8.6-19 ザパトの町4
「お寿司お寿司お寿司……!」
「いや……ルシア?そのポシェットの中身は?」
「えっ?……空だよ?」
「えっ……コルテックスに届けてもらったんじゃないの?」
「うん、もう全部食べた!」
「あっ…………そう……」
およそ1週間分の稲荷寿司の出前を、コルテックスへと頼んだワルツ。
それが今朝、無事にルシアの元へと届けられたわけだが……。
ただの朝の1食で、すべて無くなってしまったと聞いて、ワルツの思考は止まってしまったようである。
そんな彼女たちがいたのは、ザパトの町の正門前。
より具体的に言うと、そこに並ぶ長いの列の、かなり後ろの方である。
そこには、エクレリアの者たちによって、居場所を失ったと思しき者たちが、大量に詰めかけていて……。
家財道具や商売道具、さらには戦争道具などなど、持てる限りの物を持って、皆ここまでやってきていたようだ。
そのせいもあってか、町の外には、あふれかえるかのように、大量の馬車が停車していた。
多くの者たちが馬車で避難してきたために、すべての馬車が町に入れず、外へと溢れ出してしまったようである。
そんな場所に、ワルツたちが乗ってきた大量の馬車がやってくると、混乱どころの騒ぎではなくなるので……。
彼女たちの馬車は、混雑する正門近くにはなく、何かあった時にすぐ出発できるようにという意味合いも込めて、そこから少し離れた街道沿いの路肩に停車してあったりする。
なお、馬車に一緒に付いてきていたドラゴンたちは、いらぬ混乱を生まないよう、唯一喋ることの出来た大きな地竜に説得(?)されて、町から少し離れた場所で待機している。
ヌルの話によると、彼らとドワーフたちは、あまり仲が良くないらしく……。
ドラコンたちが不用意に町へと近づくのは、非常に不味いのだとか。
まぁ、ザパトの町に住んでいるのが、たとえドワーフたちではなかったとしても、普通の感覚を持った人間なら、警戒して当然なのだが。
そんなこんなで混雑するザパトの町の正門前で、ワルツたちは、紐をつけた3人のドワーフたちを引っ張りながら、大人しく入町検査を待つ列に並んでいた。
ちなみに、3人のドワーフたちの正体は、盗賊、ではなく、この町の兵士だったようである。
時折、狭い山道を越えてやってくるエクレリアの戦車のことを警戒していた彼らは、まさか行き止まりのはずの方角から大量の馬車たちが現れるとは思っていなかったらしく……。
ワルツたちのことを、エクレリアの者たちだと思い込んだのだとか。
……しかしである。
それが分かっても、今日のワルツは、どういうわけか彼らのことを許さなかったようだ。
「ダメよ?飛竜、離したりなんかしたら。こいつらの上司に、文句の1つや2つくらい言わないと、気がすまないんだから!」
どうやら彼女は、戦闘するならまだしも、欲求に従うままアルコールを要求してきた彼らに対し、腹の虫が収まらなかったらしい。
「うむ。心得ておる」
ワルツの言葉を受けて、3人の巨漢たちに付けた紐へと、力を込める飛竜。
どこからどう見ても、体格差的に、ふざけているとしか思えない光景だったが……。
引っ張られていたドワーフたちが、皆、真っ青な表情を浮かべていたところを見ると、決してそういうわけではないようだ。
それからしばらく、皆で列に並んでいると……
「……お前ら、何をしている?」
その異様な光景に気付いたのか、別の兵士と思しきドワーフがやってきた。
雰囲気から察するに、どうやら彼がドワーフたちの上司らしい。
そんな一際体格の良いドワーフの姿を見て、
「た、助けてください!リーダー!」
「俺たちは……俺たちは、喧嘩を売っちゃいけない相手に喧嘩を……!」
「いや、むしろ、大人しく従ったほうがいいかもしれません……」
と混乱した様子で、助けを求めるドワーフたち。
それを見てどう思ったのかは不明だが、リーダーと呼ばれたドワーフは、呆れたような表情を見せると……。
部下たちではなく、その場にいたワルツたちへと事情を問いかけた。
おそらく彼は、部下たちから話を聞いても埒が明かない、などと考えたのだろう。
「すまないが、お嬢さんたち。こいつらが何をしたのか、儂に教えてくれぬだろうか?」
そんな低姿勢なリーダードワーフに対して返答したのは、怒りが収まらない様子のワルツだった。
よほど腹に据えかねたものがあったようである。
「いやね?こいつらったら、こんな小さな女の子に、酒を寄越せ、って言って襲い掛かってきたのよ。もう、頭おかしいんじゃないかと……(それに、イメージもなんか違うし……)」
「「「ちょっ!」」」
「ん?何か言いたいことでもあるわけ?釈明できるなら、聞いてあげるから、言ってみなさいよ!」
「「「…………」」」
そんなワルツの攻撃的な言葉に、閉口して眼を伏せるドワーフ兵たち。
皆、後ろめたいことがあったらしく、ワルツのその言葉に言い返せなかったようである。
その様子を見て――
「……それは本当か?」
部下たちに向かって、深刻そうな表情を浮かべながら、確認の言葉を口にするリーダー。
それに対し、部下たちが、渋々と言った様子で頷いた……その瞬間だった。
リーダーのドワーフが、背負っていた巨大なハンマーを手に取ると――
「……戦時の軍法により、貴様らをここで処刑する!」
急にそんなことを口にして――
ドゴォォォォォン!!
と、そのハンマーを、その場にいた部下たちへと振り下ろしたのである。
それは戦時におけるボレアス帝国軍の掟だった。
従軍している者が犯罪を犯せば、即死刑。
特に、ドワーフたちにおいては、一般人にアルコールを強要するなど、まずあってはならないことだったようだ。
……ただ。
そのハンマーが、3人の部下たちに当たって、彼らが見るも無残な肉塊になる、などということはなかった。
「いや別に、そこまでしなくてもいいわよ……」
振り下ろされそうになっていたそのハンマーを、ワルツが手で押さえていたのだ。
それも、手の甲でツッコミをするように、軽々と、である。
それに気付いて――
「?!」
ワルツから、一気に距離を取るリーダー。
それから彼は、周囲の者にも聞こえるようにして声を上げた。
「貴様ら、何者だ?!」
「えっ……いや……ただの通りすがりの町娘……?」
「んなわけあるか!」
「「「…………」」」こくこく
と、リーダーのドワーフが口にした言葉に、同意するような反応を見せる、ヴァイスシルトのメンバーたち。
どうやらワルツの説明には、少々、無理があったようだ。
そんな彼女たちの反応に気づきながら――
「(いや、困ったわね……少し悪ノリが過ぎたかしら?)」
自身の行動をいつも通り、後悔し始めるワルツ。
それから彼女が、何か嫌な予感を感じて、ここはヌルに任せ、そして自分は後ろに引こうか、と考えた時だった。
ドシンドシンドシン……
ドシンドシンドシン……
ドシンドシンドシン……
森の中で待機しているはずだったドラゴンたちが、そんな重低音と振動、そして少なくない人々の悲鳴と共に、その場へと姿を現したのである。
……それも大量に。
どうやら彼らは、ワルツがドワーフのハンマーを受け止めたことで生じた轟音に反応して、その様子を見にやって来たようである。
一体彼らが何をしたくて、ワルツたちに付いてきたのかは、言葉が通じないので不明だが……。
少なくともワルツたちは、いつの間にか彼らに好かれてしまったようだ。
ただそれが事態を一層、悪化させてしまう。
「ど、ドラゴン?!このタイミングでだと?!」
「えっ……いや、彼らは……」
「お前らの仕業か!」
「ちょっ……」
「くっ!門を閉じろ!臨戦態勢を敷け!!」
「あー……」
放っておくだけで、勝手に事態が悪化していく状況に、頭を抱えるワルツ。
その際、彼女に対して、取り残された3人のドワーフたちが、同情したような、あるいは可哀想なものを見るかのような視線を向けていたようだが……。
ワルツがそれに気付いたかどうかは不明である。
ともあれ。
こうしてワルツたちは、ドワーフたちに警戒され、街の正門を閉ざされてしまったのである。
とはいえ、それ自体は、大した問題ではなかった。
最悪、町に寄れなくても、ワルツたちとしては構わなかったのだから。
……ただし、今朝までは。
「お、おす……お寿司は?」がくぜん
町に付けば、残量ゼロになった稲荷寿司の補給が出来ると思っていたのか、眼をまんまるにして、プルプルと震え始める、顔面蒼白な様子のルシア。
……その結果、何が起こるのか。
最早、言うまでもないだろう……。
――何が起こるか?
それはもちろん、ジェノサイドなのじゃ。
こう、眼を瞑れば、まぶたの裏に、ドワーフたちを千切っては投げ、千切っては投げ……と繰り返すルシア嬢のすがt
ブゥン……




