8.6-26 ザパトの町11
「それで、出来上がったガスを、粉末状のマグネシウムの周囲に漂わせて……ルシア嬢?加熱するのじゃ」
「行くよ?」
シュボッ!
「なんか光ったけど……これでいいの?」
「うむ。これで完成なのじゃ!」
「これ、どう見ても稲荷寿司じゃないけどね……」
出来上がった白い砂のような物体を見て、微妙そうな表情を浮かべるルシア。
そんな彼女の反応に、テレサはニヤリとした笑みを浮かべると……。
水の入ったボウルを手に取って、そしてこう口にした。
「その白くなったマグネシウム粉末を、この水の中に入れるのじゃ。じゃが、一部に残った銀色の部分は要らぬからの?それを入れると、最悪、爆発するかも知れぬからのう……」
「……白いやつなら大丈夫なの?」
「……多分の」
そう言って、一度は手に持ったそのボウルを、少し離れた場所にあった岩の上に置くテレサ。
その後でルシアは、そのボウルの中へと――
「いくよ?」
サラサラサラ……
ここまでの作業で作った白い砂のような固形物を、重力制御魔法を使い、ゆっくりと入れていった。
そんなボウルのことを――
「「…………」」ジーッ
と遠くから凝視するテレサとルシア。
すると、そんな2人の様子を見ていたベアトリクスが、険しい表情を浮かべながら質問する。
「これ、本当に料理なのですの?」
「うむ。料理なのじゃ。料理には見えぬかも知れぬが……紛れもなく料理なのじゃ」
テレサはベアトリクスの問いかけに対し、そう返答しながら、恐る恐るボウルへと近づいていき……。
そして、その中を覗き込んで――
「……うむ。しっかりと出来ておるみたいなのじゃ!」
そこに入れた粉末が、無事に水に溶けていることを確認して、満足げな表情を浮かべたようだ。
「ねぇ、テレサちゃん?それ何?」
「フッフッフッ……。ここに、さきほど作って、温めておいた豆乳があるじゃろ?そこに、この液体を入れて混ぜると……」
「「……混ぜると?」」
「……いや、あまり掻き混ぜ過ぎたらダメなのじゃがの?ほれ、見てみるが良い」
「「…………?」」
テレサに言われるままに、豆乳と『謎の水溶液』を混ぜた鍋の中を、そっと覗き込むルシアとベアトリクス。
するとそこには、ゼリー状になって固まりつつある豆乳の姿あったようだ。
「もしかしてこれって……」
「うむ。豆腐なのじゃ。まぁ、これで完成なわけではのうて、まだいくつは工程は残っておるがの?つまり、さきほどルシア嬢とベアが作っておったのは、ニガリの元なのじゃ」
「「ニガリの元……」」
「そうなのじゃ。あの白い粉のようなものは、塩化マグネシウムといっての?本来は海水から作られる物質なのじゃが、ザパトの町では手に入らなかったゆえ、石ころから作り出してみたのじゃ。……どうじゃ?これで少しは、妾のことを見直したかの?」
「「…………」」
「……何故に無言……」
2人の感想を確認してみたところ、何か返ってくるどころか、何も反応が無かったので、テレサはいたたまれない気持ちになってしまったようだ。
例えるなら、面白いと思ったダジャレを自信満々に口にして滑った瞬間に近い、と表現できるかもしれない。
……ただ。
2人は、テレサの行動に何も思っていなかったがために、返答に困っていた、というわけではなかったようである。
「えっと……うん……なんて言ったら良いんだろう……」
「……錬金術?」
それだけ言ってから、難しそうな表情を見せて、再び黙り込んでしまうルシアとベアトリクス。
どうやら2人とも、驚きが一周回って、どう反応していいのか、分からなくなっていたようだ。
◇
そして豆腐が出来上がり、それを薄く切って、重力制御魔法で水を抜いて、動物の油で2回揚げて……。
その結果出来上がった『お揚げ』を、今度はお湯で茹でて、油抜きしてから、醤油と塩と砂糖とミリンを混ぜて作ったタレで煮込んで……。
味が十分に染み込んだところで冷やし、その中に切り刻んだワサビを混ぜ込んだ酢飯を詰めれば――
「……出来たのじゃ!」
――稲荷寿司の完成である。
「「…………」」
「……お主ら、さっきから黙り込んでおるようじゃが……妾、何かしたかの?」
「う、ううん……なんでもない……」
「……錬金術?」
「…………おかしな2人じゃのう……」
稲荷寿司を前にしても、どこか冴えない様子のルシアも然ることながら、ベアトリクスが『錬金術』としか言わなくなったことに、眉を顰めるテレサ。
それから彼女は、小さな3つの皿の上に、5個ずつの稲荷寿司を置いて……。
それを2人に配ってから、再び口を開いた。
「計量せずに雰囲気だけで作っておるから、もしかするとあまり美味しくないかも知れぬが……まぁ、その辺はどうか大目に見て食べてほしいのじゃ。それじゃぁ、頂きますなのじゃ?」
そしてテレサは、作った稲荷寿司を、そこにいた3人の中で一番最初に口の中へと放り込んだ。
そう。
まるで、毒味をするかのように、である。
「…………」もぐもぐ
「……どう?」
「ふむふむ……。悪くないのじゃが、正直なところ言えば、納得もいかぬ味なのじゃ……。まぁ、少なくとも、口の中に入れた途端、絶句するような不味さでは無いと思うのじゃ?ほれ、お主らも食べてみるが良い。この寿司が毒でないことは、妾が証明したじゃろ?」
「うん……。でも、びっくりした。まさか、石からお寿司が出来るとは思わなかったから……」
「いや、石からは出来ておらぬのじゃ。あれは単に、鉱石から人工的なニガリを作ったに過ぎぬからのう」
「工程を見てなかったら、きっと信じられなかったと思うよ……」
「信じるも信じられぬも、ルシア嬢のその皿の上に載っておる寿司こそが真実なのじゃ。さ、遠慮なく食べるのじゃ。とは言っても、1人当たり、5個しか無いがの?」
「うん。じゃぁ、貰うね?どんな味がするかなぁ……」
と、期待するかのような表情を浮かべながらそう言って――
パクッ……
と、稲荷寿司を口の中へと放り込むルシア。
すると、どういうわけか――
「…………」もぐもぐ
彼女の表情が、不意に真剣なものへと変わってしまったようだ。
そんなルシアに対し、テレサが恐る恐る問いかける。
「もしや……口に合わなかったかの?」
それに対しルシアは、眉を顰めながら、逆に質問した。
「ねぇ、テレサちゃん……。これ何か入れた?」パクッ
「何って……ワサビくらいしか入っておらぬのじゃ?それも、気にならない程度に、ごく少量がの?」
「…………」パクッ
「一体どうしたのじゃ?そんな渋そうな顔をして……。そんなに不味かったかのう?初めて作る稲荷寿司ゆえ、大目に見てもらいたいのじゃが……(そうでないと妾、ルシア嬢に齧られてしまうのじゃ……)」げっそり
「えっとねぇ……美味しくないとか、口に合わないとか……そんなことはないよ?でも…………あり得ない……」パクッ
「不味くないというのにあり得ぬとか……わけが分からぬのじゃ……」
深刻そうな顔をしながら、パクパクと稲荷寿司を食べていくルシアに対して、ため息を吐きながら、ジト目を向けるテレサ。
一方で――
「て、テレサ?!これ、すごく美味しいのですけれど、なんという食べ物ですの?!」パクッ
ベアトリクスの方は、反応がはっきりしていたようだ。
「さっきから言っておるじゃろ?稲荷寿司なのじゃ。でもまぁ……お主のような、素直な反応は嫌いじゃないのじゃ?それに比べて……」ちらっ
「…………」ぷるぷる
「……何かよく分からぬが、さっきからルシア嬢の様子がおかしいのじゃ……」
最後の1個になった稲荷寿司が載った皿を、顔へと近づけて……。
それを小刻みに震えながら凝視している様子のルシア。
そんな彼女の反応を見たテレサは、段々と心配になってきたようである。
すなわち、本当に稲荷寿司には、中毒性のようなものがあるのではないか、と。
だが幸いなことに、稲荷寿司を食べたルシアが、中毒症状を発症したわけではなかったようだ。
彼女はその顔を上げると、テレサに対してこう言った。
……ただし。
何を思ったのか、最後の稲荷寿司を食べずに、そのままバッグの中へと仕舞い込んでから。
「今日はありがとう、テレサちゃん。私のためにお寿司を作ってくれて……。色々と勉強になった!」
「いや……それは良いのじゃが……お主、今、バッグの中に稲荷寿司をしm……」
「さて……みんな待ってるだろうし、心配されないうちに帰ろっか?」
「そうですわね」
「う、うむ……。なんかこう、色々と納得が行かぬが……ワルツが心配するのだけは避けねばならぬからのう。撤収するかの」
そんなやり取りを交わして、使った鍋やコンロなどを片付け、山を下る準備を始めるテレサたち。
そして、皆で役割分担をして、10分程で片付け終わると……。
彼女たちは、大分傾いた太陽が照らし出す山道を歩いて、仲間たちが待つ馬車へと戻ることにしたのであった。
……なお。
この一件によって、1つ大きく変わったことがあったのだが、テレサはこの時点において、それに気付いていなかったようである。
もしも彼女が、それ気付いていたなら…………いや。
たとえ気付いていて、何らかの行動に出られたとしても、もう既に、どうにもならなかったに違いない。
……彼女が作った『稲荷寿司』は、ルシアによって既に食されてしまった後なのだから……。
眠いのう……。
暇を見つけては寝ておるような気がするのじゃが、それでも眠いのう……。
やはり、甘いものを食べたのが問題なのかもしれぬ……。
間食は、甘いものではのうて、しょっぱいものにしようかのう……。
……スルメ?
スルメはあまり好きではないのじゃ……。
妾の駄文に、なんとなく似ておるような気がしての……。
まぁ、何か、へるしーなものでも考えるかの……。
それは置いておいて。
今話で、料理(?)の話は終わりなのじゃ。
とはいえ、昨日のあとがき通り、稲荷寿司の話はまだ終わらぬがの。
で、今になって後悔しておることがあるのじゃ。
……サブタイトルを変えればよかった、とのう。
まぁ、まだ、ザパトの町におることに変わりはないゆえ、別に良いかの?
さて……。
眠りたい……。
じゃが、眠れない……。
今宵もこれから、駄文作成作業が始まるからのう…………zzz。




