8.8-14 鬼の町14
「じゃぁ、かえr」
「お寿司の匂いがする!」
「……帰りm」
「こっちからお寿司の匂いがする!」
「……分かったわ」
寿司の何の匂いに反応したのかまでは分からなかいが、エネルギアに帰ろうとしない野生児(?)を前に、考えを改めるほか無かった様子のワルツ。
結果、ワルツたちは、昼食を摂るついでに、寿司屋(?)へと寄ることにしたようだ。
◇
「…………」くんくん
「(こうしてルシアのことを後ろから見るとと、ほんと、狐、って感じよね……)」
合流時間を決めて、仲間たちと分かれた後。
ルシアに連れられるまま、日本家屋が立ち並ぶ町の中を歩いて行くワルツ。
その場には、ルシアの絶対防壁(?)と化していたテレサも一緒にいて――
「げっそり……」げっそり
ルシアに手を引っ張られていた彼女は、口でも行動でもそして雰囲気でも、ゲッソリ感を醸し出していたようである。
まぁ、それを気にしている者は、本人以外に誰もいなかったようだが。
そんなテレサは、不意に真顔に戻ると……。
何かを思い出したかのように、ルシアに問いかけた。
「そう言えば、ルシア嬢?お主、アトラスに付いていかなくてよかったのかの?あやつのところには、シラヌイ殿も付いていったような気がしたのじゃが……」
その瞬間――
「…………っ?!」がくがく
と泣きそうな表情を浮かべて、小刻みに振動を始めるルシア。
それを見て、ワルツが呆れたように、口を開いた。
「いやね?テレサ。もう、そのことについては、そっとしておいてあげるしか無いと思うのよ」
「う、うむ……。そういうものかの?」
『こう、もうちょっと、あくてぃぶに攻めてもいいと思うのじゃが……」
「私には恋愛感情が理解できないからなんとも言えないけどね……」
『こら、テレサ!余計なこと言うんじゃないわよ!せっかくさっきまで落ち着いてたのに……』
と、音声と電波で、多重コミュニケーションを交わすテレサとワルツ。
それから、叱られたテレサが、再びゲッソリとした表情を浮かべていると――
「……この店から匂いがする!」
一行は1軒の店にたどり着いたようだ。
「へぇ、本物の寿司屋じゃない。近くに海とかあったかしら?もしかして……川魚?」
「え?寿司って……お魚使ってたっけ?」
「「…………」」
と、ルシアの発言に、なんと答えて良いのか分からなくなってしまった様子のワルツとテレサ。
どうやらルシアは『寿司』といえば、『稲荷寿司』のことだと思っているらしい。
「……まぁ、ちょっと、お高いかもしれないけど、ためしに寄ってみましょっか?2人とも、本物の寿司とか食べたことないでしょ?」
「本物の――――お寿司?」きゅぴーん
「そういえば、そうじゃのう……。概念としての知識はあっても、食べた記憶は無いのじゃ」
「じゃぁ、ちょうどいいわね」
そして――
ガラガラガラ……
と、引き戸を開けて、店の中へと入るワルツ。
こうして彼女たちは、本物の寿司をいうものを体験することになるのである。
◇
そして30分後。
ガラガラガラ……
「「「…………」」」
微妙そうな表情を浮かべながら、表へと出てくる3人。
とはいえ、不味かった、というわけではなかったようである。
それ以外に、”意外なこと”があったようだ。
「……あの”寿司屋”が、本当に、鬼人だとは思わなかったわ……」
「そうだね……。しかも、ここが実家だなんて……。ずいぶん遠いところからミッドエデンに来てたんだね……」
「寿司の文化を広めるために世界を渡り歩いておるとか……すごいのう……」
どうやら、ミッドエデンの王都で稲荷寿司屋を営んでいる寿司屋の店主は、鉢巻で角を隠しているものの、実は鬼人で、キビの町の出身だったらしい。
そんな彼は、テレサの言葉通り、寿司文化のない地方へと、寿司を広めるために旅をしているのだとか。
それが偶然、ミッドエデンのサウスフォートレスにたどり着いて、ルシアの眼に止まり……。
そして縁あって、ミッドエデンの王都で店を開いた、という放浪具合(?)のようだ。
「世界って……広いようで狭いんだね……」
「そうね……っていうか、あの寿司屋、どんだけ遠くから来てるのよ……」
「いや、それを言えば、シラヌイ殿も同じなのじゃ?移動しようと思えば、時間は掛かってしまうかも知れぬが、どこへでも行けるのじゃ」
と、寿司の味の感想ではなく、寿司屋の感想を口にしながら、町の中を歩いて行くワルツたち3人。
そんな中――
「あ!ちょっと寄り道しても良いかなぁ?」
ルシアが不意にそんなことを言い始めた。
「え?えぇ……。まだ集合までには時間があるから、いいわよ?」
「じゃぁ、お言葉に甘えて……」
と言いながら、尻尾を振りつつ、1軒の店へと駆け寄っていくルシア。
そんな彼女が扉を開いて入っていった店の看板を見て――
「「あっ……」」
ワルツとテレサは、2人揃って、後悔したような表情を浮かべた。
……呉服。
その二文字の書かれた店へとルシアが入っていったということは――
「……これ、3、4時間くらいは出て来ぬのではなかろうかの?」
「奇遇ね?私もそう思うわ……」
――という可能性が極めて高いということになるだろうか。
「どうしようかの?先に行く……わけにもいかぬしのう……。……そうじゃ!ルシア嬢が出てくるまで、ワルツとデートするしか無いなのじゃ!」
「え?無理」ぶぅん
「ちょっ……」
そして、ワルツが姿を消した結果、1人だけになってしまったテレサ。
より詳細に言うなら、遠い異国の地、それも鬼人だらけの異国の地で、右も左も分からない狐の獣人の少女が1人、ぽつん、と町中に取り残されてしまったのである。
その絶望感たるや、想像を絶するに違いない。
……ということにしておこう。
「……どうしようかの」
右を見ても、左を見ても、知っている者が誰もいない町の中で、徐々に心細くなってきたテレサは――
「……背に腹は変えられぬ!」
嫌々ながらも、ルシアの買い物に付き合うべく、呉服屋の中に入ることにしたようである。
……しかし。
どうやら、例外的な現象が生じたようだ。
ガラガラガラ……
つい今しがた店に入ったばかりのはずのルシアが、すぐに外へと出てきたのである。
「おまたせー。あれ?お姉ちゃんは?」
「む?随分早かったのう……。ワルツなら、さっき姿を消して、どこかに行ってしまったのじゃ。多分、ルシア嬢の買い物に時間がかかると思って、その辺の町並みを見物しに行ったのではなかろうかの?」
「そっかぁ……。じゃぁ、ちょうどいっかな」
「……えっ?」
「はい、これ。テレサちゃんにあげる!」
そう言って、和紙のようなもので包装された包をテレサへと渡すルシア。
「……何じゃこりゃ?」
「えっとね……開けば分かると思う!」
それを聞いて――
「…………」ビリビリ
と、テレサは、怪訝な表情を浮かべながら、紙の包装を解いていくのだが……。
その結果、包の中から現れたのは――
「……割烹着?」
普段和服を来ているテレサのためにルシアが用意した割烹着だった。
「えっとねぇ……テレサちゃんがいつも使ってる割烹着、この旅で、かなりボロボロになっちゃったでしょ?だから、新しいのをプレゼントしようと思って!」
「う、うむ……。それは、ありがとう、なのじゃ。じゃが……急にどうしたのじゃ?」
「え?何が?」
「え?わ、妾の勘ぐりすぎかも知れぬ……。そうじゃのう……。純粋に、ルシア嬢からのプレゼントとして受け取っておくのじゃ」
「うん。いつもテレサちゃんがお寿司を作ってくれるから、その礼だと思ってくれればいいと思う!」
そんなルシアの言葉を聞いて――
「……うむ。お主が何を考えてコレをプレゼントしたのか分かったのじゃ……」げっそり
ルシアの考えを察した様子のテレサ。
彼女は一体、何を察したのか。
……先程の寿司屋では稲荷寿司を扱っていなかった、といえば、分かってもらえるのではないだろうか。
「流石、テレサちゃんだね。じゃぁ、早速、食後のおやつを買いに行こっか!こっちからお揚げの匂いがするよ?」ずるずる
「……妾、もうダメかもしれぬ」ずるずる
そして、満腹状態だというのに、ルシアに引きずられていくテレサ。
こうして彼女は今日も、ルシアのために、稲荷寿司を作ることになるのである……。
どうしようかのう……。
もう8章を終わらせて9章に入ろうかのう……。
行きが8章で、帰りが9章……。
ちょっと違うのじゃが……それも悪くないような気がしてきたのじゃ。
……じゃが、まだ終わっておらぬ!
そう、まだ終わっておらぬのじゃ!
何が終わってないかは書けぬが、とにかく、終わっておらぬのじゃ!
……ま、期待するほどのことでもないがのー。




