8.8-15 鬼の町15
……ここは、情緒あふれる(?)キビの町にある冒険者ギルド。
ただ、建物を管理しているのが鬼人たちではなかったせいか……。
木造でありながら和風建築ではなかったようだ。
例えるなら、大政奉還直後の明治の時代、町にぽつらぽつらと出来始めた、洋館、といったところだろうか。
そんな建物の中に――
「先輩が『ボッてこい』って言ってたんだけど……具体的にどうすればいいと思う?新入りちゃん」
「そうですね……。やっぱり、受付の人に刃物をつk」
「ちょ、あーっ!!そういう物騒な話、ここでしないの!聞こえちゃうじゃない。もう……」
と、騒がしい様子の、シルビアとリサの姿があった。
彼女たちは、ここまでの旅で手に入れた魔物の素材を納めるために、ギルドへとやって来たのである。
ちなみに彼女たちは、”ヴァイスシルト”のメンバーとして登録されていないどころか、つい先程、新しいギルドカードを作ったばかりだった。
そのため、他のメンバーたちよりもランクが低い2人は、今回の納品で、仲間たちのランクに追いつく予定だったりする。
「ま、先輩は、あんなこと言ってたけど、普通に売るしかないでしょ?」
「えっ……シルビア先輩、ユリアお姉様の命令に背くんですか?!」
「えっ、いや……多分先輩、冗談で言ってただけだと思うよ?(もう、さっさと終わらせよ……)」
このまま放っておくと、新入りサキュバスがいつ暴走してもおかしくないと思ったのか、急いで手続きを進めることにした様子のシルビア。
どうやら中間管理職は、色々と気を使わなければならないようである。
それから彼女は、掲示板に貼ってあった依頼の中から、手持ちの素材でどうにかなりそうな書類を剥がすと、それを持っていくための受付のカウンターを探し始めた。
すると、偶然、人が並んでいないカウンターがあったようで……。
シルビアとリサは、早速そこへと足を運んだ。
そして、シルビアは、そこにいた山羊のような角をもった受付の女性に対し、おもむろに話しかけたのである。
「あのー、すみません。この依頼、受けたいんですけど……」
「はい。それではギルドカードをご提示下さい」
その言葉を聞いて――
「はい、どうぞ」
と、反射的にギルドカードを渡すシルビア。
その行動が慣れているところを見ると……。
どうやら彼女は、頻繁にギルドへと出入りしているようである。
ただ……。
あまりにも慣れすぎていたためか、彼女は大変なミスを犯してしまう。
「…………あっ!!」
「ど、どうしたんですか?!先輩?!」びくぅ
「す、すみません!それ、違うカードでした!」
「「……え?」」
ブゥン……
そして虚しくも、受付嬢の前で表示されてしまう、シルビアの登録情報。
そこには、およそ2つの、あり得ない情報が記載されていたようである。
「え、Sランク?!メルクリオ神国?!」
「あー、もうダメかもしれない……」
と、テレサの口癖を真似るかのようにそう口にしながら、両手で頭を抱えてしまうシルビア。
そんな彼女は、旧メルクリオ神国が派遣する天使だった頃、天使の力を利用して、超S級の冒険者(?)として活躍していたのである。
今回は、その時に使っていたギルドカードを、間違えて提示してしまったのだ。
そのカードは、ミッドエデンでも普段使っている身分証だったので、ついつい考えなしに渡してしまったのだろう。
しかし、覆水盆に返らず。
とはいえ、素直に自分が人間側の領域出身だとも言えず……。
彼女がどんな言い訳を言おうか考えていると、受付の女性が口を開いた。
「あの……ちょっと待ってて下さい!ギルドマスター呼んできます!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
「えっ?いや、でも、Sランクの方には、特別なサービスやラウンジを用意しておりますし……」
「そうじゃない、そうじゃないの。いいから落ち着いて……」
と、受付嬢に対するものではなく、まるで自分に向けるかのような言葉を口にするシルビア。
それから彼女は深呼吸すると、受付嬢に対し、小さな声で話し始めた。
「ちょっと今、私、ここには忍びで来てるの。特殊な任務があって、ここに来たことをあまり公にしてほしくないのよ。……ってわけで、見なかったことにしてくれない?」
「……ちょっと私じゃ判断がつかないので、ギルマス呼んできますね?」
「もう、どうすれば良いんだろ……」
やはり、自分ではどうにもならない状況に陥っている事に気づいて、思わず泣きそうな表情を浮かべてしまうシルビア。
ただ、幸いだったのは、受付嬢が旧メルクリオ神国について知らなかったことか。
もしも知っていたなら、その時点で大騒ぎになっていたことだろう。
するとそんな時……。
窮地に立たされたシルビアへと加勢する助っ人が、2人の会話へと割り込んできた。
「……冒険者ギルド契約条項第303項、”緊急の場合においては、Sランクの冒険者の発言が何よりも優先される”……。貴女はギルドマスターに先輩の存在を報告することで、コレに反する可能性がありますが、それでも報告なさるつもりですか?」
シルビアの後ろで、静かに会話を聞いていたリサである。
「え……303項……?」
「なんでしたら、そこの掲示板に書いてあるので見てきてはいかがですか?入門者向けですが、さっき見たらちゃんと書いてありましたよ?ちなみにそれを破った場合は……」
「もしかして、冒険者ギルドから追放……クビですか……?」
「……そういうことになりますね」
そう言って重々しく頷くリサ。
ちなみに、実際、303項は存在しているのだが、内容はまったく違っていたりする。
つまり、リサは、完全にハッタリだけで、窮地を乗り切ろうと試みたのだ。
その結果、条項のすべてを記憶しているわけではなかった受付嬢は、その場で事実を確認できず……。
さらには、上司に確認することもできなかったので、戸惑ってしまったようである。
それを情報局のエース(?)であるシルビアが見逃すはずもなく――
「……もういいですか?」ひょいっ
と言いながら、受付嬢が手にしていた自身のギルドカードを回収した。
「あっ……」
「ごめんなさい。どうしても騒ぎには出来なくて。その辺、事情を察してもらえると助かります」
そんな申し訳無さそうなシルビアの言葉に――
「……分かりました……」
と、不承不承と言った様子で、受け入れることにした様子の受付嬢。
それから彼女は、そこにあった依頼書を手に取ると、シルビアに向かってこう言った。
「でもそうなりますと、こちらの依頼は受けられません。これはFランク向けですので、Sランクの方はちょっと……」
それを聞いて――
「あ、それは大丈夫よ?新入りちゃんが受ける依頼だから(私の2枚のギルドカードは、別の場所でポイントを貯めるしか無いか……)」
と、普段の喋り方に戻って、隣りにいたリサへと眼を向けるシルビア。
結果、受付嬢は、リサを相手に話し始めた。
「分かりました。では、ギルドカードを提示して下さい」
それに対し――
「はい、どうぞ」
と、先輩の翼人と同じく、慣れた手つきで、透明なギルドカードを渡す新入りサキュバス。
ちなみに。
その透明なギルドカードには、名前やランクなどは一切書かれていなかった。
ガラスかクリスタルのようなものでできた硬い板に、象形文字とも幾何学模様とも取れない、記号のようなものが書かれているだけである。
通常ありえないことだが、もしも2枚持っていたとしたなら、どちらがどちらなのか分からなくなることだろう。
シルビアがギルドカードを間違えてしまった背景には、そんな事情もあったようだ。
つまり――
「えっと…………え゛っ……Sランク……?!」
「あ……」
「えっ……新入りちゃん、Sランクだったの?!」
1度あった間違いは、2度起こる可能性が極めて高い、ということである。
こうして。
シルビアとリサは、結局、素材の納品も売却も出来ずに、その場を立ち去ることになったのであった……。
長い間使っておるカードだと、間違える可能性は、そんなに高くないと思わなくもないのじゃ。
擦れたり、汚れたり、傷ついたり、模様を覚えたり……。
じゃが、それでも間違えてしまうようなカードだったのじゃ。
きっと……ダイヤモンドのような超硬いものに、光触媒の機能をもたせたコーティングがついておる、原価が凄まじくお高そうなカードだったに違いないのじゃ。
あと、模様は、見る角度によって変わるホログラム的なものじゃと完璧かのう……。
……一体、どんなカードなのじゃろうのう。
てなわけで。
忘れたころにやってくるギルドの話。
じゃが、これがちょっとだけ重要な話だったり……。
……いや、シルビア殿とリサ殿のランクの話ではないのじゃぞ?
次回辺りから、その話に入っていく予定なのじゃ。
……予定なのじゃ?




