティブシンキングが認められぬというのは、おかしいのじゃ。
様々な可能性を考えた結果の一部が単にネガティブだったというだけの話なのじゃからのう。
それに、人それぞれ、個性というものがあるしのう。
それなのに、頭ごなしにネガティブだけが認められぬとか……もうダメかも知れぬ……。
……まぁ、それは冗談なのじゃ。
で、どうかのう。
カタリナ殿は、これまで根暗キャラを狙って書いてきたわけじゃが、なぜ彼女がネガティブなのか、今回の話で分かってもらえたかのう?
ほとんど行き当たりばったりで書いてきたわけじゃが、彼女の場合は芯が通っておると思うのじゃ…………多分の。
……もう後ろめたさしか無いのじゃ……。




