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8.6-31 ザパトの町16

ワルツたちによって飛ばされた大量の金属の塊が、山脈の稜線を通過して見えなくなると、エクレリアからの攻撃は、次第に止んでいったようである。

その際、山の方角の空が、時折、雷が光ったかのように発光していたのは、質量体に直撃して炎上する戦車がいたから……。


『あまりに簡単すぎますね……。彼ら、本当にヤる気はあるのでしょうか?』


「流石に想定してなかったんじゃないの?逆に砲撃されるとか……。どーせ、自分たちが一方的に攻撃して終わりとか思ってたんでしょ?きっと」


攻撃が止んだ後で、静かになった空へと視線を向けながら、そんな適当な予測を口にするポテンティアとワルツ。


それから間もなくして。

その場にやってきていたドワーフたちや、ワルツたちと行動を共にしていた人々が、ようやく我に返ったのか、ざわつき始めた。


その際、そこにいた1人のドワーフの姿に見覚えがあったのか、ワルツは彼の姿を見て、難しそうな表情を浮かべながら、こう口にする。


「あれ?もしかして彼……いや、そんなはずは……」


『……もしや、彼が、(くだん)のザパト氏ですか?』


と、ザパトの姿を直接見たことがなかったために質問するポテンティア。

するとワルツは、首を傾げつつ、その問いかけに対して答え始めた。


「いや、昼間会ったザパトは、あんな背の低い()()()()()()ドワーフじゃなかったんだけど、すっごく雰囲気が似てるのよね……。もしかして親族……いえ、父親かしら?」


するとちょうどいいタイミングで――


「……おっほん。それで、長老?我々の戦力は理解してもらえただろうか?」


砲撃の迫力を前に唖然として固まっていたヌルが、自力で我を取り戻すことに成功したらしく、そこにいた老人へと、そんな言葉を投げかけた。

その口ぶりから察するに――


「やっぱり、あれがザパト……。アルコールが抜けると、別人みたいになるっていうヌルの話、本当だったわけね……」


腰が曲がった背の低い老人は、ワルツが思った通りとおり、長老のザパトだったようである。

その際、ワルツがザパトに対して納得げな視線を向けていたのは、今の彼の姿が、ワルツの頭の中にあるドワーフのイメージと完全に一致していたためか。


それから、老人のような姿に変わってしまったザパトと、ヌルとの間で、話し合いが再開した。

……ただし。

ザパトはテレサの魔法の影響を未だ受けたままだったために、喋ることができなかったので、スケッチブックのようなものを使って会話していたようだが。


《しかと見届けたでござる。しかし、この力、扱い方を誤れば、自らの首を絞めかねぬでござるぞ?》


「確かに、長老の言うとおりだ。しかし、我らには、最早、ミッドエデンと手を組む他に、この窮地を脱する道は無いのだ。場合によっては、私が人質になって、ワルツ様の元のに嫁入r」


……とヌルが何かを言いかけた、そんな時。

彼女の隣りにいた妹のユキが、抗議の声を上げる。


「ちょっ……それは許しませんよ!ヌル姉様!あまりわけの分からないことを言っていると、カタリナ様に言いつけますからね?」


「……冗談だ」


妹の抗議を受けて、心底悔しそうに目を伏せるヌル。

どうやら魔王である彼女であっても、カタリナには手も足も出ないらしい……。


しかし、いつまでもそうしているわけにも行かず。

ヌルはザパトの懸念を払拭するために言葉を続けた。


「まぁ、その話については、私が責任を持ってどうにかしよう。長老が心配するようなことにはならないはずだ」


《元より儂はヌル様のことを信じ※☓○》


「……これはなんと書いてあるのだ?」


《○※◇※☓?♪》


「達筆過ぎて読めん……」


ようやく会話が再開すると思いきや、スケッチブックに書かれたザパトの言葉が、何と書いてあるのか読めず、その文字を見つめたまま、眉を顰めて考え込んでしまった様子のヌル。

一方、ザパトの方も、コミュニケーションが取れないことにショックを受けたらしく、ただでさえ背が縮んでいるというのに、それに輪をかけたようにションボリとして俯いてしまったようである。


すると今度は、それを見ていたユキが動く。

どうやら彼女は、このままだと埒が明かないと思ったらしい。

彼女は近くにいたテレサを呼び止めて、こう言ったのだ。


「あの……テレサ様?ザパトにかけた魔法を問いてもらえませんか?彼、すっごく不便を強いられているようなのですが……」


それに対しテレサは、眉を顰めると、腰に手を当てながら不満げな様子で言い返した。


「なれば、まず、ザパト殿はやるべきことがあるじゃろう。妾に懇願するよりも先にすべきことが、の」ちらっ


そう言って首を回し、ルシアへと同意を求めるような視線を向けるテレサ。


そこには、戸惑い気味の表情を浮かべて立ちすくむルシアがいて……。

彼女はザパトに対して何と言っていいのか分からない様子だったようである。

まぁ、酩酊したザパトの態度に激怒したのは、彼女ではなくテレサの方だったので、無理もないことだろう。


そんな彼女の反応を見たザパトは、病のせいか、あるいはアルコール依存症のせいか、震える手でスケッチブックに何かを書き始めたようである。

それから程なくして、彼はルシアに向かってそれをひっくり返すと、そこに書いた言葉を申し訳なさそうに見せた。


ただ、その文字は、ルシアにとって解読不能な字だったらしく、彼女はヌルの協力を仰ぐことにしたようである。


「えっと…………ヌルちゃん?私にはちょっと達筆過ぎて分からないから、翻訳してもらえる?」


「少し待って下さい……。えー……昼間は……$%◇※&(ホニャララ)だった。#☓◇○□(ホニャララ)д*%#@(ホニャララ)だから、〒∀∴@¥(ホニャララ)してほしい……とのことです」


「うん、全然分かんないね……」


「はい……」


「…………」ぷるぷる


自身の言葉が伝わらないことに、絶望を感じ始めたのか、真っ青な顔をしながら、小刻みに揺れ始めるザパト。


ルシアはそんな彼のことが、かわいそうになってきたのか……。

困ったような表情をテレサへと向けつつ、こう言った。


「テレサちゃん。もういいから、ザパトおじいちゃんに言葉を返してあげてくれない?なんか、おじいちゃんをイジメてるような気がして、胸が痛いんだけど……」


「ルシア嬢がそう言うなら、仕方ないのじゃ。……ザパト殿?これ以降、ルシア嬢を愚弄するようなことを言ったなら、お主どころか、ドワーフというドワーフ全員から、言葉と文字と酒を奪うゆえ、覚悟するのじゃぞ?」


「…………!」こくこく


「……なれば、お主はこれ以降、『言葉が喋れる』ようになるのじゃ」


と、テレサが口にして、彼女の尻尾が1本減った瞬間――


「……も、もう二度と、貴女様方のことを悪く言わぬでござる。この度はご無礼を働き、申し訳なかったでござる……」


ようやく音が出たそのから、謝罪の言葉を口にして、頭を下げるザパト。

それと同時に、


「えっと……私も、この町から壁を消し飛ばしちゃってごめんなさい……」


ルシアもこれまで言えなかった謝罪の言葉を口にしたようである。


その言葉を聞いた途端、ザパトが眼を丸くして、そして納得げな表情を浮かべたのは、今日一日で起こったすべての出来事に、合点がいったから、だろうか。



「……ところで、ザパトおじいちゃん。これ、なんて書いてあるの?」


「ちょっと待ってくだされ…………む?何と書いたかでござるかのう……」


「「「「…………」」」」


――――――――――――――――


妾も文字を書くのは得意な方ではないゆえ、たまに『主の字は達筆過ぎて読めぬ!』と文句をつけられることがあるのじゃ。

メモ帳などに書く文字というのは、自分だけが分かればいい言葉であることが多いゆえ、暗号化の意味も含めて、わざと汚く書くことがあるからのう。


例えば、『ら』と『ち』と『な』、それに『シ』と『ツ』、あるいは『い』と『し』が、同じ文字に化ける事が多かも知れぬ。

ちなみに、三角関数の『sin』と『cos』は、『sn』と『cs』に化けるのじゃ?

『tan』は『tan』じゃがの?

『-1=-1』が『-1=+1』に化けるのは解せぬが……まぁ、稀によくある自然現象なのじゃ。


じゃが、さすがに、自分で書いた文字が、完全に読めなくなることは無いのじゃ。

まぁ、昔、自分が書いた文字を見て、それを自分の文字じゃと認識できぬことは良くあるがの?

名前とか名前とか名前とか……。

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