8.7-09 シャッハ家9
襲ってきたサキュバスたちに回復魔法を掛けてから。
彼らに話しかけることもなく、その場に放置したワルツたち。
それから彼女たちは、とある場所へとやってきた。
道中で拾ったサキュバスの少女、アリサが1人だけで住んでいるという小さな村、キプカである。
「ここです!」
「村……村ねぇ……」
その様子を見て、微妙そうな表情を浮かべるワルツ。
そこにあった村は、決して裕福とは言えない様子で、規模もそれほど大きくなく、家が数件点在する程度の小さな集落だった。
ミッドエデンにあるアルクの町が、まだ『村』だったころの、およそ1/10程度の大きさ、といったところだろうか。
「なんかすみません……。こんなヘンテコな場所に連れてきちゃって……」
「いや……こっちこそ、なんかごめん……。適切な感想が言えなくて……」
と、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、2人揃って、お互いに謝罪の言葉を交わすアリサとワルツ。
その後でワルツは、その場に居た堪れなくなったのか、村の中へと歩き始めた。
そんな彼女たちがここまで乗ってきた馬車は、今、ここには来ていない。
村(?)が思いのほか小さかったこともあって、村の近くの街道沿いに止まっている。
なお、一行はその場所で、今日の野営をする予定である。
村の中に宿屋が無かった上、家主も不在だったので、村の家々を宿代わりに使うわけにはいかなかったのだ。
尤も、家主たちがいたとしても、何人いるのかすら定かでない一行全員が村に停めてもらうというのは、到底不可能な話だが。
まぁ、それはさておいて。
「(ふーん。冬だけど、このくらいの気温なら、野菜、育つのね)」
と、村の中にあった畑や、そこに生えていた野菜を観察するワルツ。
以前、ヌルが話していた通り、この地方は、隣接するアルボローザ王国から流れ込む温かな空気の影響で、冬でも雪が降らず、比較的温暖な気候だった。
具体的な数値を挙げるなら、冬の最低気温でも、摂氏3度前後である。
そのためか、畑には白菜のような植物が生えていて、冬でも収穫できる様子だった。
おそらく村に住んでいる住人たちは、この野菜をキャラバンなどに売って、生計を立てているのだろう。
その様子を見て、ワルツは、ふと、こう口にする。
「日当たりも悪くないんだから、温室栽培でもすればいいのに……」
その言葉を聞いて、ワルツの後ろから付いてきていたアリサが、不思議そうに問いかけた。
「おんしつさいばい?」
この世界では、農業技術が発達していなかった事もあってか、どうやら彼女は温室の存在を知らなかったらしい。
あるいは、どこかで温室栽培の技術は開発されているかもしれないが、キプカの村のように、辺境の辺境と言っても過言ではない場所に位置する村には、その情報が伝わって来ることはないのだろう。
そのアリサの質問に対して返答したのは、更にその後ろから付いてきていたユリアだった。
「温室栽培というのは、透明なガラスのように太陽光を遮らない素材を使って部屋を作り、その中で植物を育てる、という農作の方法です。例えば……冬、暖房を付けずに家の中にいると、たしかに寒いかもしれませんが、外よりは温かいですよね?そんな感じで、植物のために家のようなものを作って、その中で野菜を育てるんですよ。そうすれば、冬でも夏の野菜が育ちますから」
それを聞いて――
「……あの……もしかして、お二人は……学士様だったんですか?」
と、質問するアリサ。
どうやら彼女にとって、ユリアのその説明は、想像を超えた場所にあった話だったようである。
するとユリアは、その質問に対し、迷わず首肯しようとするのだが、それを見たワルツは、ユリアが口を開く前に、首を振って否定する。
「ううん。違うわよ?」
「そうで…………えっ?」
「いや、確かに、私やコルテックスが、貴女たちに、色々と教えてるかもしれないけど、別に私もあの娘も、学位なんてものは貰ってないし。それに私たちは、単に知識があるってだけで、自分で新しいことを発見したわけじゃないから、学士を名乗るのは、お門違いだしね。まぁ、私たちから知識を学んで、そこから先を発展させようとしてる貴女やカタリナとかなら……学士を名乗っても良いかもしれないけどさ?」
「それって……謙遜ですか?」
「ううん。本気」
ワルツのその言葉を聞いて――
「……アリサさん。どうやら私たちは、学士ではないようです」
と、直前とは意見を変えた様子で否定するユリア。
そんな彼女の言葉を聞いて、アリサは難しそうな表情を浮かべると、どこか意を決した様子で、2人に対してこう言った。
「でも、冬に夏の野菜を作るための知識なんて、誰も知らない禁断の魔法みたいなものなんじゃないですか?頭の悪いあたしにはよく分かんないですけど、この時期に夏の野菜が売ってるなんて、聞いたこともないですし……。それに……さっきのこともそうです。あんなに沢山いた兵隊さんたちを、たった一人だけでやっつけてしまうなんて、普通の方々とは思えません。それに、ドラゴンたちのことも従えているようですし……。ユリアさん!貴女、何者なんですか!?」
「(えっ?私は?)」
と、自分のことを通り越して、ユリアへと質問が飛んでいったことに、内心で首を傾げてしまうワルツ。
一方で。
ユリアはその質問に対して、難しそうな表情を浮かべると、顎に手を当てながら、短くこう答えた。
「私が何者か?……サキュバスです」
「えっ……」
「では、逆にアリサさんに質問しましょう。アリサさんは何者ですか?」
「えっ……?」
まさか、逆にユリアから質問が飛んで来るとは思っていなかったのか、その返答に戸惑ってしまった様子のアリサ。
ただ、それを問いかけたユリアにとって、アリサのその反応は、想定内のことだったようである。
「……この村の出身のサキュバス。推定年齢15歳。家族構成は両親と兄の合計3人。現在、事情があって一人暮らし中。……アリサさんが何者なのかを説明すると、そんな感じになりますよね?」
「はい……」
「それについては、私も同じように説明できます。……この地方出身のサキュバス。年齢……秘密です。家族構成、両親の2人だけ。ワルツ様と婚約関k」
「おっと。どさくさに紛れて、ガセ情報を流すのは無しよ?」
「……と、私が何者であるかは、説明できますが、それを聞いてアリサさんは納得できますか?私は単なるサキュバスです。それ以外の何者でもありません。まぁ、強いて言うなら……」
と、少しだけ間を置いて――
「……徴兵されて、役立たず、と烙印を押されたために、この地から追い出されてしまったサキュバス、ということくらいでしょうか……」
と言って、どこか寂しそうな表情を浮かべながら、眼を伏せるユリア。
結局、最後まで、ユリアが自分の正体を明かすことはなかったが、ただ、彼女の言葉は、アリサにとって、十分に満足できる説明だったようである。
アリサが直接、感想を口にしたわけではないが、彼女が浮かべていたその表情が、その証拠であると言えるだろう。
諸事情により、余裕が出来るまで、あとがきの駄文はお休みさせてもらうのじゃ。




