8.6-28 ザパトの町13
……そして、夕食時。
馬車の横に併設された簡易机の上には、いつも通り、狩人お手製の食事が、所狭しと並べられていた。
だが一行は、それを前にしても――
「「「…………」」」カチャカチャ
なんとも重苦しい空気を漂わせていたようである。
誰も一言も喋らずに、ナイフとフォークと箸を、ただ黙々と動かし続けていた、と言えば、そこに立ち込めていた雰囲気を察してもらえるだろうか。
その原因は、何だったのか。
もちろん、狩人の作った料理がおいしくなかったから、というわけではない。
彼女の料理は、今日も皆の心を満たしていたようである。
原因は、ルシアとテレサの2人にあった。
「…………(ルシア……。気付いたら、随分と遠いところに行っちゃったのね……)」
「…………(市場には揚げも豆腐も流通してなかったのに、どうやって稲荷寿司を作ったんだ?)」
「…………(うん!やっぱり狩人さんの料理、おいしいなぁ。でも……テレサちゃんが作った稲荷寿司も、もう一回食べたいなぁ……)」
「…………(テレサとルシアちゃんの仲が気になりますわね……。これはきっと、好きな食べ物が影響しているに違いありませんわ……。でも、テレサの好物って、いったい何なのかしら?それさえ分かれば、私も……ふふ……ふふふふふ……)」
「…………(この夕食……テレサ様が作るのを手伝ったかもだよね……。大丈夫かな……。すっごく美味しいかもだけど、中毒を起こしたりする成分、入ってないかもだよね……?)」
「…………(長老の『言葉』を、テレサ様に戻してもらわなければ、この町の執政に問題が出そうなのですが……この空気、すごく切り出しにくいですね……)」
「…………(これ、ドラゴンの肉ではないです?)」
「…………(マリーちゃん、今日も可愛いですね……)」
「…………(ルシアちゃん……一応、普段と同じよう見えますが、お寿司がいらないなんて……本当に、大丈夫でしょうか?)」
「…………(世の中には胃袋を掴む、というなんとも恐ろしい術があると聞く……。もしや、ルシアちゃん殿は、テレサ様に、その術を受けたのではなかろうか?うぅ、恐ろしい……)」
と、各々に、様々なこと考えながら、黙って食事を摂る一同。
そんな中。
少なくない者たちが自身に向けてくる、何とも言い難い視線に気づいたテレサが、どこか申し訳無さそうな表情を見せながら、その場にいた仲間たちに対して、こう口にした。
「……たまに皆から鋭い視線が飛んで来るような気がするのじゃが……妾、何かしたかのう?……いやの?ベアよ?お主はそこに含まれておらぬ」
と、自身に向かって、成分不明の熱い視線を飛ばしてくるベアトリクスに、釘を刺すテレサ。
そんな彼女の問いかけに対して最初に返答したのは、夕食の材料を購入するためにザパトの町にあった市場を一通り見て回ってきた様子の狩人だった。
「なぁ、テレサ?テレサはどうやって稲荷寿司を作ったんだ?ルシアが言ったとおり、市場に行っても、お揚げも豆腐も無くてな……。それで、私の聞いた風の噂によると……テレサは何か錬金術のようなものを使って、石から稲荷寿司を作った、って話だったんだが……それは本当か?」
「誰がそんなことを言ったのか、鮮明に想像出来るのじゃが……妾が使える魔法は2種類しかないゆえ、錬金術などといった大それたことはしておらぬのじゃ。妾は単に、ルシア嬢たちと協力して、塩化マグネシウム――つまり、にがりの元を作っただけなのじゃ?それを使って豆腐を作って、お揚げを作って、寿司を作った、というわけなのじゃ。種も仕掛けもないのじゃ?(いや、ある、と言うべきかの?)」
そんなテレサの説明に――
「えっと…………つまり…………錬金術か」
塩化マグネシウムが何なのか分からなかったためか、思考を短絡させる狩人。
すると。
その話を聞いて、事態を把握できた様子のワルツが、呆れたような表情を見せながら、テレサに向かってこう言った。
「コルテックスの知識の影響ね……」
それに対し、テレサは、考え込むような素振りを見せながら返答する。
「コルの知識かどうかは、当事者である妾には判断がつかぬが……妾は元々、この世界の狐らしいゆえ、科学の知識は持っておらぬはずじゃから、恐らくそうなのじゃろうのう」
「その辺に転がってる石……っていうか鉱石からニガリを作るとか、確かに科学って言えるかもしれないけど……この世界にはない知識を使って作ったんだから、ほとんど錬金術って言っても良いレベルなんじゃないの?『化学』が錬金術の延長線上にある、って考え方もあるわけだし……」
「まぁ、ルシア嬢とベアに手伝ってもらったゆえ、科学の他に、魔法も多分に含まれておるからのう……。考えてみると、段々、錬金術だったような気がしてこなくもないのじゃ……。じゃが、石ころから寿司を作り出した、というのは、誇張が過ぎると思うのじゃ。……のう、ベアよ?」
と、噂を流した根源と思しき人物に対し、水を向けるテレサ。
それに対しベアトリクスは、小さく笑みを浮かべてこう言った。
「テレサのおっしゃるとおり、石が材料になった割合は、ごく小さかったかもしれませんわ?ですけれど、それは大した問題ではないのですのよ?食べられないはずの石から、食べられるものを作り出したということが、私にとっては……いえ、皆さんにとっても驚愕すべきことで、その驚きの前では、他の材料など、微々たる存在でしかなかったのですわ。実際、私が皆様に申し上げたのは、『石から稲荷寿司を作り出した』ではなくて、『石から稲荷寿司の材料を作り出した』という言葉でしたし……。ねぇ?ルシアちゃん?」
「……ん?お寿司?」
「「「…………」」」
「……まぁ、お主の言い分は分からなくもないのじゃ。それに、今の話を聞いた時の皆の反応からも、おおよそ察しはついたからのう。じゃから、誤解を解くために、改めて言わせてもらうのじゃ。妾は石から稲荷寿s」
「お寿司かぁ……また、食べたいなぁ……。テレサちゃんが『鉄』から作ったお寿司……」
「「「…………」」」
「……えっと?正確には、『石』からじゃなくて、『鉄』から作ったってことでいい?そうなると核変換が必要になるから、リアル錬金術になると思うけど……」
「もうダメかも知れぬ……」
ルシアの一言で、せっかくまとまりかけていた話が自分の手から転げ落ちて、振り出しに戻ってしまった現状に、思わず大きなため息を吐いてしまうテレサ。
とはいえ、完全に振り出しに戻ってしまったわけではなく……。
ワルツを始めとした仲間たちは、ルシアの発言や、テレサの反応に、どこか安堵したような表情を見せていたようだ。
すなわち、ルシアはおかしくなどなっておらず、いつも通りの彼女だった、と。
まぁ、混乱の原因となったルシア本人だけは――
「…………?」
最後まで事情がつかめない様子で、首をかしげていたようだが。
……ここ最近、寿司のことしか書いておらぬような気がするのじゃ……。
まぁ、次回からは、元の話に戻る予定じゃがの?
ここまでの稲荷寿司の話……。
これが、単に、忙しかった1週間を凌ぐための話だった……と思ってもらっては困るのじゃ?
いや、30%くらいは、それが理由で書いた話だったのじゃが、残りの70%は、必要に迫られて書いた話じゃからのう。
この話があるからこそ……何でもないのじゃ。
まぁ、何か意味があった程度に捉えてもらえると幸いなのじゃ。
あとがきで書く補足はそのくらいなのじゃが……。
最後に、もう一つだけ書いておこうと思うのじゃ。
今話の頭の方にあった、セリフ群。
どれが誰のセリフか、分かったかの?
……では答え合わせなのじゃ。
上から順に――
・ワルツ
・狩人殿
・ルシア嬢
・ベア
・イブ嬢
・ヌル殿
・マリー嬢
・ツヴァイ(ユキB)殿
・ユキ殿
・飛竜
だったのじゃ。
登場人物のあいでんてぃてぃ……。
この期に及んでも、まだ無いかも知れぬ……。




