8.8-01 鬼の町01
その日、ワルツたちは、朝早く、まだ暗い内にウェスペルの町を発った。
前日は皆が早めの休息を取っていたので、朝の早い段階で、少なくない者たちが眼を覚ましていたこともその原因だったのだが……。
その一番の原因は――まぁ、言うまでもないだろう。
「後ろから追いかけてきてないわよね?」ちらっちらっ
「シャッハ家の当主になれとか無理です!」ちらっちらっ
馬車の幌の隙間から外を覗いて、後ろから付いてくる無人の黒い馬車の列や地竜たちのさらに後ろから、誰か追いかけてきていないかを念入りに確認するワルツとユリア。
どうやら2人とも、後ろからアーデルハイトたちが追いかけてきていないか、心配でならないらしい。
ちなみに1週間後には町に戻る予定なので、彼女たちは嫌でも再び、アーデルハイトと顔を合わせなければならなかったりする。
なお、馬車の中にいるメンバーは、ヌルたちシリウス姉妹を除いた、ワルツ、ルシア、カタリナ、ユリア、ローズマリー、テレサ、コルテックス、ベアトリクス、シルビア、リサ、飛竜、ポラリス、それにイブの13人。
あまり大きくない馬車の中は、荷物を合わせれば、紛うことなきギュウギュウ詰めである。
ちなみに、ヌルたちシリウス姉妹はここには居ない。
彼女たちはアーデルハイトのところに留まって、反転攻勢の準備を整えるための陣頭指揮にあたるという話だ。
なお、男性陣は、いつも通り、勇者に宛てがわれた馬車の中にいる。
コルテックスが王都に帰らないと自身も帰れなかったブレーズも、喜んで勇者たちのむさ苦しい馬車の中に乗っているようだ。
それは何も、親しい友人たちと話ができることだけが理由だったわけではなく、その他にも大きな理由があったようである。
もしかすると――いや、もしかしなくても、そこにポテンティアが乗っていることに何か関係があるのだろう。
そんなこんなで。
今、ワルツたちが向かっているのは、ボレアスの隣の国、アルボローザ。
より正確に言うなら、ボレアスとアルボローザの国境を超えて、少しアルボローザ側に入った場所にあるという鬼人たちの町である。
そこでシラヌイの実家を訪れ、そこにいるだろう彼女と対話をする、というのが、彼女たちの目的だった。
それが終わり次第、再びウェスペルの町に戻り、そこからエクレリアに対する反攻作戦を開始する、という予定である。
「シラヌイ、無事に家に帰っていればいいんだけど……」
「1週間前にウェスペルを発ったということは……もしかすると、このまま行けば、歩いているシラヌイさんに会えるかもしれないですね?」
「あー、それなんだけどさー」
と、ユリアの発言を聞いて、何かを言い忘れていた、といったような表情を見せるワルツ。
それから彼女は馬車の中にいた者たちに対して、こんなことを口にした。
「さて。それじゃぁ、ここからちょっとショートカットするわよ?」
「「「……えっ?」」」
「いやさ?ちょっとかなり急ぎの話だから、馬車で移動するのやめようかな、って思って。……別に、アーデルハイトから逃げたいとか、そんなこと考えて……無くもないけどね?というわけで『エネルギア?』」
と、電波に自身の声を乗せるワルツ。
すると間もなくして――
『……ぐすっ』
何やら湿った音が返ってきた。
『……もしかしなくても……泣いてたりする?』
『お姉ちゃん……もう……ダメ……。もう、ビクトールさんのいない人生に、価値なんて、これっぽっちも無いよ……』ぐすっ
『どんだけ剣士のことが好きなのよ……。もう……困ったわね……』
と、深くため息を吐きながら、自分たちの馬車の後ろから追いかけてきていた勇者たちの馬車に向かってその眼を向けるワルツ。
そして、そこに乗っているだろう剣士のことを思い出しながら、ワルツはこう呟いた。
『これはプランBしか無さそうね』
『……え?』
『ううん。何でもない。まぁ、その内、話をするわ。で、エネルギア?ちょっとこっち来てくれない?』
その瞬間――
『?!』
と、何も声に出していないというのに、電波に乗って飛んでくるエネルギアのポジティブな気配。
次の瞬間、通信は――
ブツンッ……
そこで切れてしまったようだ。
「えっとー?これは多分、来るってことしら?あと30分……いえ、何か物理法則を無視して、3分くらいで来そうな気がするわね
……」
「そう言えば、エネルギアちゃん、王都にいる間、すっごく落ち込んでたみたいですよ?もう……剣士さんのことをエネルギアちゃんと一緒に、ミッドエデンに帰してあげた方がいいんじゃないですか?」
「それも考えたんだけど……ちょっと、私にいい案があるのよ。すぐには出来ないけど……そうね。シラヌイの件が終わった辺りで、一旦、ミッドエデンに帰って、対策するっていうのも悪くないかもしれないわね」
と、ユリアの質問に対して答えるワルツ。
すると、マクロファージの身体の中に手を入れて、何やら作業をしていたコルテックスが、ワルツの言葉を聞いた瞬間、眼を丸くして、こう言った。
「……お姉さま、まさか帰るのですか〜?」
「え?何よ?帰っちゃいけないの?」
「い、いえ〜……」
「……あやしい……」じとぉ
「えっと〜……ちょっと〜……今、王都の方が荒れてまして〜、片付けるのに少し時間が欲しいかな〜、と〜……」
「……なんか、それ聞いたら、すっごく帰りたくなくなったんだけど……でもやっぱり、帰らないわけにもいかないわよね……」
「いえ〜、無理して帰らなくても〜……」
「はぁ……まぁ、いいわ……」
と、疲れたような表情を見せるワルツ。
こうして彼女の内心には、余計な悩み事が1つ増えることになってしまったのであった。
◇
そして、3分後――というのは流石に難しかったが、20分程でその場へと到着するエネルギア。
誰もワルツたちの居場所を教えていないのに、彼女がまっすぐその場にやって来れたのは、何か帰巣本能のようなものが働いたためか、あるいは剣士からビーコンのようなものが出ていためか……。
『ビクトールさぁぁぁぁぁん!!』
ドゴォォォォォ!!
ポフッ……
「1週間ぶりだな、エネルギア!」
『会いたかったよぅ……』ぐすっ
といったように、自身の胸の中に時速200km近い速度で飛び込んできた少女の姿のエネルギアを、難なく受け止めることに成功する剣士。
どうやら彼は、完全に人間をやめた――いや、やめさせられたようである。
その様子を見て――
「なんか……ごめん……」
と、申し訳なさそうに謝罪するワルツ。
その謝罪は言うまでもなく、剣士を人間離れさせてしまったことに責任を感じたワルツが、剣士に向けた謝罪の言葉だったのだが……。
しかし、その言葉に反応したのは、エネルギアの方だった。
『お姉ちゃん、そう思ってるなら、ビクトールさんのことを連れ帰ってもいいよね?』
「えっ……いや、それは……」
と、ワルツがエネルギアの返答に苦慮していると……。
見かねた剣士が、エネルギアの肩に手を置いて、そして彼女の前にしゃがみ込んでから、こう言った。
「ごめんな、エネルギア。勇者が、旅をして強くなりたい、って言ってる内は、俺、あいつのことを支えてやりたいと思ってるんだ。だからその間は、こうして会える頻度が疎らになってしまうかもしれないけど、全部終わったら必ずお前のところに戻るから、俺のことを待っててくれ」
その言葉を聞いて――
「「「…………!」」」
と、妙に明るい表情を浮かべる女性陣。
そこにどんな理由があったのかは不明だが、どうやら彼女たちの心を動かす何かが、剣士の言葉の中に含まれていたようだ。
ただまぁ……
「(それ……剣士の本心なのかしら?なんか、こう……犯罪じみたものを感じなくもないというか……ストックホルム症候群っていったっけ?いや、でも、エネルギアに手を出す時点で、違う意味の犯罪臭がしなくもないけど……まぁいっか)」
ワルツとしては、何やら納得がいかないことがあったようだが……。
考えるのが面倒になったのか、彼女は思考を止めることにしたようだ。
と、そんな時だった。
着陸したエネルギアの船体の方から、見慣れた人影が2人ほど、ワルツたちのところへと近づいてくる。
そんな者たちに――
「あれ?狩人さんいないの?」
と何気なく問いかけるワルツ。
それに対して返答したのは――
「狩人姉なら、軍の陣頭指揮に当たってて忙しいから今回は来てないぜ?というか、コルテックス。お前、王都のこと放置してないで帰れよ。狩人姉の仕事が増えて、大変だろ……」
「……お姉さま。よくよく考えてみたのですが、お姉様だけが世界中を旅するというのは、少しずるいのではないですか?しかもお土産もないようですし……。というわけで、今日から同行させていただきます」
エクレリアの宣戦布告に対応していたアトラスと、エネルギアの医務室で魔法使いの少女リアの治療にあたっていたテンポだった。
どうやら、姉弟揃って、ワルツに何か用事があったようだ。
どうでもいいことなのじゃが……わりと本気で、ベアの話が書けぬ……。
いや、書こうとして書けぬ、というわけではなく、彼女が何処で何をしておるのか、という説明をこの先の話にねじ込もうと考えておるのじゃが……それを上手く入れられる部分が見つからぬ、というわけなのじゃ……。
まぁ、イブ嬢も似たようなものじゃから、大したことではないのじゃがの?
ちなみに、どこかに行った、というわけではないのじゃ。
あと何か掻いておくことは無いかと15分くらい悩んだのじゃが……特に思い浮かばぬゆえ、今日はここでお開きなのじゃ。
そう言えば、今週はOvonというイベントが日本中で始まるようじゃのう。
……ポテにはその辺の話を書くつもりはあるのじゃろうか……。




