8.9-11 準備11
「…………国王」
「……アレを食らっても、まだ生きているのか。まるで、化け物だな……」
「あなたには言われたくないですよ……」
真っ白な閃光が通り過ぎていった後、寝そべっている自分の顔を覗き込んできた自国の国王に対し、溜息混じりにそう口にする剣士ビクトール。
そんな彼に対し、エンデルシア国王が、こんな質問を投げかける。
「目は、覚めたか?」
その問いかけに、剣士は更に険しい表情を浮かべると……。
寝そべったままで、王城の上に停泊していたエネルギアを眺めながら、逆に質問を口にした。
「……訓練中に身が入っていなかったこと……怒ってますか?」
「あぁ。1つ間違えれば、誰か死人が出ておったかも知れぬのだからな。それに……たとえ訓練中でなくとも、怒っておったかもしれん。今のお前の腑抜けた顔を見たら、誰だってそう思うだろう。この色ボケ男が!」
「色ボケ……ですか……」
そう言って、魂が抜けんばかりに、再び大きく溜息を吐く剣士。
そんな彼としては、エンデルシア国王の言葉を否定したかったようだが……。
どうやら溜息を吐く以外に、その気力も無かったようである。
結果、彼は目を瞑って……。
そして国王に対し、こう言った。
「……俺、エネルギアに嫌われちゃいました……」
「……は?何を言ってる?」
「ですから……エネルギアに嫌われたんです……。昨日、今日と、姿を見せないから、さっき様子を見に行ったんですよ。そうしたら……顔を会わせるや否や、いきなり打たれてしまいまして、追い返されました……」
「なんだそれ?お前、嫌われるようなことでもしたんじゃないのか?昨日今日の話なら、2日前辺りにな」
「……何度思い返しても、特に変わったことは無かったはずなんですよ……。一緒に夕飯を食べた後、腹ごなしの筋トレに付き合ってもらって、それから一緒に夜の町を散歩して……。それで、王城に戻ってきてから、分かれて自室に戻っただけのはずなんですけど……」
「……それだけか?」
「えっ……それだけですよ?」
「こう……他にも……やったことがあるんじゃないのか?」
「えっ……いえ、それ以外に何かすることなんて……あるんですか?」
「…………これは重症かもしれんな……」
剣士が近年まれに見るピュアな青年(?)だったことに気づいて、思わず頭を抱えてしまうエンデルシア国王。
彼はそれと同時に、エネルギアが剣士を打った原因について、薄々感づいたようだ。
「……あのな?ビクトール。よーく聞け」
「…………?」
「お前が何でエネルギアちゃんに打たれたのか……。それは、お前がエネルギアちゃんの思いに気づいてないからだ!」
「えっ……」
「どうしてお前はいつも、エネルギアちゃんの思いを正面から受け止めようとしない?」
「えっ……いつも……ちゃんと受け止めてると思うんですけど……(それも全力で……)」
「それじゃぁ、まったく足りないんだ!お前はまず、恋愛というものを学び直せ!」
「はあ……」
と、エンデルシア国王の言葉を聞いて、なんとも複雑な表情を見せる剣士。
分かってない……。
国王も、皆も、自分とエネルギアとの関係を分かっていない。
エネルギアは機械、そして自分は人間なのだから、その間には恋愛感情など存在するはずがない。
いや、存在していいはずがない……。
彼は内心でそんな言葉を呟いていたようである。
「とにかく、お前は、エネルギアちゃんのところに行って謝ってくるべきだ!それも今すぐにな!」
依然として、遠い視線を、頭上のエネルギア本体へと向けていた剣士に対し、一方的にそう告げるエンデルシア国王。
そんな彼の言い分は、決して間違っているわけではなく……。
彼の長い人生経験の中で得た、揺るぎない教訓だったようだ。
「……分かりました」
その言葉自体に否やはなかったのか、そう口にしてゆっくりと立ち上がる剣士。
そんな彼の身体は、エネルギアの真っ黒なマイクロマシンによって完全に守られていて……。
今回も一切の綻びなく、無傷だったようである。
それから彼は、荒れ果てた訓練場を立ち去って、エンデルシア国王の言葉通り、再びエネルギアのところへと向かったようだ。
……ただし。
自身の背中へと向けられた数多くの視線に気づかないままで……。
◇
チーン……
「……ワルツ殿。エネルギアは……いるか?」
そして、ワルツの工房がある階層へと再びやって来た剣士。
そんな彼が見る限り、そこにはエネルギアの姿は無く……。
1人で作業しているワルツの姿だけがあったようだ。
その問いかけに、ワルツが作業用のパネルを操作しながら答える。
「”ワルツ”、って呼び捨てにしてもらって構わないわよ?名前に”殿”を付けられると、なんかムズムズしてくるし……。で、エネルギアのことなんだけど、彼女、ここにはいないわよ?ついさっきまでいたけど、気づいたらいなくなってたわ(エレベーターが到着する2秒くらい前にね)」
「そう……か……。それは邪魔をした……」しゅん
と、しょんぼりした様子で、踵を返してエレベータへと戻ろうとする剣士。
そんな彼のことが可哀想になってきたのか、あるいは、またには節介でも焼こうと思ったのか……。
ワルツはその場を去ろうとしていた剣士の方を振り向き、そして眉を顰めながらこう言った。
「……一度、殴られたくらいで、そんなに気を落とすんじゃないわよ。っていうか、貴方たち、間違いなく似た者同士なんだから、少しはお互いのことを察しなさいよ……」
「……えっ?」
「私が口を出すのもどうかと思うけど、貴方、別に、エネルギアに嫌われてるわけじゃないわよ?もしも嫌われてたなら……未だにそんなべったりとくっついてるわけないしね……」
「……?何の話だ?」
「は?あんた、気付いてないの?」
「えっ……?」
「あー……これもう、何言っても無駄ね……」
剣士が怪訝そうに首をかしげている様子を見て、呆れたような表情を浮かべるワルツ。
そんな彼女の言葉が、いったい何を意味していたのかは不明だが……。
その視線は、剣士本人だけでなく、彼が身に付けていた黒い鎧――マイクロマシンの集合体で出来た真っ黒な鎧へと向かっていたようだ。
それからワルツは、至極適当に、頭の上で手を振った。
その副音声は、さしずめ『作業の邪魔だからどっか行け』といったところだろうか。
「…………はぁ……」
それが分かったのか、今日、何度目になるかも分からない大きなため息を吐いて、エレベーターへと乗り込む剣士。
そして彼は、収穫無し、といった様子で、疲れた表情を浮かべながら、その場を去っていったのであった。
こう……言って良いことと悪いことがあるじゃろ?
特に後半のワルツの視線の意味とか、典型例だと思うのじゃ。
今なお、すごく、表現に困っておるのじゃ。
この先もしばらくは同じ話が続くからのう。
どうすれば自然な感じで、もどかしさが出せるのか……。
あと10年くらい書かねば分からぬ気しかしないのじゃ……。
……おっと。
ポテが"らっぷとっぷ"を貸せと煩いのじゃ。
仕方がないゆえ、ここいらであとがきを切り上げて、明け渡そうと思うのじゃ?




