8.7-32 シャッハ家32
ユリアの活躍(?)で、地竜以外の者たちが、皆、ウェスペルの町へ入ることが許された、その日の夜。
シャッハ家本家の城に泊まるのが嫌で、今日も町に宿屋を確保したワルツたちは、しかし流石に夜の食事の誘いまでは断ることができず……。
食事の準備が整うまでの間、招かれた屋敷の来賓室で待機していた。
ただ、そこにメンバー全員がいたのかというと、そういうわけではなかったようだ。
「流石にみんな、夜まで保たなかったわね……」
そんなワルツの言葉通り、昨日の夜から徹夜を続けていた者たちが多かったせいか、大半のメンバーが、体力の限界を迎えて、宿屋に到着した時点でダウンしてしまったのである。
あるいは、シラヌイの行方を探して、結局、市中では情報を掴めなかったことも、疲れてしまった原因かもしれない。
まさに、骨折り損のくたびれ儲けだったようだ。
というわけで。
ここにいるのは――
「さぁ、タダ飯ですよ〜?タダ飯〜」
「あの、コルテックス様?程々にお願いしますね?」
「マリーちゃん、大丈夫ですか?」
「……眠たいです。でも、我慢するです!」
「マリーちゃんさえいれば、私はいつまでも起きていられます!いえ、絶対に寝るもんですか!」
「(どうしてかしら……。ユキBからロリコンと同じ気配がするのよね……)」
コルテックス、ユリア、ヌル、ローズマリー、ユキB、それにワルツの6人である。
なお、ユキCは、同じ建物の中にいるものの、この部屋の中にはいない。
ビクセンで軍務相を務めていた彼女は、この地に避難してきてからというもの、従来通り、兵士たちの管理を行っていたので、今は執務の時間だったのである。
ちなみに、馬車の列に潜入しているアーデルハイトごとワルツたちの事を襲うよう、兵士たちに指示を出したのは、彼女だったりする。
「さて……困ったわ……」
和気あいあい(?)とやり取りをしていた仲間たちを前に、そんな口癖のような言葉を呟くワルツ。
彼女は一体、何を困っていたのか……。
ローズマリーの髪を梳かしていたユリアは、その内容をなんとなく察していたしていたものの、一応念のために、ワルツに対し理由を問いかけた。
「えーと、ワルツ様?一体、何を困ってるのですか?」
「いやさ?よく考えてみたら、相手って、みんな爵位を持ってるわけじゃない?ってことは貴族じゃん……」げっそり
「……もしかしてですけど、夕食会にプレッシャーを感じてたりします?」
「よく分かってるじゃない?」
「……今朝、皆さんの前で、普通に食べてましたよね?」
と、朝食会の際、味噌スープを盛大に吹き出していたワルツのことを思い出すユリア。
皆の前でスープを吹き出すという行為以上に失礼なことはそうそう無いはずだが……。
ワルツには普通に食べる気が無かったのか(?)、彼女はこれから行われる貴族たち――もといユリアの親族たちとの食事に、小さくないプレッシャーを感じていたようである。
「いや、朝だったら良いのよ?みんな、寝起きで頭が回ってない雰囲気が出てるから、多少の粗相なら見逃してもらえるかなー、って思うし……。だけど……夜だと、こう……みんな猛獣みたいに、こっち見てくるじゃない?昨日の会議室に押しかけたときなんかは、その典型例よね……」
「そりゃ、会議室に押しかければ、不機嫌そうな顔をされて当然ですよ……」
「まぁ、似たようなものよ。で、そんなわけだから、あんまり夕食会ってのは得意じゃない、ってわけ」
「色々と言いたいことはありますけど……ワルツ様は夕食会が嫌い、ってことは良く分かりました。じゃぁ……逆に、朝食会なら良いですか?もう1回はやってるんですし……」
ユリアがそんな当然の質問を口にした瞬間――
「…………えっ?」
と、固まるワルツ。
その反応を見て、その場にいた皆が苦笑してしまったのは、仕方のないことか。
◇
そして、その時はやって来た。
ワルツたちのところへと、メイドと思しきサキュバスが迎えに来て……。
彼女たちは、いよいよ、食事会場へと案内されたのだ。
「…………こちらでございます」
そう口にして、大きな扉の前で立ち止まるメイド。
その観音開きの扉の前には、兵士と思しき体格の良い執事が2人立っていて、ワルツたちが近づくと、うやうやしく頭を下げてから、その扉を――
ガチャッ……
ギギギギギ……
ゆっくりと開いた。
その瞬間――
「…………うん。帰る」
と、部屋の中を見て、撤退を即決するワルツ。
そこは、所々に丸いテーブルが置かれた、大きなホールになっていた。
机の上には、様々な種類の料理やフルーツなどが並び、その中央には何やらデザインの凝った飾りが置かれ……。
その周囲には、タキシードやドレスを纏ったインキュバスやサキュバスたちが、ワルツたちのことを今か今かと待ち構えていたようである。
その他、楽器を持った奏者たちが部屋の隅の方で目立たないように演奏し、沢山のメイドや執事たちが行き来して、部屋の床一面に真っ赤なカーペットが敷かれている……。
まさに、紛うことなき、貴族のパーティー会場だった。
その光景を見て、庶民派を自称するワルツは、思わず戸惑ってしまったようである。
そんな彼女の頭の中にあったのは、この先、自分たちのことを待ち構えているだろう未来。
すなわち、不特定多数の者たちから、質問攻めにされるだろう数分後の未来である。
自分たちが何者なのか、どこから来たのか、なぜここにいるのか、これからどうするのか……。
これから飛んで来るだろう貴族版5W1Hの雨嵐にどう答えて良いのか、ワルツには解らなかったのだ。
結果、彼女は、回れ右をして、その場から立ち去ろうとするのだが――
グイッ!
「お姉さま〜?逃げようったって、そうはいかないですよ?」
残念ながら、コルテックスに捕まってしまったようである。
この世界の普通の人間には、ホログラムの姿のワルツを捕まえることはできないが、彼女の構造に少なくない知識のあるコルテックスなら、造作も無いことだったようだ。
「も、もう……じゃぁ、透明になる!」ブゥン
「まぁ、逃げなければとりあえずは良いですけどね〜。でも、たまには真正面から皆さんの相手をしても良いのではないですか〜?私が皆さんの相手をするとどうなるのか〜、お姉さま、ご存知ですよね〜?」
「……う、うん。でも、それとこれとは別の話よ?私のストレスゲージがオーバーfl」
「あの……扉を閉めたいんですけど、入られないのですか?」
「「あ、はい。今、行きます」」
会場の扉の向こう側から問いかけてくるユリアに対し、姉妹揃って、そんな返答をするワルツとコルテックス。
こうして彼女たちは、シャッハ家が用意した夕食会――もとい、パーティーへと、参加することになったのである。
その際――
「…………ガンバルです!」
自分を言い聞かせるように、そんな言葉を呟いていた者がいたようだが……。
それに気付いた者がいたかどうかは不明である。
というわけで、シャッハ家の話は、マリー嬢の話で締めくくろうと思うのじゃ。
正直、親族全員に、新しい家族のことを紹介する必要は無いと思わなくもないのじゃが、貴族のしがらみのようなものがあるゆえ、紹介せねばならぬ……という設定なのじゃ?
まぁ、アーデルハイト(祖母)や両親に対して紹介せねばならぬのは、当然のことじゃから、そのついでに親族に紹介するというのは、自然な流れではなかろうかの。
はぁ……。
7月が今日で終わるのじゃ……。
早く、冬、来ないかの……。




