8.8-07 鬼の町07
「どんな感じかしらね?この町の入門検査所って……」
「正規のルートで入ったことは無いですけれど、恐らくボレアスやミッドエデンと、そう大差は無いと思いますよ?」
町の入門検査所に並んでいた馬車の列の最後尾に馬車を止めてから。
そこから降りて、検査のための列に並び、そんなやり取りを交わすワルツとユキ。
確かに、ユキの言うとおり、そこには何処の国の、何処の町とも同じように、手続き待ちの馬車や人々が並んでいて……。
特に変わった様子は無かったようである。
……だからこそ、ワルツは疑ってしまったようだ。
何か大きな落とし穴があるのではないか、と。
ちなみに。
本来は、国境でも越境の手続きをしなくてはならないのだが、ワルツたちは空を飛んで越境したのので、当然、手続きをしてない。
これがもしも帰り道に陸路を使うと、国境の検査所で、どうやって越境したのか、という小さくない混乱が生じるはずだが……。
今回、彼女たちは、帰り道でもエネルギアを使う予定なので、特に問題はなかったりする。
「んー……それならいいんだけど、なんか嫌な予感がするのよね……」
それを聞いて――
「「「えっ……」」」
と、同時に声を上げる仲間たち。
普段は適当なことしか言わないワルツだったが、彼女が『嫌な予感がする』と言った時は、かなりの高確率で何かが起こるので……。
皆、一斉に、左右前後上下を見渡すなど、思わず警戒してしまったようである。
そんな挙動不審な様子の仲間たちを前に、ワルツは事情を説明した。
「いやさ?これまで旅を思い出してみてよ。最初の町から順番に思い出していくと……ノースフォートレスで何があった?オリージャは?その後の……リーパの町は何もなかったけど、アルバの町は?ザパトの町は?ウェスペルは?なんか色々あったでしょ?ゾンビが徘徊してたり、町が吹き飛んだり、エクレリアが攻めてきたり、馬車が爆発したり、あと……やっぱりエクレリアが攻めてきたり……」
「……つまり、ここでも何かが起こるのではないか、と疑っておられるのですか?」
「うん、そういうこと。まぁ、流石にエクレリアが襲ってくるなんてことは無いと思うけど、なーんか起こりそうな気がするのよね……それもかなり厄介なことが……」
と、警戒しているのか、それとも期待しているのか、どちらともつかない様子で、ユキの問いかけに返答するワルツ。
しかし、その場で彼女の不安が的中することはなかったらしく……。
順調に列が短くなっていき、彼女たちの入町検査の番がやって来た。
「次!身分証を見せてくれ!」
「あ、はい。どうぞ……(そういえば、冒険者証で良かったのかしら?)」
と、冒険者ギルドのカードを渡した後で、さっそく不安になるワルツ。
というのも、繰り返すようだが、ここはボレアス帝国ではなく、アルボローザ王国。
真隣とは言え、異国なのである。
場合によっては、ボレアスのギルドカードを持っているだけで連行される可能性も否定はできなかったが――
「……ボレアスの冒険者か。遠路はるばる、おつかれさん」
特に問題は無かったようだ。
「え?あ、はい。でもまぁ、馬車での移動だったので、大したことは無かったですけどね」
「ほう、そうか」
と、ワルツの言葉を聞いて、どこか納得げな反応を見せる門番の兵士。
といったように、ここまでの手続きで何か問題が起こるようなことはなかった。
そう。
ここまでは何も問題なかったのだ。
ワルツだけでなく、他のメンバーたちや、隣国の元皇帝であるはずのユキ、それにミッドエデンでは犯罪者扱いされているロリコンたちも、まったく疑われることなく、入町のチェックをパスしたのである。
『問題』の『も』の字すら存在しなかったと言ってもいいだろう。
ゆえに、問題は、ワルツたちの中で発生したものではなかった。
その問題は――
「……あなた方も、長のお孫さんの婚姻式に参加しに来たんだな」
門番の方から飛んできたようだ。
「……あの……ちなみにですけど、そのお孫さんのお名前って……シラヌイって言ったりします?」
「あぁ、そうだが?彼女のことを祝うために来たんだろ?」
「あ、はい……そうです……」
そして、事情を把握した様子のワルツ。
そんな彼女は、展開を事前に予想できていたらしく、一瞬驚きはしたものの、取り乱すようなことはなかったようである。
だが……。
事態は、彼女が思っていたよりも、更に切迫していたようだ。
「式は今日の昼からだから……あぁ、もう始まる頃か」
「「「ちょっ?!」」」
その言葉を聞いて――
「も、もう行っていいですか?!」
「おいおい……あいつ、急ぎすぎだろ……」
「……困りましたね」
と、慌て始めるワルツたち一行。
そんな彼女たちの事情を察したわけではないはずだが、門番は苦笑を浮かべながら、人の良さそうな雰囲気で、こう口にした。
「あぁ、手続きは終わったからもう行っていいぞ?式の会場は、この道を真っすぐ行ったところにある長の館だ。くれぐれも失礼のn」
「い、急ぐわよ!?」
「先に行く!」
そう言って、駆け出していくワルツとアトラス。
そんな2人は、婚姻の義が始まる前に、どうしてもシラヌイと話を付けたかったようである。
そんな2人の事を見送った後で、門番は呆れたように口を開く。
「随分な急ぎ様だな……」
「うむ。大切な仲間じゃから、心配なのじゃろう」
「……え?」
「さて、妾たちも追いかけようかのう?ルシアjy」
「お…………」
「……お?」
「……お寿司の匂いがする……!」きゅびーん
「……後にするのじゃ」
そう言って、フラフラと何処かへと行こうとするルシアの事を引っ張って、式の会場へと向かおうとする、テレサほか、仲間たち。
こうして彼女たちも、ワルツたちより少々遅れて、シラヌイの婚姻の儀が執り行われるという『長の館』へと向かうことになったのである。
◇
その場の空気を一言で説明する言葉があるとすれば『厳か』。
それに尽きるだろう。
ここはまるで、大きなお寺のような建物の中。
木製の柱とキメの細やかな畳、そして、開け放たれた襖が延々と続く、『長の館』の中である。
そこには鬼人たちばかりが、ずらりと並んで座っていた。
そんな彼らの身長は、てんでんばらばらで……。
身長が高く体格のいい女性もいれば、身長が低くほっそりとした男性もいる……そんな様子である。
彼らは部屋の左右に別れるような形で座っていたために、中央には通路のようなモノが出来上がっていた。
そして、そこに居たのが――
「…………」
「…………」
今日の儀式のために用意したと思しき服装に身を包んだシラヌイと、彼女の夫になるだろう鬼人の男性だった。
そう。
式はまだ始まったばかり。
彼女たちは、今まさに、部屋に入ってきたばかりだったのだ。
そんな部屋の奥には、周囲の者たちと比べても、かなり年老いた鬼人の男性が座っていた。
どうやら彼が『長』。
シラヌイの祖父らしい。
2人はそんな長のところへと、付き人たちと共に、一歩一歩と進んでいって……。
そして、長の前にあった座布団へとたどり着き、そこにゆっくりと腰を下ろした。
そんな2人の姿を、感慨深げに眺めてから……。
長の老人は、ゆっくりと喋り始めた。
「……何度、この瞬間を夢見たことか……。今日という日を儂は、この上なく嬉しく思うぞ?」
その言葉に――
「…………」
「…………」
無言ながらも、重々しく頷くシラヌイとその夫。
そして――
「これより婚姻の義を執り行う!」
歳などまるで感じさせない老人の重い声が、その場に鳴り響いた――――その時だった。
「姉貴……。あんま、変なこと考えんなよ。普通に入れよ、普通に……」
「いや、でも……なんかこう……申し訳ないじゃない?花嫁を奪いに来たような気がして……」
「だからと言って、屋根裏に忍び込むとか……何しに来たんだよ……」
館の入り口の方から、そんな不穏な会話が、聞こえてきたのである。
その声を聞いた瞬間――
「あ、アトラス様と、ワルツ様?!」
と、驚いたような表情を浮かべながら、その場で振り返るシラヌイ。
そんな彼女の視線の先には――
「あ、シラヌイ。やっぱ、生きてたじゃん!」
「……姉貴。この空気の中で、良くそんなことが言えるな……」
と、ぞれぞれ口にする、よく見慣れた2人の姿があったようである。
眠いのじゃ……。
やはり、普段と異なる環境じゃと、思いもよらぬことがあったりして、疲れるのじゃ……。
じゃが、それもあと半分。
さっさと用事を済ませたら帰りたいものじゃのう……。
……いや、キビの町ではなく、リアルの妾の話じゃがの?




