8.7-29 シャッハ家29
カオス注意、なのじゃ。
「ごめんごめん!遅くなっt…………なにこれ……」
まるで絨毯爆撃にでも遭ったかのように、荒れ果ててしまっていた街道の姿を見て、思わず言葉を失ってしまった様子のワルツ。
そこでは、大きなクレーターが硬いはずの道路を穿ち、黒く焦げた馬車(?)が路肩で傾いていて、少なくない人々が地面に伏せていた……。
そんな光景を見て、言葉を失わない者がいるというのなら、それはきっと、すべての出来事を知っているか、戦場に慣れているか、あるいはそれを引き起こした本人か、のどれかではないだろうか。
「すみません……調子に乗りすぎました……」
口を開けて、ポカーンと固まっていたワルツの元へと、頭を下げながら現れるシルビア。
そんな彼女は、真っ白な翼と、真っ白な髪色になっていて……。
天使化して投石した、そのままの姿だったようである。
ワルツは、シルビアのその見た目と、傷だらけの兵士たち、それにクレーターの中心に埋まったこぶし大の石を見て、すぐに事態を察したらしく……。
呆れたような表情を浮かべると、再びその口を動かし始めた。
「何?もしかして、またサキュバスたちに襲われたわけ?」
「いや……あの……襲われたといえば、襲われたんですけど……襲われてないと言えば、襲われてないというか……」
「……ごめん、ちょっと何言ってるか分かんないんだけど……」
と、自身の問いかけに、しどろもどろな様子で答えるシルビアに対し、思わず首を傾てしまうワルツ。
すると、そんな先輩情報局員のことを見かねたのか……。
シルビアと行動を共にしていたリサが、彼女の代わりに事情を代弁し始めた。
「実は、勇者と一部の兵士たちが戦闘を始めたのですが……先輩、それを止めようとして石を投げたんです。そうしたら、こんなことに……」
「……私だから理解できるけど、それ、何も知らない人が聞いたら、きっと意味分かんないでしょうね……。石を投げた側が襲われる、ってならよくあるパターンだと思うけど、石を投げたら勇者や兵士たちが全滅したとか……」
「すみません……」しゅん
と、言って元の黒を基調とした姿へと戻りながら、謝罪の言葉を口にするシルビア。
すると、その場に――
「いえ、私は無事ですよ?」
土埃を浴びて、少々メイド服が汚れてしまった様子の勇者が、愛用の鉄パイプを片手に現れた。
「貴方、大丈夫なの?普通、シルビアのメテオストライク(?)の直撃を食らったら、身体に風穴が開くか、爆散してもおかしくないと思うんだけど?」
「えぇ。そこは運良く当たりませんでした。きっと、シルビア様が、気を使ってくれたのでしょう」
「は、はい……。一応、直撃しないように、注意していたつもりでしたので……」しゅん
と、シルビアは、申し訳無さそうな表情で首肯してから。
彼女は勇者の方へと向き直ると――
「すみませんでした!」
深く頭を下げて謝罪した。
先程まで、喜々として投石していたはずの彼女だったが、その心の何処かでは、一応、良心の呵責があったらしい。
まぁ、天使の姿をしていた割には、随分と小さな呵責だったようだが。
「いえいえ、構いません。私を害しようとして投石していたわけではないことは分かっていますので。むしろ、多勢に無勢な状態を助けていただいたのですから、こちらが感謝の言葉を口にすべきです。シルビア様、ありがとうございました」
と言って、柔らかく微笑みながら、その頭を下げる勇者。
そんな彼に――
「……貴方、本当に男よね?」
「あれ……なんか……勇者様が天使に見える……」
「……見直しましたよ。勇者某……」
と、それぞれに、感想を呟く少女たち。
それからというもの、彼女たちの中では、勇者という存在が、色々な意味で大きく変わっていったとか、いかなかったとか……。
◇
ワルツがやって来てから間もなくして、その場にユリアもやって来た。
彼女は到着するや否や、忙しそうに、馬車の周囲を周りながら、『団体向け入町手続き』の書類に記入を進めて……。
皆がウェスペルの町に恙無く入れるようにと、準備を始めたようである。
そんな彼女と共に、町からはヌルもやって来ていた。
もちろん、彼女の妹であるユキCも一緒である。
そんな彼女たちの目的は――
「ツヴァイ!無事だったのですね?!」
馬車に残っていた彼女たちの姉妹――ユキBの出迎えのようだ。
……しかしである。
そこにいたツヴァイは、何やら忙しかったようだ。
「……ドライ。再会の喜びを分かち合いたいのは山々ですが、今は、ちょっと取り込んでいますので、少しだけそこで待っていてくれませんか?すぐに終わらせますので……」
「えっ……あの……ツヴァイ姉様がそうおっしゃるなら……」
と、感極まって抱きつこうとしたところで、静止を求められたために、両手を開いたままの姿で固まるユキC――もといドライ。
その視線の先では、姉が――
「…………絶対、諦めねぇ……」
馬たちの手入れをしていたロリコンと、睨み合っていたようである。
その様子を見て――
「……ヌル姉様?ツヴァイは、一体、何をしているのですか?まさか、この男に気が……」
「いえ。多分、違うと思います。おそらくは……そうですね、見ていれば分かるでしょう。おそらくは不毛なやり取りだと思うので、見ていても仕方ないかもしれませんが……」
「はあ……」
と、中途半端な姉の説明に、微妙そうな表情を浮かべるドライ。
そんな彼女たちの視線の先では、一触即発な空気を漂わせたツヴァイとロリコンが、未だ、お互いに視線を逸らさず……。
ジッと睨み合っていた。
雰囲気としては、縄張り争いをする猫、と言ったところだろうか。
ただ、2人が争っていたのは、少なくとも縄張りでは無かったようである。
まぁ、遠からず近からず、といった所だったようだが。
「……あの2人から手を引きなさい、ロリコン!」
「お前……俺から、生き甲斐を奪う気か?!」
「いやらしい目であの子たちを見るなんて……。私のイブちゃんとマリーちゃんが、汚れてしまいます!」
それを聞いて――
「……あの、ヌル姉様?ツヴァイ姉様……頭がおかしくなったのですか?」
1個上の姉が、自身の手の届かないくらい遠くに行ってしまったような気がしたのか、思わず震えながらヌルに問いかけるドライ。
それについては、ヌルも同じことを考えていた(?)らしく、彼女は首を振って、こう返答した。
「頭がおかしくなったかどうかは、なんとも言えませんが……ツヴァイを回収してからと言うもの、彼女は常にこんな感じですよ?」
「えっ……前はそんな……特殊な趣味は無かったはずなのですが……」
「…………?そうですか?」
と、妹の言葉になんとなく違和感を感じたのか、首を傾げながら返答するヌル。
そんな彼女は、イブやローズマリーのことを愛でようとするツヴァイのことを、肯定的に捉えていたようである。
まぁ、少々、行き過ぎ感は否めないが、ユキBの性別を考えるなら、ロリコンの危険な趣味(?)と違って、まだ社会的に許容できる範囲内にある、と言えなくもないだろう。
……しかしである。
どうやらツヴァイの言動は、妹のドライにとって、許容できる範囲を、大きく逸脱していたようである。
結果、彼女は、まるで縋るように、ヌルへと迫って、こう言った。
「ヌル姉様!手遅れになる前に、誰か良いお医者様に見てもらったほうが良いと思います!」
「えっ……?」
「少なくとも数週間前のツヴァイには、こんな特殊な趣味はありませんでした。これはきっと……私たちが見ていない間に、ツヴァイのことを、とてもつらい出来事が襲ったに違いありません……!」
「えっ……いや……ドライ?あなた、何か勘違いしt」
「……分かりました!私がツヴァイの目を覚まさせます!」
と何を思ったのか、覚悟を決めたような表情を見せるドライ。
それから彼女は、フーッ、とロリコンのことを威嚇していたツヴァイの小さな背中を――
ギュッ……
と、後ろから抱きしめると……。
どうして抱きしめられたのか分からずに唖然として固まっていたツヴァイや、何故か頭を抱えていたヌル、それに怪訝な表情を浮かべているロリコンを前に、こんな諭すかのような言葉を口にし始めた。
「ツヴァイ姉様?もう、我慢しなくて良いのです。すべてはもう終わったことなのですから……」
「…………?」
「(なんだこいつ……?)」
「あの……ドライ?一体、何をして……」
「それでツヴァイ姉様?一体、どの子なんですか?その……イブちゃんや、マリーちゃんという子は……」
そう言って、馬たちの方へと目を向けるドライ。
なお、念のため述べておくが、彼女は今日初めて、ワルツたちの馬車の車列を見たので、まだ1度もローズマリーと顔を合わせたことはない。
また、イブについては、数ヶ月前に1度だけ顔を合わせたことがあるものの、近くにいたワルツたちの印象がかなり強かったはずなので、恐らく記憶には残っていないことだろう。
その結果、ドライが、誰のことを、『イブ』や『ローズマリー』だと思ったのか……。
もはや明言するまでもないだろう。
ヒヒィン!!
いやの?
もう少し書き方があるとは思うのじゃ?
ちゃんと整理して、もっと時間をかければ、の?
じゃが、残念なことに……妾にそんな余裕は無いのじゃ。
じゃから、どうか……脳内で再構成して……ほしいのじゃ……zzz。
zzz……あ、そうそう。
一つだけ補足しておくのじゃ。
ドライがツヴァイのことを、『姉様』と呼ぶことがあったりなかったりするのは、表現のゆらぎではなく、わざとなのじゃ?
ツヴァイ以下は皆、横並びの関係じゃから、別に呼び捨てて呼んでも、なんの問題もないからのう。
……という設定なのじゃ?
……zzz。




