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3-19 旅の前

メシウマ、それは他人の不幸にご飯がすすむ・・・という意味ではない。

飯が旨い、即ち、ご飯が美味しい。

人生において必要なことだ。


かつてルシアは、エンチャントとしてメシウマが付けられることに大いに喜んだ。

自分たちの作った食事が美味しくなるなら、と。




・・・ならば、目の前に広がる光景は何なのか。


工房の庭に広がる阿鼻叫喚に、テンポは絶句していた。

何故、晩御飯を作るだけでこうなるのか、と。


ワルツは腹痛で撃沈。

ルシアはあまりの塩っ辛さに悶絶。

カタリナはしゃっくりが止まらない。

狩人は川の中に頭を突っ込んでいる。


どうしてなのか。

時間を遡る。




狩人の両親(伯爵夫妻)に別れを告げ、領主の館を出発したワルツ達は、街に来た時のように筏をこしらえ、そのままアルクの村へと戻ってきていた。

時刻はまだ明るい3時頃だ。


ここでワルツは気づいた。


「・・・そういえば、(酒場の)店主さんが帰ってくるのって、3日後よね?」


すると2名ほどが、


ピキーン!


といった反応を示す。

ルシアとカタリナだ。


テンポも彼女らが何に反応したのかは分かったが、彼女にとってはあまり重要なことではないようだ。

狩人に至っては、何が起こっているのか分かっていない。


「そうですね。確かにその通りです」


カタリナの口調がおかしい。


「・・・避けられないんだよね?」


ルシアの顔には深い影が差していた。


「ん?一体何の話だ?」


テンポがそれに答える。


「・・・お姉さま達が作った料理が酷いという話です」


「ほう、なるほど」


「大丈夫じゃないか?私だって最初は酷かったもんだ」


「そうですか・・・。例え、美味しくなさ過ぎて天変地異が起こってもですか?」


「ちょっ・・・」


正しくは、美味しくなさ過ぎて『ルシアが暴走して』天変地異が起こっても、だ。

テンポにとっては()()()()さえ合っていれば、過程はどうでもいいらしい。


「そんなに酷いのか?」


「そうですね。人によっては、想像を絶するのでは?」


「・・・まさか、なぁ?」


狩人の脳裏では、想像出来うる最悪の料理が出来上がろうとしていた。

言うのも(はばか)られるようなものなので、割愛する。




というわけで、ヘルズキッチン2回目だ。


前回の失敗の原因は、それぞれ別々の物を作ったから、互いの監視が行き届かなかった、という結論に達した3人。

故に、今回は同じものを作ろうという事になった。


今回、作るものは・・・


カレー


である。

そう、日本ではお馴染みのカレー。

誰が作っても、ある程度の品質は保証される、不思議な液体。

子どもから老人まで、老若男女が愛する国民食。

この国でも「好きな料理のトップ3(※王都アカデミー調べ)」に必ずランクインするほど、愛されている料理だ。


「まず、調理方法を確認しましょう?」


「安全を考えて、凝るのはやめたほうがいいわね」


「お母さんに教えてもらった方法でよければ・・・」


こうして石橋を叩いていくメンバーたち。




そして完成したのが、冒頭の生物兵器だ。

どうしてこうなったのか検討もつかないテンポだった。


何故か猛烈に「塩辛くなった」のだが、どうやら、貰ってきた肉に原因があったようだ。


そもそも、この村の獲物保存用倉庫は、()()()()()が獲物の狩り過ぎで破壊しており、現在機能していない。

そこで、ワルツ達は宿屋の女将に肉を分けてもらったのだが、この肉が保存用ということもあって塩漬けにされていたのだ。

普通なら塩漬けの肉など一目瞭然なのだが、運が悪く、塩漬けにしてから間もない肉を分けてもらったようで、見分けがつかなかった。

故に、新鮮な肉を貰ってきたと思ったワルツ達は、塩漬けの肉をそのまま料理に使ってしまったというわけだ。


まだ不運は続く。

肉をそのまま鍋に入れて、湯掻いて、味の調整を行えば問題は無かった。

だが、ワルツのひと工夫が悲劇を招くことになった。

せめてこのくらいなら問題ないだろう、と。


鍋に肉を入れなかったのだ。

理由は簡単で、肉を一緒に煮込むと、カレーが肉臭くなる。

故に、肉無しでカレーを作って、最後の最後でフライパンで焼いた肉を入れる、という手間を掛けたのだ。

その段階で、カレーは味の調整を終えており、誰もチェックを行わなかった。


まさか、そのせいで全てが台無しになるなんて、誰が予想できただろうか。

メシウマをバングルにエンチャントした当人であるルシアは、肉を入れていない状態のカレーを何度も味見して、悪くない出来栄えに満足していたくらいだ。




・・・川に頭を突っ込んだまま狩人は後悔する。

自分が作っていればこんな事にはならなかった、と。

というわけで、今後の食事は狩人が担当することになった。

むしろ、狩人自身が他のメンバーに調理器具を触らせなくなったと言うべきか。


ちなみに、テンポが平気だったのは、所謂女の勘のおかげ、というやつだろうか。

皆がタイミングを合わせて一斉にスプーンを口の中に入れた時、彼女は入れなかったのだ。

まぁ、勘というより、単に行動が遅かっただけか・・・。




こうして、3日が過ぎ、酒場の店主が戻ってきた。


「おかえりなさい店主さん」


「おう、元気だったか、嬢ちゃん達、狩人さん、それにテンポさん」


何故かテンポのところで赤くなる酒場の店主。


「実は・・・私達、旅に出ることになりました!」


どこかのアイドルの引退会見か?というノリで、店主に告げるワルツ。


「旅?」


「はい。旅です。魔法の修行に出ようかと思っています。特に目的地はありませんが、北に向かおうかな、と。なので、この村にはあまり帰ってこれなくなるかもです」


ペコリ、と頭を下げるワルツ。


「あまり帰ってこれなくなる、って、旅に出たら全く帰ってこれなくなるんじゃねぇのか?」


「たぶん、一ヶ月に何回かは帰ってきますよ?」


「それって旅なのか?なんか、サウスフォートレスに行って帰ってくる的なノリだぜ?」


「まぁ、女の子には色々あるんです」


とアヒル口で言うと、ウィンクするワルツ。

お前、誰だよ、と店主は思ったが口には出さなかった。


「・・・わかったよ。まぁ、気を付けてな」


「はい!おみやげを楽しみにしていて下さいねっ!」


「・・・お前誰だよ・・・」


最後までアイドルを気取ろうとしたワルツに、流石に突っ込まざるを得なかった店主だった。




こうして、旅に出る準備が整ったワルツ一行は、工房で村での最後の夜を過ごしていた。


ワルツは、一人、自分専用のクリーンルームの前で愛おしそうに扉を撫でていた。


(まさか異世界にまで来て、半導体製造設備を作ったり、アンドロイド(ホムンクルス)であるテンポを作ったりするとは思わなかったわ)


短かったけど、本当に、色々な出来事があったわ・・・、と思い返しているのだった。

すると、ルシアがやってきて問う。


「おねえちゃん、悲しいの?」


そんなに自分は悲しい顔をしているのかしら、などと思いながら答える。


「そうね。この感覚は悲しい・・・とは違うかな。寂しいとも違うし・・・何かしらね?」


「大丈夫だよ。わたしも付いてるし、カタリナお姉ちゃんもテンポも狩人さんも、みんな付いてるから」


そう言って手を握ってくる。

自分の手は、仮の手であって、本物の手ではない。

だけれど、ルシアの暖かさは伝わってくるし、どこか心が温まっていくのを感じられた。


(どうやら、私の創造主マッドサイエンティストは、たまにはマトモな仕事をしてくれていたのね)


ワルツは静かに手を握り返すのだった。




地下工房から出て庭に向かうと、山の向こうに沈んでいく大きな月を眺めながら、カタリナとテンポが座っていた。

姿かたちは全く異なるのだが、後姿はまるで兄弟のようで、出会ってから1週間ちょっとしか経ってないようには見えなかった。

二人共月を眺めながら、何かを話し込んでいる。

ゆっくりとした時間が二人を包んでいて、それだけで微笑ましいものがあった。


そんな時、


ドン!


と乱暴に戸を開けて入ってきたのは狩人だ。


「家の中に誰もいないから、置いていかれたかと思ったぞ」


すると、苦笑したり微笑んだりする4人。

ワルツが口を開く。


「そんなわけないじゃないですか」


「ワルツは前科があるからな・・・」


ジト目でワルツを睨む。

そして、ふう、と溜息をつく狩人。


「そうだな。今度は、私もこちら側にいるんだからな」


「そうです。仲間なんですから、もう置いて行ったりしませんよ」


「みんな、仲間だよ?」


ルシアが混ざってくる。


「あぁ、みんな仲間だ」


嬉しそうに頷く狩人だった。




こうして、旅前日の夜はゆっくりと更けていくのだった。


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