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8.6-35 ザパトの町20

「えーと?金が5トンで、白金が1トン?それに、銀だかミスリルだかよくわかんないのが3トンに、鉄が30000トン?で……似非(エセ)ダークマターが1000トン、か……。要らないわね、ダークマター」


「えっ……」


午前中だけで鉱石の採掘に満足した後。

精錬した戦利品(?)の内訳を確認していたワルツとルシア。


その際、ワルツは、採掘で得られた大量の黒い物体『ダークマター』を見て、微妙そうな表情を浮かべていたようだ。

どうやら彼女は、ダークマターのことが、お気に召さなかったらしい。


「でもこれ、高く売れるらしいよ?」


「んー、でもさ?それなら、鉄を精錬した時に一緒に出てくるオリハルコンを売ったほうが、コスパ的に良くない?それも圧倒的に。それに、ダークマターって、オリハルコンの劣化版みたいなものらしいし……っていうかそもそも、コレ、ダークマターじゃないし……」


「えっ……ダークマターなのに、ダークマターじゃないの?」


と、姉が何を言い出したのか分からず、混乱するルシア。

そんな妹の発言には、逆にワルツの方も混乱していたようだが、彼女は気を取り直すと、本物の方のダークマターについての説明を始めた。


「この世界の人たちにとっては、これがダークマターなんでしょうね。でも、私たちの世界で『ダークマター』って言ったら、目には見えなくて、重さだけがあって……でも手には触れられない、良く分からない存在のことだったのよ」


「眼には見えなくて重さだけがある……?幽霊みたいなの?」


「んー、まぁ、それに近い存在かもしれないわね。でも、幽霊みたいに不確実なものじゃなくて、見ようと思えば誰でも見れるモノだったわね」


「見えないのに見えるって……やっぱり、よくわかんないね……」


「うん。よく分かんないのよ。だから、暗黒物質(ダークマター)って呼ばれてるんだし……」


と、口にしてから、偽り(?)のダークマターに対して視線を向けるワルツ。

ソレは確かに、そこに物質として存在していたものの、彼女のセンサーでは分析不可能な素粒子で出来ているのか、物性は殆ど分からなかったようである。

確実に分かっているのは、常温で固体になり、加熱すれば普通の物質と同じようにして溶けることくらいだろうか。

その点においてダークマターは、ワルツの好奇心を少なからず(くすぐ)っていたようである。

まぁ、それでも流石に、1000トンもいらなかったようだが。


そんなやり取りを交わす彼女たちは、未だ坑道の中にいた。

幅5m、高さ3.5m程度の、横に幅が広い、巨大な坑道である。

とはいえ、ワルツにとってはギリギリのサイズで……。

これ以上小さければ、彼女の本体である機動装甲が坑道の中に入ることはできなかっただろう。

……ただし、先程までは、の話である。


「「「「…………」」」」ぽかーん


その光景を見て固まるヌル他、ドワーフたち。

彼女たちが思い出す限り、数時間前までそこは単なる坑道のはずだったが……。

今ではそこに、まるで地下神殿と見紛わんばかりの光景が広がっていて、思わず言葉を失ってしまったようだ。


天井はランタンの光が返ってこないほどに高く……。

その暗闇へと向かって、石の柱が無数に立ち並ぶ、そんな光景である。

いや、正確に言うなら、天井の海抜は、採掘を始めた当時と変わっていないようだ。

変わったのは、床の深さ、床の海抜の方だった。


要するに、ワルツたちは、下へ下へと向かって、掘っていったのである。

もしもこれが上へと向かって掘っていったなら、弱い地盤を掘り当てた途端、天井が崩れてくる可能性があった上、地下水を掘り当てた場合も、逃げ道が無くなる可能性があったので……。

ワルツたちはそれを嫌って、上に向かっては掘らなかったようだ。


その結果、どこかの国の王都にあったような地下大空間が出来上がったわけだが――


「ここ……どこですか?」


前述の通り、ヌルたちには、その光景がすぐには受け入れられなかったようである。


「え?そりゃもちろん、ザパトの町の裏山にある、鉱山の中の坑道よ?」


「坑道って……さきほどまでは、こんなには大きくなかったですよね?それに……今は、どう見ても、坑道には見えないのですが……」


「貴女、そこで、私たちが採掘してる様子を眺めてたじゃない…………って、そっか。そういえばヌルは、ミッドエデンの王都にあった地下工房見てないから、余計に驚いちゃったのね……。今は、諸事情があって、地下は閉鎖してるんだけど、エネルギアの格納庫って、昔は王都の地下にあったのよ。ここなんかよりも遥かに大きかったんだから(そう言えばコルテックスが、王都の地下がなんとかって、言ってたような気がしたけど……何だったっけ?ま、いっか)」


「そ、そうなのですか……。やはり、ワルツ様が治めるミッドエデンでは、すべてのモノのスケールが、想像を超えているのですね……」


と口にしながら、目の前の景色へと向かって、なんとも表現し難い視線を向けるヌル。


一方。

その場にはザパトの姿もあって、彼もその光景には唖然としていたようだ。


「なん…………」


「……ねぇ、テレサ?もしかして貴女、ザパトからまた言葉奪った?」


「いや、奪っておらぬのじゃ。尻尾の数が変わっておらぬじゃろ?おそらくは、他のドワーフたちと同じように、ただ唖然としておるだけだと思うのじゃ。……大切な資源を取り尽くされたかもしれぬ、とでも考えておるのではなかろうかの?」


「ヌルの様子を見る限り、たぶんそれは無いと思うけどね……。まぁ、そうだったとしても、今回掘ったこの金属はね……」


そう言いながら、今度はルシアに向かって視線を向けるワルツ。

すると、ルシアはそこで、笑みを浮かべながら頷いていて……。


それを見たワルツは、妹に微笑み返してから、ヌルに対してこう言った。


「ヌル?今回、ここで掘って精錬した金属は、全部、町に寄付するわね?」


その瞬間――


「「…………ふぇ?」」


どこか気の抜けたような反応を返す、ヌルとザパト、他数名。

皆、ワルツが何を言ったのか分かっていて、しかし、それを素直に受け入れられなかったようである。

まぁ、いきなり、時価総額500億ゴールドを超える素材を寄付する、などと言われれば、耳どころか自身の正気を疑っても無理はない、と言えるだろう。


そんな2人に向かって、ワルツは理由を説明した。


「これが売れるかどうかは分からないけど、エクレリアへの対策費用の足しくらいにはなるんじゃない?っていうのも、私たち、ここを出たら、すぐに西に向かおうと思ってるのよ。だから……私たちが、またここに戻ってくるまでの間、どうにか町の人たちだけで持ちこたえられるように、戦費を用意しようと思ってさ?……って、何?その顔……。もしかして2人とも、私たちがただ穴を掘りたいからって、ここに立ち寄ったと思ってない?」


「「い、いえ、そんなことは……」」


「あやしい……」じぃー


「「…………」」


ワルツにジト目を向けられて、しかし直視できずに、それぞれ左右へと眼を背けるヌルとザパト。

どうやら2人とも、図星だったらしい。


「まぁ、いいけど……。で、いるの?いらないの?いらないなら遠慮なくもらっt」


「要ります!」

「要るでござる!」


「2人とも、ずいぶん仲がいいわね……」


先程から声が重なっているヌルとザパトに対し、微妙そうな視線を向けるワルツ。


それから彼女は、勝手に浮かんでくる苦笑を誤魔化すようにため息を吐いてから、こんなことを言い始めた。


「だけど、2つ条件があるわ?」


「……何でござろうか?」


「もしも資金を無駄遣いして、酒を戦費で購入するようなことがあったら……その時はこの町、テレサに滅ぼさせるから。ね?テレサ?」


「うむ!一族郎党、ボッコボコにしてやるのじゃ!」ブンブン


「ぐっ……こ、心得てござる……」


「あと、もう一つ。エクレリアの事をナメて掛かって、この地が彼らに奪われるようなことがあったら、私たち、その時点でこの国を見限って、ミッドエデンに帰るから。そんな救いようの無い人たちの面倒を見るような暇は無いしね。別にいいわよね?ヌル?」


「「?!」」


ワルツのその一言を聞いて、眼を丸くして……。

そしてお互いに顔を見合わせるヌルとザパト。


その際、ザパトが――


「ぜ、絶対に……絶対にこの地は儂らが死守してみせるでござるっ!!」


と真っ青な顔をしながら、ガクガクと震えていたのは……。

何もボレアスの未来が、自身の肩にのしかかってきたことだけが原因ではないだろう。


「まぁ、期待してるわ?」


そんな殺伐とした空気を漂わせていた2人の様子を見て安心したのか、2人に対してそっと微笑みかけるワルツ。

こうして、彼女たちが採掘した大量の金属は、その大半が、ザパトの町へと寄付されることになったのであった。


……ただし、鉄を精錬する際に生じた、オリハルコンと、タングステン、それにニッケルとクロムとシリコンは除く。



もらえるものは、もっておく主義なのじゃ?

そもそもからして、ドワーフたちは、オリハルコンが鉄鉱石から精錬されることを知らぬから、そのことさえ漏らさねば、ワルツたちがオリハルコンを採集(ちょろまか)しておることは、まず気づかれないはずじゃからのう。


その際、ワルツが内心で――


『ふっ……金、銀、ミスリル程度で喜ぶなんて、ちょろいわね……』


などと考えておったかどうかは分からぬが……それに違いことは考えておったのは、間違いないと思うのじゃ。

なんせ、泣いて喜ぶドワーフたちの背中に向かって、姉妹揃って怪しげな笑みをうk


ブゥン……


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