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8.8-08 鬼の町08

「「「…………」」」


突然、わけの分からない2人が、その場に乗り込んできたせいか、言葉を失った様子で、唖然として固まる鬼人たち。

そんな中、最初に反応できたのは、2人のことをよく知っていたシラヌイ本人だった。


「ア、アトラス様と、ワルツ様?!」


「あら、シラヌイ。やっぱ、生きてたじゃん。元気そうね?」


「……姉貴。この空気の中で、良くそんなことが言えるな……」


「え?空気?なにそれ?」


そんなことは知らない、と言わんばかりの反応を見せてから……。

ワルツは苦笑を浮かべると、シラヌイに対してこう言った。


「ごめんねシラヌイ。式をメチャクチャにして。それで、申し訳ないんだけど……迎えに来たわよ?」


その瞬間――


ざわざわざわ……


と広がる喧騒。


そんな人々の前で、ワルツはもう一言、追加した。


「……アトラスがね!」


「ちょっ、俺かよ?!」


と、ワルツとアトラスの姉弟で2人で、ボケツッコミをしていると……。

当然のごとく、それに対して不快感を抱いたのか、シラヌイの夫になるだろう鬼人の男性が、怪訝な表情をワルツたちに向けて、こう口にする。


「……お前ら、俺の聞き間違えじゃないとするなら、今、シラヌイを迎えに来た、と言ったように聞こえたんだが……それは俺の花嫁を奪いにきた、ということか?」ゴゴゴゴゴ


そう口にしつつ、異様な雰囲気を纏う鬼人の男性。


そんな彼の様子を見て――


「あ、アトラス?!後は頼むわよ?」ブゥン


ワルツは姿を消してしまった。

どうやら彼女は、凄んだ男性の眼差しを、真正面から受け止められなかったらしい。


結果、その場に残されたアトラスは――


「……俺も逃げようかな……」


一人、しょんぼりとした表情を浮かべながら、立ちすくむほか無かったようである。


……しかしである。

例え、ワルツと同じような頭脳を頭に搭載しているとは言え、彼はアトラス。

ミッドエデン国民の命を守る存在の、そのトップと言っても過言ではない人物なのである。


ゆえに彼は、姉のようには逃げず。

そればかりか、まっすぐに鬼人の男性を見つめて、こう言った。


「すまないが、式はここで終ってもらう。例え、どんな事情があったにせよ、俺たちは一度、シラヌイと話をしなくちゃならないんだ。それも、何よりも優先してな。礼を欠いていることは自覚しているつもりだが、協力願えると助かる」


と、まだ成人してもいない少年のような姿とは裏腹に、しっかりとした面持ちでそう口にするアトラス。


しかし。

彼のその発言を、鬼人の男性が聞き届けることは無かったようだ。

鬼人の男性が――


「…………」くいっ


と周囲へと目配せした瞬間――


ズササッ!


そこにいた人々が、アトラスへと一斉に飛びついたのである。

その際、皆が、武器を使おうとしなかったのは、この儀式の場を汚さないようにするためか。


そんな彼らに対してアトラスは――しかし、まったく動じなかった。

それも、精神的な話に限ったものではなく、物理的にも、である。


「な、何だコイツ、重い……」

「微動だにしないぞ?!」

「若頭!こいつ、俺たちじゃ手に負えんかもしれん……」


と、自分たちよりも、頭2つから3つ分ほど背の低いアトラスにとりつきながら、そんなことを口にする鬼人たち。


一方、アトラスの方は、彼らのことを一切に気にすること無く――


スタスタ……


と、普通に歩き始めた。

その行き先は、言うまでもなく、シラヌイの元だ。


そして、彼は、正座しながら振り向いていたシラヌイのところまで、あと少し、といったところまで近寄って――


「迎えに来たぞ?シラヌイ」


そう言って、自身の手を差し出そうとした。


だが、彼のその手は、シラヌイに届く前に、妨害されてしまったようである。

それも、何処かで見たことのある、やたらと長い刀によって。


ザンッ!!


「ちょっ!待てっ!そんなもん振り回したら、俺に取り付いてる奴が怪我するだろ?!」


そう言いながら、自分に張り付いていた者たちごと抱えて、バックステップを踏むアトラス。


そんな彼の事を襲った刀は、シラヌイが鍛えた2振の長刃の内の1本で……。

婚姻の義に使うためか、その場に飾られていたものだった。


そしてそれを振るったのは、若頭と呼ばれた鬼人の男である。


「お前たち、そいつを押さえておけ!」


そう言って、両手を引き締めるように、刀を構える鬼人の男。

どうやら彼は、自制が効かないほどに、頭に血が上ってしまっているらしい。

アトラスたちに婚姻の儀を無茶苦茶されて、新郎としては、こみ上げてくる怒りが我慢できなかったのだろう。


「いやいやいや、まてまてまて。わざわざ流血沙汰にすることはないぞ?俺は単にシラヌイと話がしt」


「うるせぇ!」


そして――


ブゥン!!


と、風を切りながら、アトラスへと襲いかかる刃。


それは両腕を鬼人たちに押さえられていたアトラスの肩口に当たり。

そして――


パキン……


と、あっけなく折れてしまった。


それを見て――


「くそっ!所詮は儀式用の刀か!」


と毒づきながら、折れた刀をその場に捨てる鬼人の男。


そして彼が2本目の刀を手にしようとした――その瞬間である。


「あ、ごめん。ちょっといいか?」


「あ?」


ズドォォォォォン!!

ドゴォォォォォン!!

バキィィィィィッ!!


その瞬間、アトラスの周辺にいたものたちが宙を舞った。

それだけではない。


その場に飛び散る血しぶき。

吹き飛ぶ男たちの姿。

鬼人たちがぶつかった先で、へし折られる屋敷の柱。

そして、真っ赤に輝くアトラスの瞳と、その拳……。


何が起ったのかについては、もはや言うまでもないだろう。


「部外者の俺が言うのもなんだが……お前にシラヌイの伴侶は務まらねぇよ。まともにシラヌイの刀を振り回せねぇのはテメエの力量が足りねぇせいなのに、粋がってんじゃねぇぞ?」


直前とはまるで異なる高圧的な雰囲気をまといながら、吹き飛んだ男たちの1人に向かって、そう口にするアトラス。

どうやら彼の中で、押さえきれなかった怒りが爆発してしまったようである。


というのも。

本来、シラヌイの刀は、振るう者が振るえば、転炉に使う超耐熱セラミックすらも、簡単に一刀両断することができるほどの業物(わざもの)だった。

つまり、シラヌイのように刃の扱いに長けた人物がその一太刀(ひとたち)を振るったなら、アトラスの身体も、真っ二つに切られてしまう可能性が非常に高かったのだ。


アトラスはそれが分かっていて、その一撃を避けられたにも関わらず、しかしそれでも逃げることなく、わざと切られたようである。

そこには、鬼人の男性がシラヌイの夫として相応しいかを試す、という意味合いが込められていたらしく……。

そしてもしも自身が斬られて壊れるようなことがあったなら、これ以上何も言わずに、おとなしく退散しよう、と彼はそう考えていたようである。


だが、結果は、アトラスにとって、この上なく残念なものだった。

鬼人の男が放ったその一撃は、まるで、子どものチャンバラごっこのように、ただの力任せの拙い暴力でしかなかったのである。

その上、シラヌイの傑作とも言うべき刀を折った挙句、原因が自身の力量にあるというのに刀のせいにする……。

それが、誰よりもシラヌイの技術力を評価していたアトラスにとっては、我慢できなかったようだ。


結果、彼は、我慢の限界を越え、その場にいた者たちごと、鬼人の男を吹き飛ばしてしまったのである。


「……すまない」


頭がヒートダウンしてきたのか、そこに転がって呻き声を上げるものたちに対し、謝罪の言葉を口にするアトラス。


それから彼は、すぐに立ち直って、シラヌイへと真っ直ぐな視線を向けると……。

彼女に対して、こう口にした。


「……シラヌイ。話がしたい」


それに対し、シラヌイは、戸惑い気味に返答しようとするのだが……。


彼女がそれを口にする前に、動いた人物の姿があった。


「ほう……。お主……何者だ?」


何故か嬉しそうな表情を浮かべた、シラヌイの祖父である。

あるいはこの町の”長”と言ったほうがいいだろうか。


そんな彼に対し、アトラスは、(うやうや)しく頭を下げながら、自身の名を名乗る。


「……アトラスと申します」


「ふむ。アトラス、か。儂の名はカゲロウ。鬼どもの長にして、シラヌイの祖父である。主は見たところ、その(よわい)に関わらず、随分な体術の使い手のようだ。実に見どころがある」


「……その力の使い所を間違えてしまい、申し訳ございません……」


と、カゲロウと名乗った老人に対し、敬意を払いながら謝罪するアトラス。

相手がシラヌイの祖父で、その上、話が通じそうな人物だったので、アトラスは穏便に話を済ませられないか、模索することにしたようだ。


ただ――。

その選択は、アトラスにとって誤算になってしまう。


「謙遜することはない。お陰で、未熟な自惚(うぬぼ)れ者に罰を与える手間が省けた。大切な孫娘を此奴から守ってくれたことに礼を言おう。しかしだ……」


そう言って、不自然に言葉を区切るカゲロウ老人。


そんな彼と会話をしていたアトラスにも、カゲロウがなぜ言葉を区切ったのか分からず、怪訝そうな表情を浮かべるのだが……。

その直後に聞こえてきた――


カチンッ……


という、金属同士がぶつかるような小さな音が聞こえたと同時に――


「?!」


ズサッ!!


と、アトラスは、その場にあった畳を引き裂きながら、全力で後退した。


どうやら彼は、自身に向けられた殺意を感じ取ったようである。

それも、刃そのもののような、鋭利な殺意を……。


そんな彼の行動を見て――


「ほほう!ますます興味が湧いたぞ!小僧!いや、アトラスよ!」


と、嬉しそうな表情を浮かべるカゲロウ。


一方で。

アトラスの方は、苦々しい表情を浮かべていたようだ。


「くっ……腕を持っていかれたか……」


彼がそう口にした瞬間――


ドスンッ……


と落ちるアトラスの左腕。

どうやら彼は、不意に飛んできたカゲロウの一撃を、完全には避けられなかったようである。



カゲロウとシラヌイ。

語源と意味については言わずともよいじゃろう。


この場で、何故カゲロウはカゲロウという名前なのか、簡単に説明したかったのじゃが……諸事情により省略させてもらうのじゃ。

いや、ストーリー的に重要な言葉ゆえ、まだ説明できぬ、というわけではないのじゃ?


妾が……ねむ……うま…………zzz。


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