8.6-22 ザパトの町7
「に、人間など、信用ならぬでござるぞ!ヌル様!」ゴゴゴゴゴ
「そうか……。やっぱり私たちは嫌われているのか……」
「(こやつ、さっきからうるさいのう……。いっその事、魔法で黙らせようかの……)」
「(謝りにくいなぁ……)」
「(感情の起伏が激しすぎて、一々面倒くさいわね……)」
と、長老ザパトの暴言に、眼を細めて悩ましげな表情を浮かべるワルツたち。
そんな中で、1人だけ例外的な人物がいた。
最初に話を切り出したヌルである。
彼女は、まぁまぁ、と手を掲げてザパトの口を一旦閉じさせると……。
何を思ったのか、続けざまにこう言った。
「実は、その他にも、『勇者』たちもここに来ている」
「ゆ、勇者でござるか?!まさか、この者たちが……」
「いや違う。ワルツ様は魔神様だ」
「違っ……」「…………?」
まさか自分のところに火の粉が飛んで来るとは思っていなかったのか、思わず声を上げるワルツ。
対して、ザパトの方は、ヌルが何を言ったのか、一度で聞き取れなかったようである。
普段から聞き慣れている(?)『勇者』や『人間』という言葉は聞き取れても、流石に『魔神』という言葉までは、すぐに頭の中に入ってこなかったらしい。
そんな彼に対してヌルは、しかし追加でワルツの説明を口にすること無く……。
そのまま彼女の隣りにいた2人の人物について説明を始めた。
「そして彼女がミッドエデンの『勇者候補』のルシア殿で、その隣りにいるのが、同じくミッドエデンの国家議会議長のテレサ殿だ」
「ゆ、『勇者候補』ですと?!」
「そうだ。あと、一応言っておくが、絶対に喧嘩だけは売るな?そんなことをすれば、2言目を言う前に、あの世に送られるだろうからな」
そう言った後で、厳しい表情を浮かべるヌル。
どうやら彼女は、自身の言葉が失言だったことに気づいたようである。
なおそれは、ルシアのことを、少女として扱っていなかったことに、ではない。
……その一言を酩酊状態のザパトが聞いて、どんな考えに至るのか、気づいたから、である。
「ふふ……ふっはっはっはっは!!ヌル様!冗談が過ぎるでござる!こんな小娘ごときが、それほどの力をもっておるわけが無いではないか!下手をすれば、ゴブリンすら倒せぬ小童にしか見えぬでござるよ?儂が酔っておるとは言え、バカにしないでほしいでござるな!」
そんな予想通りのザパトの言葉を聞いて、眉を顰めると、恐る恐るルシアの方を振り向くヌル。
ただ、幸いというべきか。
彼女の視線の先にいたルシアに、攻撃的な色はまったく無かった。
その代わり……。
彼女は泣きそうな表情を浮かべて、俯いていたようである。
ここには謝りに来たというのに、謝る前に暴言を吐かれてしまい、しかしそれに対して言い返せば、謝罪にならない……。
そんなジレンマに挟まれて、彼女は困惑していたのだ。
しかも、ザパトの言葉は、ある意味で的を得ていた。
かつてルシアはゴブリンに襲われて、そしてまともに戦えなかった所を、ワルツに救われた経験があったのだから……。
そんな、どうにもならなくなってしまった様子のルシアに見かねて、とある人物が動く。
ちなみに姉のワルツ、ではない。
「……お主、『黙れ』」
ルシアの横に座っていたテレサが、抑揚のない声で、一言そう口にしたのだ。
……それも、魔力の乗った声で。
その瞬間――
「…………?!」
口を開けても声が出なくなった様子のザパト。
彼はどうにかして、大声や叫び声を上げようと藻掻いていたようだが、喉からは空気の漏れる音だけが聞こえるだけで……。
声らしき音は、まったく出てこなくなってしまったようである。
それを見て、テレサは大きなため息を吐きながら、その場から立ち上がると。
ルシアの手を掴んで――
「えっ……?」
「気分が悪いゆえ、先に帰るのじゃ」
2本に減った尻尾を乱暴に振り回しながら――
ガチャリ……バタン!
部屋から出ていってしまったようである。
それを見て――
「……どうすんの?これ……。ルシアじゃなくて、テレサが怒っちゃったわよ?」
唖然としたような表情を浮かべるワルツ。
その隣りにいて、最初は唖然としていたヌルも、ようやく思考が追いついてきたのか、ザパトの身に何が起ったのかを察して、こんな懸念を口にした。
「も、もしや、ザパトはもう二度と喋れない……とか?」
「…………!?」
「彼女の魔法の特性から考えるとそうなるでしょうね……。話によると、最上級の呪いの魔法ですら可愛く思えるような、トンデモ魔法らしいし……」
ワルツのその言葉を聞いて――
「…………」がくぜん
と、地面に膝を付き、うなだれるザパト。
そんな彼に対し、ワルツは声を取り戻す方法を口にするのだが――
「まぁ、同じ魔法を掛けてもらえば、簡単に解けるらしいけど……」
その言葉と同時に、彼女は重力制御システムを使って、ザパトのことを空中に浮かべると――
「……貴方、上司の忠告は聞いたほうが良いわよ?テレサやルシアは許しても……姉の私が許すとは限らないからね?」
ズドォォォォォン!!
――壁に叩きつけた。
その衝撃は、普段の彼女の行いから見れば、随分と抑えられたものだった。
敵対するためにこの町に来たわけではなかったので、ワルツはザパトに大怪我を負わせようとは考えていなかったようである。
とはいえ、相手は、身長2メートルを超える、ドワーフの巨漢。
ただ壁に叩きつける程度では、そう簡単には死なないと思ったのか、ワルツはザパトのことを、隣の部屋のその向こう側の壁まで、吹き飛ばしたようである。
その後で、彼女はソファーから立ち上がると……。
ボロ雑巾のような姿に変わり果てて、隣の部屋で転がっていたザパトへと向かって、こう言った。
「ちなみに今のは狩人さんの分よ?ルシアの分は……まぁ、彼女の失態もあったから、帳消しかしらね?ヌルの分は……いる?」
「いえ……。確かに、ミッドエデン側と手を組むことに反対された時は、本当にザパトがボレアスのことを考えているのか疑問に思いましたけれど……もう、十分だと思います。次にザパトが眼を覚ましたとき、恐らく彼は、今の恐怖を思い出して、きっと考えを改めるはずですから……。そうでなかった時は……その時ですね」
と口にしながら、意識のないザパトへと、冷たい視線を向けるヌル。
それから狩人が困ったように口を開く。
「私の分なんて、どうでも良かったのに……」
「いや、ダメですよ?狩人さん。こういうのは、ちゃんと白黒つけておかないと、あとでナメられるって決まってるんですから。今までいいだけ商人たちにナメられてきて……私、気付いたんですよ。ヤる時はヤらなきゃダメだ、って」
「そ、そうか……。ワルツが善意でそう言うなら……悪い気はしないな!」
そう言って笑みを浮かべる狩人。
それにつられるようにして、ワルツもヌルも苦笑を浮かべていたようだが……。
部屋の向こう側で会議を行っていたドワーフたちも、壁を突き破って吹き飛んできた自分たちの長の姿を見て、その顔に様々な表情を浮かべていたようである。
なおそれは、怒りでもなく、そして恐怖でも無かったようだ。
……会議をする時に、アルコールを摂取してはいけない。
そう書けば、彼らがどんな表情を浮かべていたのかについては、おおよそ分かってもらえるのではないだろうか。
短いのじゃ!書きやすいのじゃ!
3000文字前後なら、もちべーしょんが維持できるのじゃ。
4000文字を超えると、手が小刻みに震えてきて……。
5000文字を超えると、頭痛が痛くなり……。
10000文字を超えると、1日で書き切れなくなるのじゃ……。
……まぁ、あたりまえかのう。
そんなわけで、ザパトは残念ながらお亡くなりに……なっていないのじゃ?
ここで彼に消えられると、この町の執政は誰がする、という話になるからのう。
たとえ、カタリナ殿を召喚したとしても、ワルツにザパトのことを消すつもりは無かったのではなかろうかの。
というか、そうでないと、単なる殺人鬼でしかないからのう……。
……おっと。
次の話を書かねばならぬのじゃ!
忙しいのう……。




