8.7-08 シャッハ家8
諸事情により、もしかすると、修正しきれておらぬかもしれぬのじゃ……。
ドゴォォォォォン!!
と、大きな音や黄色い閃光、それに激しい爆風を上げて、燃えがったワルツたちの馬車。
それが合図だったのか。
丘陵地帯の至る所から少なくない数のサキュバス、インキュバスたちが現れて、皆一斉に魔道具を抱えると――
ドドドドドド!!
彼らは、そこから、連続で弾体を射出し、他の馬車へと攻撃を始めた。
……それは一方的な蹂躙にしか見えなかった。
遠距離からの攻撃に反撃できない者たちに対して浴びせかける、飛び道具による攻撃の雨嵐。
例えるなら、エクレリア者たちが、銃を持たない人々を攻撃するのに近い光景だった、と表現できるかもしれない。
どうやら、彼らは、エクレリアに対抗するために、長距離での攻撃が可能な魔道具の調達に成功していたようである。
それがどこで作られて、そしてどの程度の数があるものなのかは不明だが、その武器を使えば、エクレリアの侵攻に対し、有効な攻撃手段になりうるのではないだろうか。
……ただし。
それは、エクレリアが相手の場合の話。
目には目を、歯に歯を、銃には銃を、が成り立つ場合に限った話である。
しかし、そこで攻撃を受けていたのは、文字通り異次元の科学と知識によって、急激な発展を遂げるミッドエデンの者たちが率いる馬車の列。
もしも彼女たちと戦うというのなら、最低でも『重力』を操れなければ、話にすらならない、と言えるだろう。
実際、炎に包まれたままでも止まることがなかったワルツたちの馬車の列からは、こんな声が聞こえてきていた。
「……誰、行く?」
「愚民どもに、ワルツ様を攻撃したことがどれだけ愚かしいことなのk」
「……ヌル様?ここは私にまかせてもらえませんか?」
「あ、はい……」
その瞬間――
フワッ……
と、馬車の列を包み込んでいた炎が、まるで幻だったかのように掻き消えて。
そこから一人の女性が現れた。
褐色の肌、濃い紫色の髪、そして黒く薄い膜でできた翼を持ったサキュバス――ユリアである。
その姿を見た途端、一度は攻撃の手を止める尖兵たち。
しかしそれも、一瞬のこと。
その後で彼らは、馬車ではなくユリアに向かって――
ドドドドド!!
と、集中砲火を初めた。
そして、空中に真っ直ぐな線を引くかのように、周囲の者たちから放たれた弾幕は、ユリアの身体を捉えた瞬間――
ドゴゴゴォォォォォン!!
と大きな音と閃光を上げて、猛烈な勢いで爆ぜる。
その際、サキュバスたちの中の少なくない者たちが、にやりと口元を釣り上げていたのは、身の程も知ら無さそうな間抜けなサキュバスのことを嘲笑したためか。
……まぁ、彼らの余裕も、そこまでの話だったようだが。
ブォォォォォ……
ユリアが炎に包まれた途端、周囲にあった丘の上を、少し強めの風が吹き流れる。
その風が何かにあたって、気流に渦を発生させ、そして唸るような音を上げた。
例えるなら、嵐の日に外を吹き荒れる風の音に近かった、と表現できるだろう。
とはいえ、それは単なる風のはず。
誰かが傷つくようなものではなかった。
所詮、風は風。
実体が無いと表現しても差し支えのない、その空気の分子の流れは、人の身体に触れたところで、避けるようにして、ただ流れていってしまうだけなのだから。
……そう、秒速30m(時速108km)で丘陵を流れていったその風に、実体がなければ。
ドゴゴゴゴゴゴ……
「うぎゃっ!」
「へぶっ!」
「ぐぎゃっ!」
風が吹き抜けた途端、まるで潰れたカエルのような悲鳴を上げるサキュバスやインキュバスたち。
彼らは、あたかも見えない壁にぶつかったかのように、右から左へと強制スクロールしていった。
そんな仲間たちの姿を見ていた他の者たちは、ただ見ているだけでなく、必死になって避けるか、あるいは飛んできた仲間たちをどうにか受け止めようとしていたようである。
だが、風に擬態した見えない壁は、そんな彼らすらも無慈悲に――
「ぶへっ!」
「んぎゃっ!」
「ぶはっ!」
――残らず潰していった。
そして、数秒たらずで、ワルツたちが乗った馬車を中心に、風が反時計回りに一周すると、無傷なサキュバスとインキュバスは、誰一人としていなくなってしまったのである。
その後で。
今まで炎と煙に包まれていたユリアが、その中から透明な球体を纏った状態で、無傷な姿を見せると。
彼女は、依然、強制スクロール状態だったサキュバスやインキュバスたちに向けた眼を細めながら、まるで何かを握るかのような仕草を見せた。
すると、一点に集まって、その場の地面へと崩れ落ちていくサキュバスとインキュバスたちの大群。
その際、彼らを包み込むようにして、薄っすらと巨大な手が見え隠れしていたのは、彼らを襲った惨事がユリアの幻影魔法によって引き起こされたものだったためか。
そして、まともに動ける者がいなくなったのを確認してから、ユリアは近くの馬車に向かってこう言った。
「ワルツ様?終わりましたよ?あと、ルシアちゃん?出来ればでいいので、彼らに回復魔法を掛けてもらえませんか?一応、彼らも、ボレアスの貴重な戦力なので……」
「う、うん!いいよ?」ドゴォォォン
「ホント、貴女って、理不尽な存在よね……」
馬車の列を襲ってくるものがいなくなったことを確認してから、車列に被害が出ていないかを確かめるために、一旦馬車を止めて。
そして、その幌の上で空を見上げながら、そこにいたユリアに向かって、そんな感想を口にするワルツ。
それを聞いたユリアは、すぐに何かを言い返したかった様子だったが、しかし一旦言葉を飲み込むと。
代わりに、短くこう口にした。
「はい!」
そしてにっこりと笑みを浮かべるユリア。
彼女の笑みには、どんな意味が含まれていたのか。
それにはきっと、ワルツの役に立てたことに対する喜び以上に、彼女にしか分からない特別な意味があったに違いない。
そんなユリアの他を圧倒する戦闘には、彼女が引き取ったサキュバスの少女ローズマリーや、情報部の新入職員(?)であるリサも、熱い視線を向けていたようである。
「リサ様?あれ、どんな魔法だったですか?」きらきら
と、隣で空を見上げていたリサへと質問するローズマリー。
すると、リサは、何故か申し訳無さそうな表情を浮かべながら、自身が知っている情報を口にし始めた。
「ごめんね、マリーちゃん。実は私もよく分かっていません。上位の幻影魔法じゃないか、っていう話も聞きますが、個人的な見解としては……多分、違うと思うんですよね……」
それを聞いたローズマリーは、少し困ったような表情を浮かべながら、こう返答する。
「そうですか……。マリー、空を飛ぶか、包丁を使うかしか、取り柄がないですけど……頑張ればユリアお姉ちゃんみたいになれるですかね?」
「努力すれば、何でも夢は叶うと思いますよ?というか……奇遇ですね?実は私も、空を飛ぶか、ナイフを使うしか取り柄がないんですよ」ぷるぷる
「お、おっと、シルビア!?リサがナイフを持って発作を起こしてるわよ?!ってまだ、発作、治ってないわけ?!」
「えっ?あ、ホントだ。どーどーどー……落ち着いて?新入りちゃん……」
と、馬車の中が急に騒がしくなったことで、外にいたユリアやサキュバスたちから一斉に馬車の中へと視線を戻す一行。
その結果。
誇らしげな表情を浮かべていたユリアは、馬車の外に、一人、取り残されることになるのだが……。
それでも彼女がその表情を崩さなかったのは、その地に流れる温かな風を感じていたから、というわけではなさそうである。
時間が無いのじゃ!
というわけで、今日はあとがきをショートカットして、あっぷろーどするのじゃ?
今日、書いておって引っかかった部分については、活動報告の方で書こうと思うのじゃ。
ただし、意識を失わなければ、じゃがの?
……あー、結局、魔眼と幻影魔法……まぁ良いか。




