8.8-09 鬼の町09
「ア、アトラス様?!」
アトラスのその姿を見て、思わず戸惑いの声を上げるシラヌイ。
目の前で、アトラスの腕が落ちてしまったことが、彼女としては、かなりショックだったようである。
一方、その視線の先で――
「まさか、あのタイミングで斬られるとは思ってなかったぜ……いや、シラヌイのお爺さんなら当然か……」
そう言って、落ちた自身の腕を拾い上げるアトラス。
その様子を見る限り、彼は腕を失ったこと以外に、大きなダメージは負っていないようだ。
そんな彼の腕の断面からは、血は一滴たりとも落ちてこなかった。
それは、フィクションの物語などでよくある――極めて鋭利な刃物で切られたことによる特殊な効果、とは違い……。
単に、アトラスの身体の中を、必要以上に血が通っていないだけの話である。
そう。
彼の身体は、半分がホムンクルスでありながら、半分は機械……。
すなわち、アンドロイドでもあるのだから。
それから彼は、落ちた腕を、本来あるべき場所へと、そっと押し当てた。
すると、その接合部がジワリと発光して……。
一瞬で、彼の腕は、元通りに繋がったようである。
それは彼の体内にあるナノマシンたちが、レーザービームなどを使って、骨格の溶接や細胞の再構成を行った結果だったのだが……。
事情を知らないカゲロウには、こう見えていたようだ。
「……すばらしい!体術だけではなく、回復魔法も使いこなすか!」
どうやら、彼は、アトラスの腕の断面がハッキリと見えていなかったらしく……。
アトラスが人ではないことに気づかなかったようだ。
「えっ?いや……」
変な勘違いをした様子で、眼を輝かせ始めたカゲロウ老人を前に、アトラスが少々戸惑い気味な表情を浮かべながら、次の手を考えあぐねていると……。
カゲロウは少々興奮気味に、こんなことを言い始めた。
「シラヌイよ。お主、この者を夫に迎えてはどうか?」
その言葉を聞いて――
「……は?」
と口にした状態で固まるアトラスと――
「…………!」ぽっ
と白粉の上からでも分かる程に、頬を紅潮させるシラヌイ。
そんな2人の事を見たカゲロウは、納得げに頷きながら、その場で立ち上がると……。
杖を持ち上げて、その端の方を両手で握りながら、アトラスへとこう言った。
「うむ。お主を、我が孫娘の婿に迎え入れることに決めたぞ!ならば、まずは、お主の力量を図らねばなるまい……!」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ!」
「問答無用!」
そう言って、さきほどアトラスを斬ったと思しき仕込み刀を杖から取り出すカゲロウ。
彼の杖の中から現れたソレは、真っ赤に輝く細身の刀で……。
まさに”妖刀”と表現すべき雰囲気を纏っていたようである。
カゲロウはそんな刀を頭の上でそっと構えると、一瞬でアトラスと距離を詰めて……。
そしてそれを容赦なく振り下ろす。
「おまっ?!」
アトラスは必死になって、カゲロウに対応しようとした。
もちろん、彼に怪我をさせないように、である。
そんな彼の対応は、今回の場合に限って言えば、無意味なものとなってしまう。
というのも、アトラスとカゲロウとの間合いで――
ブゥン……
という低い音が鳴ったかと思うと――
「……んあ?」
……なぜかテレサが現れ――
ズドォォォォン!!
と、カゲロウの一撃を、アトラスの代わりに、彼女が正面から受けてしまったからである。
これがもしも、アトラスの頭の上へと、カゲロウの刀が落ちてきていたなら、彼はもしかすると真っ二つになっていたかもしれない。
ただ、斬られたのはテレサ。
コルテックスから譲り受けた彼女の身体は、コルテックスしか知らない魔改造を施されていたようで――
「〜〜〜っ!!ちょっ、ルシア嬢!刃物を持ってる老人の前に妾を転移させるとか、お主、どんだけ妾のことが嫌いなのじゃ?!お陰で、妾の大切なおでこに、また穴が空きそうになってしまったではないか!もしも傷ついて、どこかの人造人間みたいな見た目になったら、どうしてくれるのじゃ?!」すぽっ
――彼女はそんな抗議の声を上げながら、不慮の事故(?)で自身の頭に刺さりそうになっていた赤い刃を、まるで木の葉でもはね退けるかのように、頭の上から手でふるい落とした。
そんな彼女の頭の上にあった赤い刃は、衝突の衝撃で、刀身の中央付近から折れてしまっていたようだが……。
それがカゲロウ老人の腕のせいではない、というのは言うまでもないことだろう。
結果、そのことを誰よりも分かっていたカゲロウは――
「…………」ぽかーん
と、自身の折れた刃を眺めながら固まっていたようである。
たとえるなら、ありえないものを見た、といった様子で……。
と、そんな時である。
「…………」ゴゴゴゴゴ
その場へと、眼に輝きのないルシアを先頭に、他数名の者たちがやってきた。
そしてテレサのことを転移させた本人であるルシアは、彼女の抗議を一切合財無視して、こう呟く。
「……アトラスくんを傷つけるとか……たとえ相手がお爺ちゃんでも、絶対にゆるさないんだから……」ゴゴゴゴゴ
「「「…………」」」
鬼以上に鬼のような雰囲気を纏ったルシアを前に、言葉を失う仲間たち。
そんな彼女たちは、可哀想なモノを見るような眼を、カゲロウ老人へと向けていたようである。
その副音声をイブの言葉で表現するなら、『あっ、この人、死んだかもだね……』だろうか。
しかしである。
ルシアのそのドス黒い感情は――不意に形を変えることになる。
「…………!」
花嫁姿のシラヌイが、何かに気がついたように、急に走り出すと――
ガバッ!!
とある人物に抱きついたのである。
その相手は、彼女が思いを寄せていたアトラス――ではなかったようだ。
「テレサ様!無事だったのですね?!」
そんなシラヌイの言葉通り、彼女が抱きついたのは、テレサだった。
今から1ヶ月ほど前。
シラヌイはテレサの死を真正面から受け入れられなかったために、ミッドエデンを飛び出したのである。
それも、自身の技術や能力が、テレサの事を殺してしまった、と責任を感じて……。
そんなシラヌイの前に、死んだはずのテレサが、生前と同じ姿で現れたのだ。
しかも、半ば自暴自棄になって、結婚してしまおうか、と考えていたところにである。
その結果、シラヌイの心の中にあった何かが、彼女の身体を突き動かしたようだ。
そんなシラヌイには、この時点において、2つの選択肢があるはずだった。
1つは、今まで通り、逃げ続けること。
そして、もう1つは、現実と向き合うことである。
その中で、彼女が逃げることを選ばなかったのは、かつて一度選んで後悔したことのある選択肢を、二度と選ばない、と心に決めていたためか……。
「ふぐっ?!ぐ、ぐるじいの……じゃ……」がっくり
「よかったぁ……本当に……」ぎゅうっ
そして、テレサの意識が遠のいていくことにも気づかず、彼女の首に腕を回して、全力で締め上げるシラヌイ。
こうして。
シラヌイの婚姻の儀は、ミッドエデンの者たちの襲撃(?)に遭って、中断することになったのであった。
次回、『妾は2度死ぬ』、乞うご期待!なのじゃ。
……もちろん、そんなことは無いがの?
というわけで。
VON休みとやらが終わろうとしておるのじゃ。
主殿(正確にはルシア嬢とアメ)に誘拐されて、北方の地に来ておる妾も、明日、自宅に戻る予定なのじゃ。
この1週間、ストックは減り続け、ついに今日、残量0になったのじゃ……。
もうダメかも知れぬ……。
まぁ、自宅に戻ったら、マシンガンタイピングをすればいいだけなのじゃがの。




