8.7-31 シャッハ家31
誤字を修正したのじゃ。
そして、町への入町手続きを――
「なっ?!何だこれは!なぜ、同僚たちが馬車の中に閉じ込められている?!」
「あ、急に襲われたので捕縛して、牢屋ごと運んできました」
――無事に済ませられなかったユリア。
どうやら、一部の馬車の中に、搬入を禁止されている類の荷物(?)が積み込まれていたようである。
ようするに、昨日、ワルツたちを襲ってきて、あっけなく捕まってしまったサキュバスやインキュバスの兵士たちが、馬車に詰め込まれていたのが、門番にバレてしまったのだ。
尤も、最初から隠すつもりもなければ、密輸(?)するつもりも無かったようだが。
「捕まえたって……2000人もか?!」
「えぇ。ウチには頼もしい仲間たちがいますので。……いや、そんな怖い顔をしないで下さい。怪我人も死人も出ていませんよ?それで、この人たちのことなんですけど……いらないので引き取って下さい」
といって、目の前にあった檻一体型馬車の扉を、おもむろに開けるユリア。
そして彼女は、中にいた者たちに対し、こんな言葉を投げかけた。
「さぁ、皆さん。街についたので、降りて下さい。皆さんのことは、ここで解放します」
その言葉を向けられた檻の中の兵士たちは、床に座り込んでいて……。
ユリアの言葉を聞いて、立ち上がろうとしたようである。
しかし――
「「「…………」」」どさっ
どういうわけか、彼らはすぐに腰を下ろしてしまったようだ。
そんな兵士たちの様子を見て、ユリアは怪訝そうな表情を浮かべながら問いかけた。
「あの、もしかして……具合が悪かったりします?」
彼女の眼からは、檻の中の兵士たちが、病気か何かで体力を奪われて、グッタリとしているように見えたらしい。
まぁ、今朝まで元気だった者たちから、急に覇気が失われている様子を見れば、そんな誤解を抱いても仕方ないことだと言えるだろう。
……しかしである。
どうやら、そういうわけではなかったようだ。
それは、馬車の中にいた1人の兵士が呟いたこんな言葉で、明らかとなる。
「……出たくねぇ」
「えっ?」
「ここ……すっごく、居心地がいいんだ……」
「「「…………」」」こくり
そして皆で揃って首肯する兵士たち。
対して、その言葉の意味が分からず、ユリアと門番の兵士は、思わず首を傾げてしまったようだ。
結果、彼女たちは、檻の中で深い溜め息を吐いていたインキュバスたちに対して、こんな質問を投げかけることになる。
「居心地が……良い?すみません、意味がよく分からないのですが……」
「お前たち、何を言ってるんだ?檻の中がそんなに好きなのか?」
すると――
「檻の中に入れば分かる……」
と、何かを悟ったような表情を浮かべながら、そんな言葉を呟く一人の兵士。
そんな同僚たちが、嘘をついていたり、冗談を言っているようには見えなかったためか……。
ユリアに同行していた門番の兵士は、こんな結論に達したようだ。
「……もしかして、本当に居心地が良いのか?」
彼はそう口にすると、まるで吸い込まれるかのように、フラフラと檻の中へと入っていった。
そして、彼の身体が檻の中へと入った瞬間――
「ふぁっ……」どさっ
彼もまた、檻に捕らわれてしまった(?)ようである。
もはや、ここまで来ると、インキュバスホイホイと言っても良いのかもしれない。
その光景を見て――
「あの……何やってるんですか?」
と、眉と眉の間に指を当てながら問いかけるユリア。
すると、彼は、幸せそうな表情を浮かべながら、仰向けになって、こう返答した。
「あたたかい……」
「あたたかい?あー、馬車を改造した時に、エアコンを付けましたからね」
「えあこんー?なんだそれはー……?ひとをダメにする魔道具かー?」ぽわー
「まぁ、その認識で間違っていないと思います。長距離移動に適した装備をしていない兵士の皆さんが、体調を崩さないようにと、コルテックスさ……我が主の1人が、配慮して取り付けたんですよ。感謝してくださいね?」
と口にしながら、どこか誇らしげな表情を浮かべるユリア。
すると、その言葉に何を思ったのか、そこにいた兵士たちが、皆揃ってこんなことを言い始める。
「俺……兵士、やめようと思う」
「奇遇だな……」
「ここにいれば、うまい飯も出るし、気持ちがいいし……」
「そうだなー……あとで、辞表を出してこようと思う……」
その様子を見て――
「(すごい中毒性ですね……。もしかして、私もエアコンのありがたみを初めて知った時も、こんな感じの反応をしていたのでしょうか……)」
と、ミッドエデンの王都にワルツから自室を宛てがわれて、初めて部屋に入った際の、自分の表情を想像するユリア。
しかし、兵士たちをそのまま檻の中に放置しておくわけにもいかず……。
彼女が、どうしようか、と考えあぐねていると――
「どう?ユリア。手続き、終わりそう?」
人をダメにする魔道具『エアコン』をこの世界に齎した元凶(?)であるワルツが現れた。
「すみません、まだ終わってないんですよ……。皆さん空調が気持ちよすぎて、外に出たくない、と駄々を捏ねてまして……。もうすこし時間がかかりそうです」
「は?」
「いや、見てくださいよ、この体たらく……」
「「「「…………」」」」ぐてー
「ははーん。なるほどねー。じゃぁ、こうすれば?」にやり
そう言って、怪しげな笑みを浮かべながら、馬車の下部に付いていたダイヤルを、思い切り反時計回りに回すワルツ。
その瞬間――
ブォォォォォン!!
という、轟音を上げながら、空調用のコンプレッサが猛烈な勢いで回り始め――
「「「「うおぉぉぉぉ!?」」」」
と、馬車の中から、なにやら雄叫びのような、悲鳴のような、そんな声が聞こえてきた。
その直後、ガクガクと震える兵士たちが、次々と馬車の中から飛び出してきたようである。
「……なるほど。その手がありましたか」
「あるいは、暖房を全開にするって方法もあるかもしれないけど……死人が出るかもしれないから、程々にね?」
「分かりました。早速、その方法を試させてもらいます!」
と言って、納得げな表情を見せるユリア。
それから彼女は、まるで鬼が宿ったかのように、兵士たちのことを、檻から叩き出すことになるのだが……。
その背景には、作業を早く終わらせたかったこと以外に、ワルツからこんな指示があったことも、大きく影響していたようである。
「それが終わったら、シラヌイの行方探しをするわよ?それも最優先でね?」
「何かあったんですか?」
「もしも彼女がこの町にいないとなった場合、ここから更に離れた場所まで、移動しなきゃならないからね」
「離れた場所?」
「うん。ベガんところの国……アルボローザっていったっけ?ここのボレアスとアルボローザの国境を少し超えたところに、シラヌイの故郷があるって話じゃない?カタリナがユキに聞いた、って言ってたんだけど……」
「……彼女が自宅に帰ってるかもしれないから、迎えに行く、と?」
「うん、だいたいそんな感じ。だけど……流石に、ゆっくりと旅してる暇は無いから、本気で移動しようかな、って思って」
「そういうことですか……」
と、事情を把握した様子のユリア。
こうして彼女は、手続きの速度を優先するために、容赦なくエアコンのレバーを左右へと捻っていったのである。
その結果、馬車の列からは、断末魔のような叫び声が所々で上がっていたようだが、そこには偶然と言うべきか、それとも必然と言うべきか……。
回復魔法を自由に操ることのできるカタリナがいたこともあって、かろうじて死人だけは出なかった、と述べておこうと思う。
……いやの?
物語とは全然関係ないのじゃが、昨日、温泉に行くという話をしたじゃろ?
あれのう……行ってきたには、行ってきたのじゃが、やはり、この時期に温泉は入るべきではなかったと、今になって後悔しておるのじゃ。
……蚋の奴め……。
執拗に妾のことを追いかけおって……。
というか、刺されたがの……。
まぁ、それについては、慣れておるゆえ、蚊に刺されるよりもダメージは大きくないのじゃ。
そんなことよりも遥かに大きな問題が、妾に襲い掛かってきたのじゃ。
……暑い……。
暑いのじゃ……。
今は問題ないのじゃが、昨日の夜は熱中症直前の状態だったような気がしなくもないのじゃ。
一応、予想はしておったのじゃが、予想以上だったというか……。
この時期に温泉に入りたくば、高山かロシアに行くしか無いのかも知れぬ……。
というわけで。
リフレッシュどころか、物理的にも精神的にもダメージを負ってまで、温泉に入ってきた今日このごろなのじゃ?




