8.6-21 ザパトの町6
「(あの、ワルツ様?一つだけ説明しておきます)」
「(えっ?何よ?急に……)」
「(ドワーフたちは酒精が入っている間、こんな感じで豪胆そうな見た目になっていますが、酒精が切れた途端、人が変わったようにしょんぼりとしてしまいますので、そのギャップに驚かないで下さい)」
「えっ……」
執政官の屋敷の中を、長老ザパトの後ろに付いて歩きながら、ドワーフの特徴について、ヌルから説明を受け……。
そしてその光景を想像したらしく、思わず耳を疑ってしまった様子のワルツ。
つまり、ヌルの話が正しいとするなら、彼女たちの目の前にいるザパトは、この瞬間も酩酊状態で、まるで変身するかのように、本来の姿とは異なる見た目になっているということらしい。
いや、もしかすると、彼らにとっては、素面でいることの方が異常な状態なのかもしれないが。
すると。
その会話が聞こえていたのか、ザパトは顔に満面の笑みを浮かべながら、アルコールについて自身の見解を口にし始めた。
「ふっはっはっは!ヌル様は、面白いことを仰るでござるなぁ!確かに、我らドワーフは、酒精を水代わりに飲むでござる。酒精は命の水、百薬の長でござるよ。今や、この町で、酒精抜きに生きていけるドワーフなど、どこにもおらんのではござらぬかのう!」
そう言って再び、豪快に笑い始める長老ザパト。
そんな彼の言葉を聞いて、
「(あー、なるほど……。リアル中毒者ってわけね……)」
ワルツたちは、呆れたような表情を浮かべながら、ザパトの背中へと向かって、ジト目を向けていたようである。
まぁ、市壁を移動させて、これから彼に謝罪しなくてはならないルシアだけは、その例外だったようだが。
◇
それから、応接間と思しき場所へと案内されて、そしてそこにあったソファーへと腰を下ろすワルツたち。
その際、彼女たちところへと、秘書と思しき者がやってきて、机の上に透明な液体が入ったグラスを置いていったが……。
ザパトの話の流れから推測すると、どうやらそれは、水ではなさそうである。
そんな彼女たちが居た執政官の館は、基本的に木造建築で、所々に金属の板を使った補強が施されているという、この世界でも珍しい建築様式になっていた。
より具体的に言うなら、建物を支える梁と柱が、金属の板とボルトのようなものを使って、しっかりと固定されていて……。
そして、扉や壁も大半部分が木材でできているものの、強度が要求される要所の部分は金属でできている、といったような、金属材料と木材の両方を組み合わせた工法によって造られていたようだ。
例えるなら、耐震補強をやりすぎた日本家屋、と表現できるかもしれない。
まぁ、それはさておいて。
ワルツたちが座ったソファーとは、低い机を挟んで、反対側に立っていたザパトが、何かに驚いたような表情を浮かべていたようである。
「ヌル様?よろしいのでござるか?儂はてっきり、こちらの『椅子』に座られるかと思っておったが……」
「いや、構わん。今のボレアスの状況において、私が大きな顔をして椅子でふんぞり返るなど、あってはならんことだ。その席には、この町の主であるザパト殿が座ると良い」
と真面目そうに口にして、ソファーの座り心地を確認するかのように腰を浮かせてから、ワルツの座っていた方へと2cmほど移動しようとしたヌル。
しかし、その行動は、見えない重力障壁によって遮られ、結局彼女は、逆方向に5cmほど移動してしまったようだ。
「…………」
「どうしたのでござるか?ヌル様。急に黙り込んで……」
「いや……何でもない。それよりも早速だが、本題に入ろう。お互いに時間は無いのだ」
そう言って、険しい表情を浮かべるヌル。
すると、空気が変わったことを感じ取ったのか……。
常に笑みを浮かべていたザパトも、真面目そうな表情を浮かべて、その場にあった豪華な椅子へと腰を下ろした。
それを見届けてから、ヌルが話し始める。
「まず、貴殿も知っているとおり、この国は今、極めて困難な状況に陥っている。エクレリアという人間側の領域にある国からの侵攻だ。ここに来る途中も、彼らの異常に発展した武器を何度か目の当たりにしたが……この町ではそれによって大きな被害は出ていないだろうか?その辺の情報を聞かせてもらえると助かる」
と、情報を把握しているだろうザパトに対して、報告を求めるヌル。
するとザパトは再びニンマリと笑みを浮かべると、その場にあったコップの中身を口の中へと一気に傾けて、上機嫌な様子で説明を始めた。
「何も問題はござらぬ。進んだ武器とは言え、所詮は人の作った道具。ならば、我らのハンマーを使い、再び『鍛えて』、鉄くずに戻すことなど、造作も無いことでござるからな」
「あぁ……確かにそのようだな。先程も、『戦車』という兵器を、この町の兵士たちが容易く破壊していたのを拝見させてもらった」
「左様でござるか。ならば、ヌル様にも分かってもらえたでござろう。……この町は最後まで、エクレリアとかいう蛮族共に屈することはない、と!」
そう言って――
グシャリ……
と、持っていたグラスを握りつぶし、口元を釣り上げ、そして眼光を鋭くする長老ザパト。
そんな彼からは、長老などという二つ名よりも、狂戦士、と言ったほうが適切ではないかと思えるような圧迫感が染み出していたようだ。
一方。
その言葉を聞いたヌルは、難しそうな表情を見せていた。
「(どうしたものでしょう……。おそらく長老は、エクレリアのことを甘く見すぎているような気がしますね……。忠告すべきか、あるいは士気を保つために、何も言わないでおくべきか……)」
と内心で頭を悩ませる、ボレアスの最高司令官。
すると、ザパトはそれに気付いていないのか、近くにあった棚から取り出した新しいグラスに透明な液体を注ぎながら、おもむろにこんなことを言い出した。
「ところでー、町の外で大な騒ぎがあったようでござるが……ヌル様は何か知ってござるか?」
その瞬間――
「…………!」ビクッ
身を硬直させるルシア。
どうやら彼女は、謝罪をしなくてはならないその時が来たことを感じ取ったようである。
しかし、隣りにいたワルツが影になっていたためか、ヌルがその様子に気付くことはなく……。
彼女はそのままザパトの問いかけに対して、返答を始めた。
「実はいくつか問題が起こってな……。まず、近くの森にいたドラゴンたちだが……我々に懐いた」
「…………へ?」
ヌルのその言葉が理解できなかったのか、アルコールを口に運ぶ手を止め、そして聞き返すザパト。
それからもヌルの事情の説明は続いていく。
「ドラゴンたちが懐いたのは偶然だった。これには話せば長くなる事情(?)があってな……。それについては、後ほど説明しよう。だが、そのせいで、門番たちに警戒されて正門を閉じられてしまってな……。騒ぎが起こったのはそれが原因だ」
「なんとも俄には信じられぬ話でござるが……ヌル様ならドラゴンを手懐けることなど造作もないのでござろう。しかし、これは、なんとも申し訳ないことをしてしまったようでござる……。ヌル様のことを町に入れぬとは……」
と、ザパトが申し訳なさそうに俯いた、そのタイミングで――
「……ごめんなさい……」ぼそっ
ルシアが小さな声で謝罪した。
しかし、その言葉はあまりにも小さかったためか、ザパトには聞こえなかったようである。
ただ、その代わり……。
彼はその場にいたワルツたちに対して、初めて注意を向けることになったようだ。
「そう言えば、この者たちは何者でござるか?」
「そうだったな。紹介が遅れて申し訳ない。まず彼女が狩人殿だ。我が国に支援を申し出てくれた国の、軍部の司令官だ」
と、狩人に水を向けるヌル。
すると狩人はその場に立って、簡単な自己紹介を始めた。
「ザパト殿といったか。お初にお目にかかる。……狩人だ。これからよろしく頼む」
「狩人……?失礼ですが、随分と変わった名前の御仁でござるな?」
「これは、すまない。普段から狩人と呼ばれているから、すっかり自分の本名を忘れるところだった。省略してリーゼ=アレクサンドロス。省略しないと、エリザベス=B=アレクサンドロスと言う者だ。だが、いずれにしても長いので、狩人と呼んでもらって構わない。皆からもそう呼ばれているからな」
そう口にして手を差し出す狩人。
その手をテーブル越しにザパトが握って、握手を交わすのだが――
「……なるほど。相当、武芸に秀でた御仁のようでござるな?」
彼はそれだけで、狩人がどのような人物なのか感じ取ったようだ。
「いや、そんなことはない。右も左も分からない、ただの小娘さ」
と謙遜しながら、再びソファーへと座り直す狩人。
ヌルはその後で、補足の言葉を追加した。
……ただし。
その言葉は、少しばかり(?)、場を乱すことになってしまったようだが。
「実は狩人様は、魔族ではない。人間側の領域にあるミッドエデンという国から来たのだ」
その瞬間、
「に、人間ですと?!」グシャッ
再度、手に持っていたグラスを握りつぶすザパト。
どうやら好戦的な彼にとっては、魔族の国であるボレアスが人間側の国と手を結ぶという構図を、簡単には受け入れられなかったようである。
今日も、長文になってしまったのじゃ〜。
もうダメかも知れぬ〜。
あ゛〜。
…………はぁ。
長文になったことを後悔する文を書いておったら、なんとなくじゃが、これから3年分くらいは、あとがきを埋められるような気がしておるのじゃ。
というか、既に何日間か連続で、同じことを書いておるからのう……。
まぁ、それは置いておいて。
昨日、一昨日と言っておった通り、金曜、土曜と、かなり忙しいゆえ、今日の内に明日の話を予約投稿して、明日、金曜と土曜の分の2話を投稿せねばならぬのじゃ。
というわけで、今日はここで切り上げさせてもらうのじゃ?
……本当、洒落にならない忙しさが予想されるからのう……。
いや、既に忙しいのじゃがの?




