8.9-04 準備04
「……まてまて、俺氏。いつ幼子なんかに手を出した……?」
ポラリスに抱きつかれたままで、両手で頭を抱え……。
そして、茫然自失な表情を浮かべるエンデルシア国王。
どうやら彼は、飲酒によって意識が飛んでしまった際の記憶を、必死に呼び覚まそうとしているようだ。
そんな彼の異変に気づいたのか……。
ポラリスはその眼に涙を蓄えたまま、満面の笑みを浮かべると、自身の正体を口にし始めた。
「今の某の姿では、汝が分からずとも仕方あるまい。某は北の森に住まう地竜。千数百年前、汝に名を貰ったポラリスである!」
その言葉を聞いて――
「……………………?」
ぽかーんとした表情のまま固まってしまうエンデルシア国王。
そうなってしまった原因はいくつかあるようだが……。
一番の理由は、最近、物忘れが激しくなってきたために、昔のことが思い出せなくなってきたことだったようだ。
なお、エンデルシア国王の本当の年齢は、本人も含めて、誰も知らない。
と、そんな時。
チーン……
彼らが乗っていたエレベーターが、1階へと到着したようだ。
エレベーターの扉が開くと、そこには、3人ほどの男性たちが立っていて……。
そのうち1人が間髪入れずに――
「貴様ァァァァァ!!俺のことを差し置いて、ロリっ子といちゃいちゃ…………あぁ、なんだ。ただのロリババアか……」
と、そんな危険な発言をしていたようだが、まぁ、彼のことは置いていくことにしよう。
「ちょっ?!エンデルス!てめぇ、ついにガキに手を出すようになりやがった?!」
「これでロリコンが2人に増えたわけか……。もしかして……伝染るのか?」
エンデルシア国王に抱きつき、嬉しそうに頬ずりする少女の姿を見て、そう口にするブレーズとカペラ。
3人ともが作業着を着ていたところを見ると……。
恐らく彼らは、シラヌイが帰ってきたことで再稼働しつつあった溶鉱炉へと向かう途中だったのだろう。
そんな友人たち(?)に向かって、必死な様子でエンデルシア国王が言い訳を口にする。
「い、いや、俺にロリコン殿のような特殊性癖は無い!断言する!」
「国王……。性犯罪者たちは、みんなそう言うんだ……って、ユリア姐さんが言ってたぞ?」
「百歩譲って、てめぇに変な性癖が無かったとしよう。なら、何でぃ?てめぇのその胸からぶら下がってるガキは!まさか……隠し子か?!」
「……ロリコン。普段のお前の気持ちが良く分かった……。こんな風に、人知れず、心に大きな傷を負っていたのだな……。今まで変人扱いしてきて、すまなかっt」
「はっ!近くにイブとマリーちゃんの気配を感じる……!」
「「「…………」」」
「……何をしているのであるか?汝ら……」
まるで意味不明な会話(?)を交わす男たちを前に、首を傾げるポラリス。
あまり人と話すことに慣れていない彼女にとって、男たちが交わしていた会話は、理解し難いものだったようである。
尤も、理解できる者など、そうそういるものではないはずだが。
一方、カリーナの方は、彼らの会話には慣れていたらしく、9割9分、聞き流していたようだ。
あるいは意味が分からなすぎて耳障りに感じていた可能性も否定は出来ないだろう。
結果、彼女は、とある人物から教えてもらったという魔法の言葉を口にした。
効果は、”うるさい男たちを黙らせる”、というものである。
本来はこうした場面で使う言葉ではなく、うるさく付き纏う者たちを追い払うための言葉だったようだが……。
カリーナは試しに効果を確認してみることにしたようだ。
「ふむ。確かこういう時は、こう言うのだったな……”テンポ殿を呼ぼうか”……?」
「「「?!」」」
その途端、背筋をピッと伸ばして、1列に並び、そして機械的な動きでエレベータへと乗り込んでいくロリコン、カペラ、そしてブレーズ。
それから間もなくしてエレベータの扉が閉まり……。
彼らはそのまま寄り道すること無く、本来の目的地へと向かったようである。
カリーナはテンポのことを実際に呼んだわけではないが、効果の程は抜群だったようだ。
そして面倒な者たちがいなくなった後で、エンデルシア国王は大きなため息を吐くと……。
今もなお自身の首にしがみついていたポラリスの脇に手をやり、彼女を持ち上げ、そして地面へと下ろして……。
彼女の前でしゃがみ、優しげな表情を見せながら、こう口にした。
「……久しいな。ポラリス。随分と小さく軽くなったのではないか?」
「な、汝よ……某のことを覚えておったのであるな?!」
「……うっすらと、だがな……(……そんな名前のドラゴンがいたような、いなかったような……)」
「……うぅ……アルコア……」ぐすっ
そして、見た目通りの年齢の少女が泣くようにして、大粒の涙を流し始めるポラリス。
それを見たエンデルシア国王は、ポラリスの頭に手を載せて……。
彼女が落ち着くのを暫くの間、待つことにしたようだ。
その際、カリーナが、2人の様子を見て――
「…………」
何も言わずに、ただ眼を細めていたようだが……。
彼女がその光景を見て、何を思ったのかは不明である。
◇
場面は変わり……。
「さて……困りましたね……」
情報局の長のために用意された椅子に座り、そこにあった大量の書類の中で頭を抱えていたユリア。
そんな彼女の部屋の中には――
「……何が困ったことでもあったんですか?」
珍しくカタリナもいて……。
2人以外に誰もいない広々とした部屋の中で、シュバルを遊ばせながら、お茶を飲んでいたようである。
リアの治療が一段落した今、彼女には少しだけ余裕が出来ていたようだ。
「地竜さんたちのことですよ。彼らのことをこれからどうすればいいかと思いまして……。1人や2人ならどうとでもなるのですが、こう大勢いると……」
「今は、兵士の方々に面倒を見てもらっているんでしたか?」
「はい……。でも、いつまでもそのままにしておくわけにもいかないし、どうにかしなきゃと思うんですよね……。人の社会の中で生活させるためには最低限、言葉を覚えてもらわなくてはいけませんし、ルールや法律も覚える必要があります。……人の姿のままで、人を舐めっちゃいけないとか……」
「イブちゃん、昨日、酷いことになっていたという話ですね……」
「えぇ。多分、兵士の皆さんも、今頃、ヨダレまみれになってるんじゃないでしょうか……」
そんなことを言い合って、苦笑を浮かべる2人。
それ自体は、それほど深刻な内容の話ではなかったせいか、柔和な雰囲気が部屋の中を包み込んでいたようである。
とはいえ、地竜たちをどうするかについては、有耶無耶にするわけにもいかなかったので……。
ユリアは再び話し始めた。
「まぁ、それは、手取り足取り教えればどうにでもなることなので良いのですが……問題は、これから彼らはどうするのか、ということです。今のところ彼らに、故郷へと戻る気は無さそうですし、人の姿でいることにも、満足しているようですし……。かと言って、何も知らない彼らをミッドエデンの兵士として起用するというのもどうかと思いますし、市中に解き放つわけにもいきませんし……」
「……そうですね。コルテックス様が作った学校に通わせるにしても……それを理解するための基本的な勉強が必要ですしね……」
そう言いながら、床で書類を齧っていたシュバルへと眼を向けるカタリナ。
そこにいたシュバルも、人の社会の中で生きる以上、これから先、人の言葉を覚えるなどの勉強を行わなければならなかったので……。
カタリナとしても他人事ではなかったようである。
「同じような境遇にいるシュバルちゃんと一緒に、私が地竜さんたちのことも教育する……というのは、ちょっと難しいですからね……。やはり、誰か専属の教師を用意するのが適切ではないでしょうか?例えば、彼らのことをよく知っているポラリスさんとか、カリーナさんとか…………あ、そうですよ!」
「ん?何か思いついたんですか?」
カタリナが何かを思いついた様子で声を上げたことに反応して、書類の中で抱えていた頭を上げるユリア。
その際、シュバルに齧られてグチャグチャになっている書類の姿が、彼女の眼に飛び込んできたようだが……。
それを見たユリアが、顔を真っ青にして、再び頭を抱える前に、カタリナが何を思いついたのか、その内容を話し始めた。
「水竜――アルゴさんに頼めばいいんじゃないですか?ドラゴンの中では誰よりも先に、人の世界に溶け込んでいたと思うんですが……そういえば最近、見ないですね?」
すると――
「水竜さん、ですか……。実は彼女、今、王都にいないんですよ……」
と、申し訳なさそうに話すユリア。
それから彼女は、水竜がどこにいるのかについて、カタリナに対し、説明を始めたのである。
……ただし、シュバルから書類を取り戻そうとして、反撃を受け、そして手に歯型を付けられた後で……。
カタリナ殿とユリアの雰囲気が、普通に喋っておると、すごく似通っておるのじゃ。
本質の部分はまるで異なるのじゃがのう……。
カタリナ殿は根暗。
ユリアは真逆で、チャラい感じなのじゃが……。
2人を同じ空間に置くと、どういうわけか似た雰囲気になるのじゃ。
もしかすると、ユリアは……実は根暗だったりするのかの?
まぁ、それは置いておいて。
ようやく、正式に、水竜がどこに行ったのか、本文中で書こうと思うのじゃ。
プランはいくつか考えておったのじゃが…………実はまだ悩んでおってのう。
どうしようかのう……。
プランAでいくか、プランBでいくか、それともまさかのプランCでいくか……。
まぁ、詳しい内容を明かすのはまだしばらく先になるゆえ、もう少し悩んでみようと思うのじゃ。
最後に……。
"カリーナ"と"カタリナ"。
似たような見た目の名前ゆえ、やはりカリーナは飛竜と呼んだほうが良いかも知れぬのう……。




