8.9-03 準備03
そして。
ドタバタとした日が終わった次の日の朝。
場面は王城のカタリナの診察室。
その奥にあった、集中治療室のベッド周辺へと移る。
「……おはようございますリア。身体の調子はいかがですか?」
まだ流動食しか食べられないリアのために、メイド勇者が自ら食事を用意して、彼女の元へと持ってきていたようだ。
そんな彼の問いかけに対し、既に眼を覚ましていたリアは――
「…………おはよう、ございます……」
とだけ、短く口にした。
とはいえ、勇者のことを拒絶している、というわけではなく……。
単にまだ体力が戻っていない結果だったようだ。
あるいは、記憶が無いことが原因で、心配になって眠れなかったのかもしれない。
長い間、彼女と共に行動してきた勇者は、そんな幼馴染の事情を感じ取り……。
そして彼女に対し、優しげな表情を見せながら、こう言った。
「今はまだ無理をせず、少しずつ食事を摂っていきましょう。あとはゆっくりと寝て、身体を動かして……と毎日繰り返していれば、大体1ヶ月ほどで歩けるようになるまで回復するという話です」
「…………はい」
「では……ベッドを起こしますので、痛かったり違和感を感じたりしたら言ってくださいね?」
そういって、前日にカタリナから教えてもらった通りに、電動式のベッドを動かす勇者。
そして、ある程度の角度までベッドが起き上がったところで――
「それでは、口を開けて下さい」
彼はスプーンで柔らかい食事を掬い上げると。
それをリアの口の中へと、少しずつ運び始めた。
◇
「……なんというか……すごいですね。勇者さん……」
と、集中治療室とガラス一枚で隔てられた診察室から、献身的にリアを介護する勇者の様子を見て、関心したような反応を見せるユキ。
元魔王の彼女から見ても、そこにいた勇者の背中は、尊敬に値するものだったようである。
一方。
辛口のコメントを口にする人物の姿も、そこにはあった。
「まだ、リア様が目覚めてから、一日も経っていませんからね……。果たしてどれだけ続くのか……見ものです」
子ども以外に対しては、大体、厳しいことしか言わないテンポである。
ちなみにそんな彼女の手には、ロープが握られていて……。
その先では――
「ぐもぉぉぉぉ?!」
と、なにやら長身の男性が、呻き声を上げながら、簀巻状態で床に転がっていたようだ。
「ここは診察室です。お黙り下さい、エンデルシア国王陛下」
「ぐもっ……」
テンポの言葉を聞いて、すぐに黙り込む隣国エンデルシアの王、アルコア=エンデルス。
そんな彼は、娘であるリアが意識を取り戻したと聞いて、その様子を見に来たようだが……。
娘へと辿り着く前に、治療の悪影響にならないか懸念したテンポによって捕縛されてしまったようである。
――といったように、テンポは大抵の場合、人の行動を妨害するなど、ネガティブな行動が多いのだが……。
今日この瞬間だけは、どうやらそういうわけでもなかったようだ。
「……国王陛下。勇者様に娘を預けるのは心配ですか?」
「もぐっ……」
「まさか、彼に世界を託したと言うのに、娘を託せないと?……そんな矛盾した話は無いでしょう」
「…………」
「今、あなたがリア様の前に出ていっても、記憶のない彼女が混乱するだけです。遠くから見守るなら構いませんが、暫くの間はそっとしておいてあげて下さい」
「…………」
テンポのその言葉を聞いた結果、黙って床に寝転がりながら、じっと天井を見上げるエンデルシア国王。
どうやら彼としても、テンポの言葉には思うことがあったらしく、おとなしく彼女の言葉を受け入れることにしたようである。
それを見てか、あるいは最初からそのつもりだったのか――
「……ポテンティア。陛下を外に出しておいて下さい」
テンポは息子(?)に対し、そんな指示を口にする。
すると――
『はい。お母様』カサカサカサ
本棚の後ろの隙間辺りから、黒い昆虫のような姿をしたポテンティアが大量に現れて……。
そして彼は、エンデルシア国王を、ズルズルと引きずりながら、部屋の外へと連れていったのである。
◇
「ふむ……。娘が回復するまで会えぬというのは、親としては、なんとも歯がゆいな……」
『僕も先程の話は聞いていましたが、テンポお母様は、来てはいけない、とは言っていませんでしたから、顔を出す分には問題ないと思いますよ?』
カタリナの診察室を出てから、エレベータホールのところまでエンデルシア国王を運んできて……。
そして、彼の拘束を解いたポテンティア。
そこで彼は、エンデルシア国王とそんな会話を交わしていたわけだが……。
その会話を聞く限り、やはりエンデルシア国王は、テンポの言葉を受け入れていたようである。
尤も、受け入れなかった場合、命の安全は保証されないはずだが。
「そうであったな……。だがまぁ、カタリナたちの治療が無ければ、今頃リアは、この世界にはいなかったかもしれぬのだ。それを考えるなら、1ヶ月や2ヶ月程度、待てるというものだ」
『多分ですけど……1ヶ月もの間、1度も顔を出さなかったら、それはそれで怒られると思いますよ?』
「……留意しておく」
ポテンティアの忠告を聞いて、眉を顰めて頷くエンデルシア国王。
と、そんな時。
チーン……
エレベータの到着を知らせる音がその場に響き渡った。
エンデルシア国王が、下層に移動するために、エレベータを呼んでいたのである。
そんなエレベータの中には、先客が乗っていたようだ。
「ふむ……これが人の作る”建物”というものであるか……。昨日は暗かったゆえ、良く見えなんだが、こうして改めて見ると……中々に壮観である」
「うむ。我らがワルツ様の叡智により作られた建物だ。ちなみにこの階には、何があっても絶対に立ち寄ってはならぬぞ?それはそれは恐ろしいお方と出くわす可能性があるからな……」
人の姿をした地竜ポラリスと、同じく人の姿の飛竜カリーナである。
どうやらカリーナがポラリスに対し、王城の中の案内をしていたらしい。
そんなエレベータの中へと――
「……失礼」
と口にしながら、乗り込むエンデルシア国王。
国王たる者が、護衛を連れずにエレベータへと乗り込むというのは、どの世界においても、まずありえないことだが……。
ミッドエデンで人権を認められていない(?)彼の場合は、ごく普通の光景である。
そして、小さな虫の姿で手を振るポテンティアをその場に残して、ゆっくりと閉じるエレベータの扉。
それから間もなくして、エレベータは降下を始めた。
そんな閉空間の中で、エンデルシア国王は、一応、顔見知りだったカリーナに対して、おもむろに話しかける。
「久しいな、飛竜殿」
「そうか?以前お会いしたのは……1週間ほど前ではなかったかな?ワルツ様方とは違い、我は一応、ポテちゃん殿と共に行動しておったゆえ、王都にいたのだ」
「そうだったか?どうも最近、物忘れが激しくてな……まったく歳には勝てん……」
そう口にした後で、今度はチラッとポラリスへと視線を向けるエンデルシア国王。
それから彼は、再びカリーナへと問いかけた。
「このご令嬢は?以前あった事がある、ということは無いはずだが……」
「うむ。彼女は……」
とカリーナが、ポラリスの紹介をしようとした――そんな時だった。
「……汝……」
カリーナが喋っているというのに、ポラリスが割り込むようにして、その口を開いたのである。
「……汝、某のことを忘れたと……申すであるか?」ぷるぷる
その言葉に――
「「……えっ?」」
と、耳を疑うカリーナとエンデルシア国王。
カリーナは、今日この瞬間が、ポラリスとエンデルシア国王の初めての邂逅だと思っていたために。
そしてエンデルシア国王は、最近曖昧な自分の記憶が間違っていたのではないかと疑って。
それぞれに、眼を点にしながら、ポラリスの言葉を聞き返した。
そして……。
ポラリスから返ってきた反応は――――言葉だけではなかったようだ。
「汝……アルコアよ!会いたかったのである!」
彼女はエンデルシア国王の本名を口にすると――
ダッ……
と、エレベータの中で跳ねて――
ブチュッ!
と、顔面から、エンデルシア国王の顔へとダイブした。
それは、どう見ても、キス、とは程遠い行為だったが――
「会えたのである……ようやく……アルコアに会えた……」ぐすっ
少なくとも、ポラリスにとっては、最大限の愛情表現だったようだ。
たまにはこんな話を書くのも良いかと思っての?
というか、エンデルシア国王がこの話に登場した時から、この話を書くと決めておったのじゃ。
そしてまだ……いや、なんでもないのじゃ……。
さて。
問題は次の話なのじゃ。
昨日、ノリノリで書いておったら、ボツ案を錬成してしまったからのう……。
しっかりと考えねば、ただでさえ破綻しておる話が、更に破綻してしまう気しかしないのじゃ。
というわけで、これより眼を瞑って、一旦、精神統一してから書こうと思うのじゃ。
…………zzz。




