8.8-05 鬼の町05
「まぁ、御者をするのに、ロリコンとカペラが付いてくるのは、しゃぁないとして……ほか、誰行く?全員で押しかける必要は無いと思うんだけど……」
と、エネルギアの格納庫にあった馬車の前で、仲間たちに向かって、そんな問いかけを口にするワルツ。
どうやら彼女としては、できれば少数精鋭で、町へと近づきたかったようである。
というのも、ここは魔王ベガが治める国アルボローザ。
ヌルが治めるボレアスとはわけが違うのである。
法律も分からなければ、文化も分からない。
かろうじて分かるのは、言葉が通じて、恐らく貨幣が使えるだろうことだけ……。
ワルツとしては、そういったよく分からない場所に、不用意に皆を連れて行きたくなかったようだ。
すると。
そんなワルツの問いかけに対して、一番最初に、元気よく応える声が上がった。
「いくです!」
メンバーの中で、最年少のローズマリーである。
どうやら彼女の迸る好奇心と向上心は、ワルツの懸念など、お構いなしのようだ。
そんなローズマリーのことを、ワルツは容赦なく突っぱねたか、というと、そういうわけではなかったようである。
彼女は納得げな表情を浮かべると、首を縦に振りつつ、こう口にしたのだ。
「えぇ、いいわよ?何か問題が起っても、自分でどうにかできそうだしね。それに、保護者もいるし……」
「……つまり、私は強制参加、というわけですね」
「嫌なら来なくていいけど?」
「いえ、行きます!絶対に行きます!」
と必死になって、翼をバサバサと動かしながら、ワルツにアピールするユリア。
その際、ユリアのその仕草を、ローズマリーが真似ていたのは、何か特別な理由があったからなのか……。
それからというもの、仲間たちから、連続して声が上がる。
ルシア、テレサ、シルビア、リサ。
それに――
「さっきも言ったけど、俺も行くぜ?」
「カタリナに医務室を任せてきたので、私も行きます」
アトラスとテンポも付いてくるようだ。
……しかしである。
中には行く人間だけでなく、その場に留まる人物も居たようだ。
「私は……ここで待っていますわ」
と口にしたのはベアトリクスである。
すると。
そんな彼女の言葉が意外だったのか、テレサが不思議そうな表情を浮かべながら問いかけた。
「お主が妾に付いて来ぬとは……珍しいのう?天変地異でも起こるのかの?」
その質問に対して、ベアトリクスは、プルプルと震える口元を険しい表情で誤魔化しながら、ゆっくりとこう返答した。
「……私、考えたのですわ。ただ、闇雲について行っても、今の私では皆さんの足手まといにしかならないのではないか、と。ですから、私、ここに留まって……カタリナ様に稽古をつけてもらうことにしたのですの」
その言葉を聞いた瞬間――
「「「?!」」」
と、眼を見開いて、驚愕の表情を浮かべる過半数の者たち。
その筆頭は言うまでもなく、ベアトリクスに事情を問いかけたテレサ本人で……。
彼女は思わず、ベアトリクスの言葉を、聞き返してしまった。
「か、カタリナ殿に稽古をつけてもらう、じゃと?!お、お主、一体何になるつもりなのじゃ?!」
「……え?そんなにおかしなことかしら?もうちょっと結界魔法が効果的に使えるように、コツを教えてもらおうと思ってるだけですのに……」
「それ、もうちょっと、ってレベルではないのじゃ……」
と口にしながら、カタリナに稽古をつけてもらった後、ベアトリクスがどんな結界魔法を使えるようになるかを想像するテレサ。
そんな彼女の頭の中では、巨大なドラゴンを相手に、一人素手で戦うベアトリクスの姿が浮かんできていたようだが……。
そこにどう結界魔法が関係しているのかは、テレサ本人にも分からなかったようだ。
「まぁ、頑張んなさい。応援だけしてるわ?」
「もちろん、がんばりますわ!それも死に物狂いで!」にこっ
「「「…………」」」
――そして皆は悟った。
この世界にもう一人、バケモノが誕生することになる、と……。
「ベア様……もうダメかもだね……」
嬉しそうに微笑むベアトリクスに対し、可哀想なモノを見るかのような視線を向けながら、そんな言葉を呟くイブ。
ちなみにそんなイブは、事あるごとに注射器を振りかざしてくるカタリナのことが大嫌いだとか……。
それから彼女は、ワルツに向かって、こう言った。
「あの……ワルツ様?イブもここでお留守番してるかも。テンポ様が行くなら、ユキちゃんは行かないかもだから、イブもユキちゃんと一緒にここで待ってるかもだよ?多分、ドラゴンちゃんやポラリス様も行かないかもだし……」
どうやら彼女は、ポテンティアの中にいるドラゴンたち2人のことも、一応、考えていたらしい。
実際、飛竜やポラリス、それに48体の地竜たちのことを、ワルツは、今回、ここに置いていくつもりだったようである。
まだ、人に慣れていない彼らを連れて行くことが、一体どれだけリスクを伴うことなのかを考えれば、妥当な判断だと言えるだろう。
ただ……。
イブのその予想の中には、一つだけ誤算があったようだ。
「あの、イブちゃん?ボクもいきますよ?」
……そう。
ユキは、ワルツたちと同行するつもりだったのである。
250年以上生きている彼女は、ここにいる誰よりも、この地について詳しかったので、道案内を買って出たのだ。
その結果――
「んー、じゃぁイブも一緒に行くかも?」
と180度、方向転換するイブ。
どうやらドラゴンたち存在は、彼女の頭の中から、綺麗さっぱり消し飛んでしまったようだ。
「えっ?いや、でも、貴女……何かあっても自分の身を守れないじゃない?」
「えっ……ユキちゃんに守ってもらったらダメかもなの?」
「そりゃ、ダメよ。例えば、ローズマリーは、ユリアに守られなくても自力でどうにかできるけど……貴女の場合は、ユキに何かあったら、どうにもならなくなるじゃない……」
「うっ……そ、それは…………」ぷるぷる
ワルツに弱さを指摘されても、それに言い返す言葉が見つからなかったのか、小刻みに震え始めるイブ。
それから彼女が泣きそうな表情を浮かべ始めた頃……。
まさかの助っ人が現れた。
「……仕方ありませんね〜。シスコン過ぎるのはどうかと思いますが、見ていて可愛そうになってきたので、イブちゃんにはとっておきのプレゼントをあげますよ〜?……魔力ブースト用の魔導リングです!」てーれってれー
「……なんか、効果音がすごく気になるかもだけど……貰ってもいいかもなの?」
「えぇ、全然構いませんよ〜?ただ、交換条件があります」
「……だと思ったかも……」
「使った後は、ちゃんと返して下さい。それだけです」
「……えっ?」
「この魔導リングは、1日間だけ魔力が使い放題になる魔道具ですが、それがどのような価値を持つのか〜……イブちゃんには想像が付きますよね〜?」
「…………」
コルテックスのその言葉に、何と答えていいものか、分からなくなってしまったらしく、ピタッと固まってしまったイブ。
それは、指輪の価値が分からないわけでも、指輪を付けると皆がルシアのように莫大な魔力を使い放題になることが分からないでもなく――
「これ……イブが持ってたら、逆にイブが誰かに襲われることになるかもなんじゃ……」
指輪を持つことによって、逆にリスクが高まってしまうのではないかと、懸念した結果だったようだ。
「な〜に、心配することは何ありませんよ〜?ヤられる前にヤればいいだけの話ですからね〜。サーチアンドデストロイです」
「……イブ……どうすればいいかもなんだろ……」げっそり
そして、再び、泣きそうな表情を浮かべるイブ。
それから彼女は出発のその瞬間まで悩むことになるのだが……。
結局、ユキから離れることが嫌で、皆に付いて行くことにしたようだ。
なお、コルテックスは、指輪をイブに渡した影響からか、エネルギアに残ることにしたようである。
その他、ブレーズも行くかどうかを悩んだようだが……。
皆の足手まといになるかもしれないことや、自分のことをシラヌイが怖がるかもしれない、と思ったらしく、シラヌイのことはワルツたちに任せることにしたようだ。
……主らがこの文を見ておる頃、妾はらっぷとっぷの前にはいないじゃろう。
ならどこにいるのか、というと……そうじゃのう……。
多分、山の中なのじゃ。
そう、物理的に、の。
昨日、あとがきに書いたとおり、今日から妾は自宅におらぬのじゃが、目的地にたどり着くには、長い長いトンネルをいくつも越えねばならなくてのう……。
おそらくは、今頃、その中のどれかの内部におるはずなのじゃ。
ただし、夜の段階で、じゃがの?




