8.7-20 シャッハ家20
「……シラヌイ。無事だったのね……」
設計図に書いてあった名前を見て、安堵のため息を深く吐くワルツ。
その設計図は、古い日付のものではなく、ごく最近書かれたばかりのもので……。
つまり、シラヌイは、ミッドエデンを離れてから、無事にここへとたどり着いた、ということになるだろう。
どういった経緯があって、サキュバスたちに協力することになったのかは不明だが、少なくとも、彼女はまだ無事だったようである。
それから、他に、シラヌイに関する情報がまだ部屋の中に残っていないかと、ワルツが物色を再開しようとした――そんな時。
ガチャッ……
「いやー、ひでぇよな……」
「あー、まったくだ。屋根の応急修理してたら、やんなくていいから武器作ってこいって……人使いが荒いぜ……」
「んだんだ。っていうか、何で屋根、吹き飛んだんだ?」
ここで働いている者たちなのか、ドワーフたちが数名、部屋の中へと入ってきた。
おそらくは、ザパトの町方面から出稼ぎ(?)に来ている者たちなのだろう。
「(……おっと。探索に夢中になりすぎて、人が来たことに気づかなかったわー)」
と、そもそもからして、人が来るかもしれないという警戒すらしていなかった様子のワルツ。
それにはいくつかの理由があるのだが、最も大きな理由は、偵察していた彼女自身の姿が、そこに無かったことだろうか。
だたしそれは、姿が透明になっていることについての話ではない。
人に合わせて作られたその部屋の中にワルツが入るのは、転移魔法を使うか、入り口を壊して入る以外、物理的に不可能だったので、彼女の本体である機動装甲は、依然として建物の外にいたのである。
つまり、彼女は、物理的に、部屋の中にいなかったのだ。
「(んじゃ、この件は後で詳しく調査するとして……次、行ってみようかしらね?)」
と、長い内視鏡のような探査プローブを、建物の内部から回収して、次なる目的地を見定めるワルツ。
そんな彼女の本体は今、建物の上部にあって、そこからは周囲の建物が一望できたようだ。
そこに見える建物の中で、彼女が次なる目的地として選んだのは――
「(やっぱ、アリサ……いえ、アーデルハイトん所かしらね?)」
ユリアの祖母、アーデルハイトがいるだろう建物だった。
なお、アーデルハイトの行動を根に持っていて、腹いせに嫌がらせをしに行く、というわけではない。
「(裏で変なこと考えてなきゃいいけど……)」
つまり、彼女がしっかりとエクレリアに対抗する手段を講じるべく動いているか、それを確認しに行く、というわけである。
もしも、そうでないとするなら、ワルツたちがこの町に留まる必要性はまったく無いのだから。
「(やっぱり今も、あの半壊した建物にいるのかしらね?)」
と、屋根が無くなって、屋上(?)で会議室がむき出しになっている建物を見据えるワルツ。
その建物には、他にも大量に部屋があって、吹き飛んだ階とは別の階にも、他にも大きな会議室がありそうな雰囲気だった。
それを見たワルツは、音もなく浮かび上がると……。
チラホラと人が見え隠れしていたその建物へと、飛行を始めたのである。
◇
それからすぐにアーデルハイトと、彼女の部下と思しきサキュバスたちの姿を見つけたワルツ。
結果、彼女は、建物の内部に探査プローブを滑り込ませて、彼女たちが何を話しているのか確認しようとしたのだが――
「うーわ。やっぱ聞かなきゃ良かったわー……」げっそり
そのやり取りの内容を聞いたワルツは、脳内だけでなく、実際に呟いてしまった。
どうやらサキュバスたちの会話の内容が、ワルツにとって、ひどく受け入れ難いものだったようである。
そんな彼女の本体である機動装甲は、先程の魔道具生産工房と同様に、建物の外側に浮かんでいて……。
彼女が独り言を呟いても、建物の内部には決して聞こえないはずだった。
……そのはずだったのである。
「……ん?今、ワルツ様の声が聞こえたような……」
「…………?!」びくぅ
アーデルハイトが思った以上に鋭かったために、建物の外で、思わず身構えてしまうワルツ。
とはいえ、ワルツがいたのは、建物の壁を何枚も超えた先にある屋外だったので……。
恐らく、アーデルハイトにはワルツの声が届いておらず、彼女は第7感のようなもので、ワルツの接近を感じ取ったのかもしれない。
まぁ、それは置いておいて。
ワルツは、アーデルハイトのそんな直感の鋭さを、あまり重要視していなかったようである。
それ以上に懸念すべきことが、他にあったのだ。
「(まずいわね……。早くこの町から退散したほうが良いかもしれないわね……)」
と会話の内容を聞いて、真剣にそんな検討を行うワルツ。
なにやら、彼女が本気で撤退を考えるほどのとんでもない事態が、会議室の中で展開されていたようである。
それは、アーデルハイト本人を含めた、こんなサキュバスたちの会話から推測できるのではないだろうか。
「あの……アーデルハイトさま?差し出がましいようですが、それはサキュバスの領分では……」
「いえ……。これはもはや、サキュバスだの、インキュバスだのと言っている場合の話ではないのです。身体の奥底から湧き上がってくる、この甘酸っぱい感覚は……恋!」
「「「はあ……」」」
「(うわぁ……帰りたい……)」
ようするにワルツは、アーデルハイトの言葉を聞いて、身の危険(?)を感じたらしく、直ちにこの場から――いや、この町から立ち去ろうか、と本気で悩んでいたのである。
しかしワルツは、その場からすぐには立ち去ろうとせず……。
何かを考え込み始めたようである。
「(……ここで逃げ帰ったら、本当に取り返しのつかない事態になりそうよね……)」
つまり、このままアーデルハイトたちを放置しておくと、後で大変な目に遭うかもしれない、というわけである。
「(……仕方ない。隠れて聞いてるだけにしようと思ってたけど、直談判するしか無いわね……。っていうか、何でアリサ、そんな恋だの何だの、って急に言い始めたのかしら?怒りはしたけど、別に、好意を持たれるようなことをした覚えはないんだけど……。あと、考えられるとすれば……格好?もしかして、いつも通りの格好が悪いのかしら?)」
たった一人で複数人を相手に喋るのは苦手なはずのワルツだったが、より最悪な未来が待っているかもしれないことを考えた結果、人が苦手だ、などと言っていられなくなったようである。
「(ユリアの親族だから……やっぱ変な趣味とかあるのかしらね?血統の可能性も否定は出来ないわよね……。ということは……女性っぽい格好で出るのは止めておいた方が良さそうね)」
と、ワルツは頭の中で考えて……。
まもなくして、結論が出たようである。
「うん、これで行こ!」
そう口にして、探査プローブの先に意識を集中させるワルツ。
そして、彼女単独で、アーデルハイトへの物言いが始まったのである。
……何度でも言うのじゃ?
夕食に炭水化物は止めておいたほうが良い、と……。
特に麺類はダメだと思うのじゃ。
もう、眠くて、集中できなくて……ゲッソリなのじゃ……。
というわけで。
ワルツから触手が……!
いや、単なる探査プローブなのじゃがの?
先端にカメラとマイクと、ついでにスピーカーとプロジェクターが付いておるのじゃ。
以前、光ファイバーが云々という話を書いたと思うのじゃが、その光ファイバーは、この探査プローブの部品だった、というわけなのじゃ。
段々と、ワルツの機動装甲の秘密が暴かれておるわけじゃが、あと説明しておらぬのは、なぜホログラムに触れられたり触れられなかったりするのか、ということと……それと、もう一つくらいかの?
……え?反重力システムのメカニズムが知りたいじゃと?
…………zzz。




