8.8-06 鬼の町06
――ワルツ、ルシア、テンポ、アトラス、テレサ、ユリア、ローズマリー、シルビア、リサ、ユキ、それにイブ。
同じ馬車に乗って、シラヌイのことを迎えに行くことになったメンバーのリストである。
そして……。
それと同時に、大きな問題があることを語るリスト、でもあった。
「……俺も同じ馬車かよ……」げっそり
つまり。
唯一の男性であるアトラスは、町までの移動に際して、10人の女性たちに囲まれることになってしまったのである。
傍目から見ると、年頃の女性たちに囲まれたアトラスのその姿は、ハーレムのようにも見えなくなかったが、もちろんそんなことはなく……。
四面楚歌、あるいは針の筵状態だった、と表現すべきかもしれない。
ただ幸いというべきか――
「〜〜〜♪」
何やら嬉しそうな様子のルシア――
「…………もうダメかも知れぬ」げっそり
――に、くっつかれたまま、未だ壁代わりになっていたテレサと――
「もがぁぁぁぁ!!」
アトラスに頭を撫でられた結果、奇声を上げていたイブに挟まれていたので、最悪な状況、というわけではなかったようである。
これがもしも、ワルツとテンポの2人に挟まれていたとすれば、2人が作り出すギスギスとした雰囲気の中で、彼の胃は音を立てながら擦り減っていったに違いない……。
まぁ、とは言っても。
テンポとワルツ以外に懸念が無い、というわけでもなかったようだが。
では一体、誰が、その懸念の種になりえたのか。
その人物に対して、ワルツは問いかけた。
「随分と嬉しそうね?ルシア」
と、ブンブンと振り回していたその尻尾で、テレサの背中をバンバンと叩いていた様子のルシアに対し、苦笑を向けながら問いかけるワルツ。
するとルシアはどういうわけか――
「…………」ぴたっ
と、そのままの姿で固まってしまったようだ。
それを見て――
「……なんかあったの?」
とワルツが問いかけると……。
ルシアは、至って平静を装いながら、姉に対してこう答えた。
「う、ううん?な、なんでもないよ?」ぱたぱた
「それにしては随分と嬉しそうね?」
「え、えっとねぇ……内緒!」
「あら、そう……」
と、それ以上、問いかけずに、妹の動向を見守ることにした様子のワルツ。
その際、ルシアが、こそばゆそうにしながら、テレサ越しにアトラスへと視線を向けていたのだが……。
ルシアの姿を傍から見ると、ゲッソリとしたテレサにじゃれついているようにしか見えなかったのは、狭い馬車の中ゆえに仕方のないことか。
そんな彼女たちは、エネルギアから離れ、一路、『キビ』という名の鬼人たちの町へと向かっていた。
移動時間は、片道、およそ1時間ほど。
今日はそこでシラヌイと会った後、再びエネルギアへと戻ってくる予定だ。
「ユキちゃん……。アトラス様がイブの頭を撫でてくるかもだよ……。それも無意識のうちにぃ……」げっそり
「…………」
「……?ユキちゃん?」
姉に救い(?)を求めた結果、しかし返答が帰ってこなかったために、首を傾げてしまうイブ。
そんなイブの視線の先では、ユキが進行方向にあった森のむこう側にあるだろうキビの町の方を眺めていて……。
そして、彼女は何やら考え詰めたかのような表情を浮かべていたようだ。
「ユキちゃん……何かあったかもなの?」
反応のないユキのことを、イブがそっと手で揺すってみると――
「…………ん?何かありましたか?イブちゃん?」
そこでようやくユキの意識が、こちらの世界へと戻ってきたようである。
「えっと……ユキちゃん、なんか考え込んでる様子かもだったから……」
「いえ、そんなことは……」
とユキがイブの言葉を否定しようとすると……。
今度はイブと異なる人物から、こんな声が飛んでくる。
「……ユキ?なんとなくなんだけど……貴女、何か隠してない?」
エネルギアに乗っていた頃から、ユキの反応がおかしかった事に気付いていたワルツである。
「何というか……シラヌイのことを話す時の貴女って、なんとなく、挙動がおかしくなるのよね……。こう、フリーズすることが多くなるっていうか……」
その言葉を受けて――
「そう……見えますか……」
と、否定も肯定もしなかったユキ。
そんな彼女に対し、ワルツが質問を繰り返そうかと考えていると……。
ユキは再び馬車の前の方へと視線を向け直してから、おもむろに口を開いた。
「……キビは鬼人たちの町です。そして、この地は……かつてアルボローザという名の国ではありませんでした。もちろん、ボレアスでもありません。ボクから言えるのは……そこまでです。あとは、シラヌイさんか、鬼人の方々に直接聞いていただくのが良いと思います」
それを聞いて――
「……なんか、面倒くさそうな話ね。まぁ、良いわ。何か特別な事情があって、シラヌイから直接聞いてほしい、って言うならそうするわ」
「申し訳ございません」
「別に気にしなくてもいいわよ?人それぞれ、事情ってもんがあるわけだしね」
そう口にしながら小さく笑みを浮かべるワルツ。
その際、安堵したように微笑んでいたのが、彼女だけではなかったことは、あえて言うまでもないことか。
◇
それから馬車に揺られることしばらく経って。
「……見えてきたぜ?」
御者台の上で、今日も馬を操っていたロリコンが、不意にそんなことを口にした。
その結果、進行方向へと視線を集中させる一同。
すると、そこには――
「……日本じゃん」
古風な和風建築の建物が並ぶ、比較的大きな町の姿が広がっていたようである。
「にほん?お姉ちゃんがいたっていう国?」
「んー、まぁ、大体そんな感じ」
と、妹の言葉に対して、曖昧に返答してから――
「で……ロリコンは何か言うことはないわけ?なんというか、その……日本っぽい町についてさ?」
ワルツは、恐らく日本人とおぼしきロリコンに対して、遠慮気味に問いかけた。
これまでワルツは、同郷と思しきロリコンと、日本を話題にした会話を交わすことはなかった。
実は、こうして会話するのが初めてのことだったのである。
現代日本においてワルツたち『ガーディアン』は、人の目を避けながら生活を送っていたので……。
ワルツとしては、不用意にこの手の話を持ち出したくなかったのだ。
もしも帰る手段が見つかった時、自分たち『ガーディアン』の存在を口外されると困るのはワルツ自身なのである。
彼女はそれが分かっていたので、あえて会話する必要はない、と考えていたようだ。
しかしそれでもロリコンに対して、日本の話を持ち出したのは、彼が日本に戻る可能性はあまり高くない、と判断したからか。
ところが、である。
ロリコンから返ってきた言葉は、ワルツの予想とは大きく異なっていたようだ。
「にほん?どこだそれ?」
「えっ…………いや、あんた、どこで生まれて、どこで育ったわけ?」
「なっ……い、いきなりそんなこと聞くなよ……」ぽっ
「は?」
「俺は…………あれ?何処で生まれたんだっけ……」
「…………」
ロリコンの反応を見て、当初は殺意のようなものが芽生えていたワルツだったが、その後の彼の言葉を聞いて、その気をなくしてしまったようである。
「……何処だ?……おれ……何処で生まれて……」
「あー、なんかごめん……。もう良いから、とりあえずあの町に着いたら、貴方も休憩してきなさい。カペラ?ロリコンのこと、任せたわね?」
「お、おう……」
ワルツの言葉を受けて、少々戸惑い気味に、頷くカペラ。
どうやら、ロリコンと長い間一緒に行動してきたカペラにとっても、今の混乱状態にあるロリコンの姿を見るのは初めてだったようで、彼も、ロリコンに対して、何と言っていいのか分からなくなってしまったようだ。
こうして。
微妙な空気に包まれつつ、ワルツたちはキビの町へと到着したのである。
アトラスを包み込む針の筵の話はどこへ行ったのか……。
まぁ、バックで何かが進行していた、と捉えてもらえると助かるのじゃ?
本当はちゃんと書きたかったのじゃが、ちょっとばかり今日は時間が無くてのう……。
とりあえず、あっぷろーどだけさせてもらうのじゃ?




