3-18 初陣?
人は、誰しもが黒歴史を持っている。
下手にカッコを付けたら、相手に勘違いされて関係がギクシャクした、なんて人もいるかもしれない。
(例えば、勇者なんかに喧嘩を売るなんて、よくあること・・・ではないわね)
そしてワルツは頭を抱えた。
何で普通に説明出来なかったんだろう、と。
今、ワルツ一行は勇者たちとの戦闘の真っ最中だ。
相手は、勇者を筆頭に、剣士、魔法使い、賢者の4人。
以前相対した時には、カタリナを含めて5人だったが、今はこちらの仲間だ。
最初に動いたのは、賢者と魔法使いだ。
賢者は勇者と剣士に身体強化の魔法を、魔法使いはこちらに向かって何か詠唱を唱えている。
次の瞬間、
ドゴーーーン!!
と当たりが炎に包まれた。
以前も魔法使いは火魔法を使っていたので、もしかすると得意な魔法なのかもしれない。
しかし、魔法使いによる攻撃はバングルのエンチャントに阻まれ、ワルツ達には効果を及ぼさなかった。
だが、魔法使いの攻撃はどうやら牽制だったらしく、その間に身体強化を施した勇者たちがこちらとの間合いを詰めてくる。
キーーーン!
金属同士がぶつかり合う音が辺りに鳴り響いた。
まるで弾丸のように突っ込んできた勇者、それに狩人が反応して、その攻撃を受け止めたのだ。
以前は不覚を取った、などと言っていたが、今回は真っ向からの勝負でも押し負けてはいない。
少し遅れて、剣士も突っ込んできた。
狩人は勇者の相手をしているので、代わりにワルツが剣士の相手を務める。
・・・務めるとはいうものの、ワルツが取った行動はたった二つ。
突っ込んでくる剣士を不可視状態の機動装甲で掴み、そして投げる。
「うわぁぁっ!」
ドシャァァァァァ!!
土砂という言葉はここから生まれたんじゃないかと思うような音を上げながら、地面を削っていく剣士。
早死したくなければ、勝負の相手は選ぶべきだ。
(勇者パーティーだし、死んではいないでしょ。たぶん)
一方、狩人と勇者の鍔迫り合いは壮絶を極めて・・・いなかった。
狩人は手に持ったダガーを使って勇者の聖剣を難なく受け止めていた。
それも、片手で、だ。
「ワルツ!これ凄いよ!全然重さを感じない!」
「うん。でも、前見たほうがいいと思う」
どこか、車内で繰り広げられていそうな会話だが、狩人は勇者との戦闘中だ。
一方、勇者は全力を出していた。
彼らはこれまでに、1000年を生きたドラゴンや、城のような大きさのゴーレム、更には魔王の麾下達に占領された国を相手取って戦ったことさえあった。
魔王を討つために申し分ない実力を付けていたと言えよう。
だが、目の前の女性たちは一体何なのか。
全く歯がたたない、どころではない。
相手にすらされていない。
だが、一つだけ言えることがある。
相手に殺意が無い、ということだ。
以前、邂逅した時も同じだった。
聖剣を折られた挙句、次の瞬間には森が無くなっていたにも関わらず、自分たちは森と同じ運命を辿っていはいなかった。
先ほどの剣士だってそうだ。
まるで、子どもに弄ばれる人形のように吹き飛んで行ったのに、死んでいない。
勇者の中で生じる疑問は、しかし同時に、相手に対する殺意へと変わっていった。
それは、数多の戦いの中で生と死のやり取りをしてきた勇者だからこそ、だろうか。
「馬鹿にしてるのかっ!」
まるで、自分を殺せ、というように。
「じゃぁ、狩人さん。余裕があるなら、死なない程度に吹き飛ばして下さい。あんな風に・・・」
ワルツの指の先では、到底人が作ったとは思えないクレータを残して、地面に突っ伏すボロ雑巾が転がっていた。
「え?いいの?」
「ダメなんて言ってないですよ?」
「よし、任せろっ!」
狩人の眼が勇者を捉えた瞬間、物理攻撃+10のエンチャントが火を噴いた。
パァン!
何かが爆発しただろうか。
彼女達の間で眩い光が発して、勇者だけが相当な勢いで吹き飛んでいく。
ドシャァァァァァ!!
剣士の時と同じように、土砂を巻き上げて勇者が地面を削っていった。
狩人はその場に佇んでいる。
だが、
「・・・あぁ、やってしまった・・・」
狩人のダガーが壊れてしまったようだ。
聖剣と切り結んでいた部分が、まるで高熱に曝されたかのように溶けていた。
エンチャントのあまりの強さに、ダガーの方が耐え切れなかったのだろうか。
一方、勇者の聖剣は折れてはいないようだが、ダガーの様子を見る限り、無事ということは無いだろう。
狩人は、お気に入りの得物がダメになってしまって、俯いていた。
「まぁ、しかたがないので新しいものを用意しましょう。私も協力します」
「本当かっ?」
ワルツの言葉に目をかがやかせる狩人。
「えぇ。もちろん」
と、こんな会話をしているのだが、まだ戦闘中だ。
目の前の魔法使いに、戦意を問う。
「さて、どうしましょう?そちらはあと二人みたいですが・・・それでも続けますか?」
「・・・降参するわ」
「くっ、リ、リアッ・・・まだ・・・まだやれるぅっ・・・!!」
「いえ、これ以上は無理です。相手が強すぎます・・・」
隣にいた賢者も杖を下ろす。
「そうだな。せめてもの救いは、相手に殺意が無いことか・・・」
(相手の思い通りになってる気がして、なんか、イラッとするわね・・・)
戦闘に勝利した、というのにどこか釈然としないワルツ。
(そもそも、この戦闘だってただ残念な事故のせいであって、仕方がなかったのよ!)
残念な事故で方付けられた勇者にとっては堪ったものではないが。
「怪我の様子はどうですか?」
戦闘が終了した後、勇者と剣士の様子を見ていた魔法使いに声を掛けた。
「えぇ、この程度なら、私達でも問題ないわ」
「そうですか。それはちょうどいい」
「は?」
何を言っているんだこいつは?、という反応を示す魔法使い。
何がちょうどいいのか?
ルシアの魔法のテストだ。
(戦いとは決して、剣と剣、魔法と魔法をぶつけることだけではないのよ!思い知るがいいわっ!)
直訳すると、ルシアが攻撃魔法を使うと間違いなくトンデモないことになりそうなので、回復魔法を使ってテストする、という意味だ。
「ルシア?ちょっと魔法のテストをして欲しいんだけど・・・」
「火魔法?」
手に、魔力を集中し始めるルシア。
標的は、既に満身創痍の勇者だ。
(教育を間違ったかしら・・・)
「うん、それ死人が出るからダメ。代わりに、回復魔法行ける?」
「・・・敵だけど?」
「敵じゃないわ。少なくても、今は、ね」
「・・・まぁ、お姉ちゃんがそう言うなら・・・」
渋々と言った感じで魔法を発動するルシア。
・・・バングルの効果だろうか。
これまでは見えなかったが、ルシアの手に何か光る粒が、キュイィィィィーーーン、と集中してきているのが分かる。
(本当に回復魔法かしら・・・)
直後、勇者を中心として、そこにいた全員と草原、更には周囲の森や町の一部を巻き込んだ大回復魔法が発動した。
ワルツが思った通り、バングルの効果は凄まじいものだった。
「はい、ありがとう。でも、もうすこし小さな魔法じゃないと困るかもね・・・」
この分で攻撃魔法を使用すると、大災害が起こる気しかしないワルツ。
(そういえば、ルシアは魔法の小さなコントロールが苦手って言ってたわね・・・)
「ダメなの?」
「いいえ、全然ダメじゃないわ。だけど、練習が必要、っていう話よ?」
「練習?」
「そうね。魔法の強さを自由に変えられるようにならないと、これから大変だと思うの」
このままではルシアの保護者であるはずのワルツが、ルシアから他者を守るという、よく分からない立場になりそうだ。
そんな複雑な立場を想像して苦笑するワルツ。
ワルツの指摘に、ぽかーん、としていたルシアの頭を優しく撫でておく。
「・・・あなた達、人間?」
ルシアの大回復魔法を目の当たりにして、固まっていた魔法使いから疑問が飛んできた。
「えぇ、この子は人間よ?」
「・・・そう」
人間じゃなかったらよかったのに、といった感じで、落ち込んだ様に俯く魔法使い。
だが紛れも無く、ルシアは人間だ。
勇者という実験台を利用した、装備のテストは概ね完了した。
一部、カタリナやテンポのチェックが済んでいないが、この分だと問題ないだろう。
そもそも、カタリナが必要になるような阿鼻叫喚な状況にはお目にかかりたくないところだ。
というわけで、当初の目的が達成されたので帰ることにする。
「みんな、帰りましょ?」
そう提案すると、皆、頷いて同意した。
狩人は、相当なテンションで頷いていたが、そんなに新しいダガーの調達が楽しみなのだろうか。
そんなワルツメンバーが町の方を向いて歩き出した時のことだった。
「カタリナっ!」
後ろから声を掛けられるカタリナ。
声の主は賢者のようだ。
「戻っては・・・こないんだな・・・?」
対して、カタリナは質問で答える。
「・・・私の目標、いえ夢を知っていますか?」
「・・・」
意外な問に答えられない賢者。
「今、私の夢に一番近づける方法は、ワルツさんの側にいることです。勇者様方には色々とお世話になりましたが、もう、戻るつもりはありません」
「だがっ・・・」
「今までありがとう、ニコル」
カタリナには未練は無いようだが、ニコルと呼ばれた賢者の方は、何か思うところがあったようだ。
そして、
「勇者様」
ルシアによって回復しているはずだが俯いている勇者に声を掛ける。
「今まで、ありがとうございました」
これが彼女なりのケジメ、だったのかもしれない。
この後のカタリナは、随分と晴れ晴れとした表情をするのだった。
しんみり(?)とした別れの後に、ご機嫌な狩人を先頭として町に戻ってきたワルツ一行は、そのまま武具屋に直行した。
目的は、狩人の得物である、新しいダガーだ。
狩人からのオーダーは、軽く、鋭く、刃こぼれのしにくい刃であった。
「うん、無理」
「そ、そんなぁ・・・」
(いや、私を何だと思ってるのよ・・・。神?神さまでも物理現象は無視できないでしょ。神さまじゃないけど)
というわけで、折衷案を採用する。
軽くしなやかな合金は作ることが可能だ。
しかし、鋭く、刃こぼれのしにくいというのが難しい。
そんな相反する性質をもった刀など・・・無いわけではないが、狩人が扱えるシロモノではない。
なので、刃こぼれは二の次にして、切れ味を優先することにした。
刃こぼれに関しては、交換で賄えばいいだろう。
つまりは、刃を交換できるダガーというわけだ。
刃には、鉄に炭素、少量のチタンとタングステン(少量ならどこにでもある)、さらにニッケルとクロム、最後にオリハルコンを混ぜた合金で作る。
それをマグネシウムにアルミニウムと亜鉛を少量混合した合金製の芯に(ワルツ謹製の)ボルトで固定した。
刃の部分は、重力制御で何度も何度も、伸ばして、折りたたんで、潰して・・・と、日本刀張りの鍛錬を行っている。
ただし、焼き入れ処理は難易度を考え、食物油で入れたのだが。
お陰で、香ばしい香りのする切れ味抜群なダガー、というよく分からない一品が完成した。
包丁として売れば、人気が出るのではないだろうか。
その後、『耐久+10』『切れ味+10』『軽量+3』を付けたところで、武器のエンチャントの限界を迎えた。
これを2本、刃の部分を10枚作って狩人に渡したわけだが、狩人が正に泣いて喜んでいたのは言うまでもないだろう。
「・・・なぁ、ここ、俺の店だよな?」
勝手に作業をしているワルツ達に、武具屋の店主の声が届くことは無かった。




