8.6-24 ザパトの町9
「……では、お寿司を作ろうと思うのじゃ」
「えっと、テレサちゃん?お寿司を作るのに……どうして山なんかに来たの?」
材料を購入した後、市壁の無くなったザパトの町を抜け出して、そして近隣の山へとやって来たテレサとルシア。
その際、2人は、ワルツたちが心配しないようにと、自分たちが外出することを、馬車にいた仲間たちに対して伝えたわけだが――
「……そうですわ!ぜひ、お聞かせ願いたいところですわね?」ゴゴゴゴゴ
まるで磁石に吸い付くのように、ベアトリクスが付いてきたようである。
そんな彼女は、どういうわけか、ご立腹状態だったようだ。
「お主、どうしたのじゃ?そんなに尻尾をパンパンに膨らませて……」
するとベアトリクスは、そこにいたテレサとルシアに対し、ジト目を向けながら、こう言った。
「……町の市場で見かけたのですわ。2人が仲よさげに、手を繋ぎながら歩いている所を!」
「「手を繋いで?」」
と、声が重なるテレサとルシア。
それからテレサは「あー」と言ってから、思い出したことを口にする。
「確かに、ルシア嬢が妾の手を掴んで、市場の中を引きずり回しておったのう……」
「えっ……最初に私の手を引っ張ったのって、テレサちゃんの方じゃん……」
「途中から、お主が引っ張っておったではないか?」
と、2人がそんなやり取りをしていると――
「私が聞きたいのは、どっちが手を引っ張っていたか、なんてことではないですわ!どうして手を繋いでいたのか、その理由を聞きたいのですわ?!」
ベアトリクスの興奮は、いよいよ最高潮に達しつつあったようである。
テレサとルシアが手を繋いでいたその光景は、ベアトリクスにとって、よほど気に食わないことだったらしく……。
今もなお、仲良さそうに(?)やり取りをする2人を前に、彼女の心の奥底からは、出処不明なフラストレーションが、猛烈な勢いで湧き出てきていたようだ。
だが、それも――
「んー、どうしてだったかのう……あー、そうそう!この町に、ルシア嬢のことを馬鹿にする筋肉ダルマがおったのじゃ!それでイラッとして、ルシア嬢のことを、無理やり執政官の館から引っ張り出してきたのじゃ!?今思い出しても、イライラするのじゃ!?」ギリギリ
「「…………」」
突如としてテレサが怒り始めたためか、ベアトリクスの勢いは途端に収束していったようである。
というよりも、テレサの説明を聞いて、安心した、と言うべきか。
まぁ、何に安心したのかは本人にしか分からないが……。
「じゃから、何か手を動かしておらぬと、怒りが収まらぬのじゃ!……というわけじゃから、早速、稲荷寿司を作ろうと思うのじゃ?」
そして感情を押さえながら、最初の話題に戻ってくるテレサ。
それから彼女は、地面にあった赤い石を拾い上げて、おもむろにこう口にした。
「ルシア嬢?そんなに量はいらぬから、こんな感じの赤い石を精錬して、鉄を作って欲しいのじゃ。鉄鉱石については分かるじゃろ?」
「うん。普通の鉄でいいの?」
「うむ。純度が高ければなお良いが、それほど高くなくとも大きな問題は無いのじゃ。あと、そこに転がっておる白っぽい石を精錬して、シリコンも抽出してほしいのじゃ。もちろん、鉄と同様に、還元しての?」
「うん、良いけど……」
「妾が何をしようとしておるか分からぬかの?……秘密なのじゃ」
「うん。そう言うと思った」
「で、ベアの方は、妾の炊事を手伝うのじゃ」
「分かりましたですわ!」キラッ
と、それぞれにそう口にして、作業に取り掛かる3人。
内訳は、ルシアが鉄と珪素の精錬。
ベアトリクスは焚き火の準備で……。
テレサは米研ぎである。
それから間もなくして、
ドゴォォォォォ!!
と、辺りを大きな熱線が、包み込んだ。
ルシアがそこに生えていた木を風魔法で伐採し、重力制御魔法で作り出した真空の中で蒸し焼きにして、木炭を作り始めたのである。
それを見たテレサが、バッグの中から炊飯用の鍋を取り出しつつ、何かを思い出した様子でこう言った。
「ルシア嬢?生えておる木を燃やすのも良いのじゃが……この際なのじゃ。そこに見えておる『黒い石』を蒸し焼きにして、それを木炭代わりに使ってみると良いのじゃ?」
「えっ?黒い石?」
「うむ。そこの地層にある黒い石が、馬車の中でイブ嬢が言っておった、石炭なのじゃ。木から木炭を作るのと同じようにして、石炭を蒸し焼きにすると、不純物が蒸発してコークスが出来るゆえ、それを木炭の代わりに使って、金属の精錬を行うと良いのじゃ。まぁ、ルシア嬢の場合、木炭を使っても、コークスを使っても、あまり変わらぬと思うがの?」
「んー、まぁ、ドラゴンさんたちの森の木を切るのもどうかと思うし、石炭を使ってみよっかなぁー。もう切っちゃったけどー……」
そう言いながら、近くの崖に見えていた地層のうち、黒い部分へと眼を向けるルシア。
そして彼女は土魔法を使い、崖を崩して、そこにあった黒い石だけを集め始めたようである。
……それも、大量に。
一方、ベアトリクスの方は、バッグから取り出した炊事用のコンロの組み立てを終えたようである。
ここまでの旅で、彼女も随分と手際が良くなっていたらしく、一人だけで特に問題なく組み立てられたようだ。
「テレサ?焚き木はどうしましょう?」
「そうじゃのう。ルシア嬢が途中まで作っておった木炭を貰うと良いのじゃ。……使わんから貰っても良いじゃろ?ルシア嬢?」
「うん。いいよー」ドゴォォォォ
「分かりましたわ」
そう言ってから、金属精錬用にルシアが作った木炭を、一つ一つ火ばさみを使って、丁寧にコンロの中へと運ぶベアトリクス。
そして、火魔法を使って、それに点火して……。
コンロの準備が整ったようだ。
「準備、良いですわよ?」
「うむ。手際が良いのう。なれば……もう一つ、コンロを用意してもらえるかの?」
「えっ……お米を炊くだけではないのですの?」
「うむ。色々とやることが多くての……」
「分かりましたわ?」
そう口にすると、再びバッグの中へと手を入れて、2つ目のコンロの部品を取り出すと、それを組み立て始めるベアトリクス。
その一方で。
米を研ぎ終わって、炊飯用の鍋をコンロにかけ終わったテレサは、金属製の容器に大豆と水を入れると、それを――
「のう、ルシア嬢?この容器が壊れない程度に、この中身を超重力で圧力してほしいのじゃ?」
コークスを作り終わって、いよいよ精錬作業に入ろうかとしていたルシアへと差し出した。
「うん、いいよ?」ドゴォォォォ
そして、一瞬にして出来上がったのは、本来なら1日ほど時間がかかるはずの、大豆の水戻しである。
更に言うと、超重力で無理矢理に水を含まされた大豆は、内部の構造が壊され、ペースト状になっており――
「うむ。いい感じの生呉なのじゃ」
容器の中にあった水と掻き混ぜることで、豆乳の材料である生呉が簡単に出来上がったようだ。
それからテレサは、それを別の鍋へと入れる。
「ベアよ?2つ目のコンロの準備は良いかの?」
「えぇ、もちろんですわ?」
そして鍋を火にかけて、弱火で加熱を始めた。
「何ですの?この白いミルクのような液体は……」
「豆乳……いや、正確には豆乳の『元』なのじゃ。これを加熱して濾せば、晴れて豆乳なのじゃ?」
「とーにゅー?」
「豆から採れるミルクのようなものなのじゃ。……というかお主、今、暇じゃろ?なれば、米を炊く火力を調整してもらえぬかの?」
「えぇ、良いですわよ?テレサのために、最高のお米を炊き上げてみせますわ!」
「うむ。期待しておるのじゃ」
と、ベアトリクスに対して、ニヤリとした笑みを向けるテレサ。
すると、ベアトリクスは尻尾をブンブンと振り回しながら、気合の入った視線をコンロの木炭へと向け始めたようだが……。
それによって、米の味が変わることがあるかどうかは不明である。
超重力をかけて大豆を水戻ししたら、加水分解して、醤油になりそうなのじゃが……まぁよいか。
そういうものじゃと思ってほしいのじゃ!
というわけで、料理の話が始まったわけじゃが……ここで一つ、言っておかねばならぬことがあるのじゃ。
ルシア嬢が料理をするとどうなるのか……。
言うまでもないことじゃろ?
じゃがのう。
ルシア嬢がやっておることは、飽くまで金属の精錬作業なのじゃ。
どう考えても、どう見ても、料理ではないのじゃ。
そう、最後までの……。
その結果、どうなるのか……。
……乞うご期待なのじゃ?
まぁ、この物語に期待できることなど、何もないがのー。




