8.8-03 鬼の町03
「……世の中には、の?狐も食わぬ、という言葉があっての?」
「ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない」
テレサの背中に張り付いたまま、彼女に対してジト目を向けるルシア。
だが、ルシアにとっては、テレサのそんな発言の内容や、彼女がわざとらしく大きなため息を吐いたことなどは、どうでもよかったらしく……。
ルシアはすぐに、ハッとした表情を見せると、再びテレサの背中に隠れてしまった。
その原因が、テレサのその向こう側にいたアトラスにあったことは、言うまでもないだろう。
しかし、アトラスの方は、そんなルシアの言動が理解できなかったらしく――
「……何の話だ?」
と首を傾げていたようだ。
……いや。
本当は、理解していたようである。
ルシアが自身に対して、好意を抱いていることに……。
だが、それを知っていて、彼は気づかないふりをすることにしたようである。
それにはいくつかの事情があったのだが……。
その場においての一番の理由は――
「おやおや〜?ルシアちゃん。顔が赤いようですね〜?」
そこにコルテックスがいたことだろうか。
「うっ……コルちゃん……」
「……露骨に嫌そうな表情を浮かべられると、流石にちょっとショックを受けますね〜……」
「そりゃ、仕方ないと思うのじゃ?コルとて、それが分からずに、ホムンクルスたちの話をしたわけではないのじゃろ?」
「まぁ、そうなんですけれどね〜……」
と、以前、ルシアに対して、自身とアトラス、それにワルツやテレサたちが、浅からぬ関係にある事を説明したことを思い出すコルテックス。
ただ……。
アトラスは、ルシアにその話が明かされたことを、知らなかったようだ。
「……おい、コルテックス。何かあったのか?」
「何もなかった〜……とは間違っても言えないですね〜。実は〜……ルシアちゃんに話したのですよ〜?私たちホムンクルスが、皆、つながっている〜、という話を」
「……なるほどな」
そんな掻い摘んだコルテックスの説明で、大まかな事情を察した様子のアトラス。
それから彼は、呆れたような表情を見せた後で、大きくため息を吐くと……。
ルシアに向かって、こんなことを口にした。
「……ルシア。コルテックスに何を聞いたのか、細かな話はよく分からないが……あんまりコイツの話を気にしすぎるなよ?たまに変なことを言うことがあるからな」
そのアトラスの言葉に――
「アトラス〜?それ、どういう意味ですか〜?」ゴゴゴゴゴ
「…………うん!」
と、それぞれに、特徴的な反応を返す2人。
それからルシアは何を思ったのか、コルテックスに対し、こう言った。
「コルちゃん!勝負だからね?」
「……はい〜?」
「絶対に負けないんだから!」
そう言って、何やら覚悟を決めたような視線をコルテックスへと向けるルシア。
どうやら彼女の心の中にあった何かに、猛烈な勢いで火が付いたらしい。
まぁ、だとしても、テレサの背中に張り付いていることに変わりはなかったのだが……。
「……アトラス〜?なんてことをしてくれるんですか〜?」
「歪な形で鬱憤を溜めるよりはいいんじゃないか?まぁ、頼りにしてるぜ?我が妹よ」
「……ずるいですね〜、お兄様は〜」
コルテックスは、アトラスのその言葉に含まれた副音声を察して、微妙そうな表情を浮かべてしまったようである。
とはいえ、それを突っぱねることは無く……。
彼女は、その言葉を、おとなしく受け入れることにしたようだ。
――すなわち、自分で巻いた種は、自分で回収する、と。
あるいはこんなことを考えていた可能性も否定出来ないだろう。
……ルシアなど取るに足りない。
真っ向から勝負をして、そして勝って、アトラスを力づくで奪い取ればいい、と……。
いずれにしても彼女は、にっこりと蕩けるような笑みを浮かべながら、ルシアへと向き直ると……。
たった一撃でもルシアのことを沈めることができるだろう魔法の言葉を連発し始めた。
「そうですか、そうですか〜。いいですよ〜?ルシアちゃん。勝負です!ところで〜……男の人というのは、たくさん食事を摂るのですが〜、ルシアちゃんはお料理を作れるのでしょうか〜?」
「うぐっ?!」
「聞いた話によると〜、ルシアちゃんは朝、起きれなくて、年下のイブちゃんに朝食の準備を任せきりにしているようですね〜?」
「ぐはっ?!」
「それに、空気を読まず、どんな場でも稲荷寿司を……」
と、ルシアに対し、即死級の強烈なジャブを次々と放っていくコルテックス。
それを受けたルシアの方は、既に虫の息である。
そんな彼女のことが可哀想になってきたのか、アトラスがコルテックスの事を止めようとするのだが……。
その前に口を開く者の姿があった。
プルプルと震えるルシアによって両肩を掴まれた結果、自身も小刻みに振動していたテレサである。
「コルよ……。その言葉、鏡を見て、自分にも言ってみるのじゃ?」
「んぐっ……」
「それにお主の場合は、兄に甘え過ぎではなかろうかの?普段の業務もアトラスに任せきりのようじゃし、何か嫌なことがある度に、アトラスのことをロープでぐるぐる巻きにして、イジメておるようじゃし……」
「そ、それは〜……」
「ほう?それは、アトラスの同意を得た上での行動、と言いたいのかの?……どうなのじゃ?アトラス?」
「……俺……もう……ロープで縛られたくない……」げっそり
「どうやら違うようじゃのう?」
「…………ごめんなさい」しょんぼり
ルシアを口撃した結果、巡り巡って自分に跳ね返ってきて、轟沈するコルテックス。
その結果、ルシアとアトラスが、テレサに対して、何やら感心したように、丸くした眼を向けていたようだが……。
それも束の間の話。
とある人物が口にしたこんな言葉で、すべてはリセットされることになる。
「……そう言えば、テレサ?馬車の中に仕舞っておいた私の寝袋無くなってたんだけど……あんた、どこ行ったか知らない?」
「…………!」びくぅ
「……後で洗濯して出しておきなさいよ?ちゃんと臭いがなくなるくらい、しっかりと洗ってよね?」
「う、うむ……」げっそり
「「「…………」」」
そして、テレサに対して、ジト目を向ける3人ほか、仲間たち全員。
どうやらこの場にいる者たちは、見えない天秤のようなもので、上手く人間関係のバランスが取られているようだ。
と、そんな時。
ガションッ!!
艦橋の扉が開いて、2人の人物が現れた。
「お呼びでしょうか?ワルツ様」
「やっぱりここの景色が、一番良いかもだね!」
白衣を着たユキと、彼女にいつもベッタリなイブである。
「そうそう。ユキに聞きたいことがあったのよ。その……シラヌイの実家がある町って、どこ?」
「えっと……あの……何処か、と急に聞かれましても、ここ空なので、ちょっと……」
と、ワルツにいきなり問いかけられて、その返答に困ったような反応を見せるユキ。
しかし、そこから見えた景色に、見覚えがあったのか……。
彼女はハッとした表情を浮かべながら、ある場所を指差して、こう言った。
「あ、アレです!あの山脈の麓にある、ちょっと大きめの町です。名前は確か……キビっていいましたね」
「…………団子?」
「えっ?」
「えっ?」
そして、その場に流れる微妙な空気。
こうして、ワルツたちは、今日も普段通りに、旅を続けていくのである……。
……なお、ラブコメではない模様。
ただ、どんな風に書こうか、とは悩んでおるがのー。
というわけで。
目的地の町の名前を、『キビ』にしたのじゃ。
いやの?
『シラヌイ』じゃろ?
日本名じゃろ?
鬼人じゃろ?
町の名前も日本っぽくしようと思ったのじゃ。
ちなみに、プランAはオカヤマだったのじゃが、あまりにカオスすぎて、止めたのじゃ。
というか、岡山の人たちに申し訳が無くてのう……。
結果、キビになったのじゃ。
語源は……分かるじゃろ?




