3-12 会食
狩人がワルツ達のところに戻ってきたのは日没頃だった。
やってきた狩人は、町の西側にあるはずの大岩や森、丘が無くなっていることに唖然としていたが、すぐに復活できたのは、ワルツ達との短くはない付き合いのおかげだろうか。
何はともあれ、ワルツ達は無事に町へと入町を果たした。
その際、テンポの新しい身分証を作ってもらったのは言うまでもない。
ところで、今、ワルツにとってあまりに巨大な問題が生じていた。
事の発端は、狩人がワルツたちを迎えに来るのが遅かったことだ。
つまり、宿がない。
それはそれで問題なのだが、ワルツにとってはそれほど大きな問題とは言えない。
では、何が大問題なのか?
それは・・・、
「ぜひ、家に泊まっていってくれ!」
という狩人の一言だ。
領主の館に泊まれ、と狩人が言うのだ。
厄介事が死ぬほど(?)苦手なワルツにとって、この町でこれ以上厄介なことはないだろう。
「なに、友人の家に泊まるもんだと思えば、なんてことはないだろう?」
(一体、どこの世界に伯爵家を「友達の家だから〜」なんて言って泊まりに行く平民がいるのよっ!?いたら顔を見てみたいわ!)
「・・・はぁ」
と実際でも内心でもため息を付くワルツ。
しかし、他のメンバーのことを考えると、我儘も言ってられない。
「分かりました狩人さん。ですが、面倒なことになりそうだったら、また逃げ出しますからね?」
意思表示だけは、はっきりしておく。
「あぁ、すまない。父様も母様も喜ぶよ」
「すまない、というのは本来こちら側のセリフなのですが」
と、ワルツは苦笑した。
というわけで、アレクサンドロス夫妻と会食をすることになった。
キリキリと、無い胃が痛むが、この際覚悟を決めるべきだろう。
(今日の昼食より酷い地獄は無いはず・・・)
そう思うと、すこし心が落ち着いてきた。
ここは、領主の館にある、それほど広くはない食堂だ。
暖色系の飾り付けが柔らかな雰囲気を作り出しており、落ち着いて食事をする空間と言っていいだろう。
下座(とはいえ食器が置かれている場所の中では、だが)にはワルツが腰掛け、そのとなりにルシア、ワルツの向かいにテンポ、そのとなりにカタリナが座っている。
なお、ワルツが下座に腰掛けているのは、何かあったら全力で逃げ出すわ!、という意思の表れだ。
とはいっても、まだアレクサンドロス夫妻と狩人はこの場にはまだ来ておらず、ワルツ達だけで座っていたのだが。
(どうしよう・・・、作法とか知らないし・・・食べながら喋っちゃダメなのよね・・・当たり前か。でも食事が全部終わるまで喋っちゃダメなのか、口の中に物がなければ喋っていいのか・・・)
狩人に聞けばよかったと後悔する。
(もし前者なら、無言で食べ続けなければならないけど、食事が終わるまで耐えられるかしら・・・そもそも、こんな基本的なこと今さら誰にも聞けないし・・・)
などと心配していたが、ここは仲間頼みよ!、というわけで勇者パーティーで会食や晩餐会の経験がありそうなカタリナに聞いてみる。
「ねぇ、カタリナ。こういう時の作法って知ってる?」
自分に本物の唇があったら青くなってるだろうな、と思いながらカタリナに問う。
「作法ですか・・・。普段のワルツさんの食事風景を見る限りは、特に問題ないように見えますが」
そう、他の人は皆、そう言う。
だが、本人からすると気が気でない。
例えば何から手を付けるべきか、例えばナイフとフォークはどちらから手に取ればいいのか、例えば口が汚れたらどのように口を拭えばいいのか、などなど幾らでも疑問が湧いてくる。
作法を習っておけばよかった、などと思っても後の祭りだ。
ガーディアンと同じ頭脳を持つテンポを見てみると、彼女はいつも通りの眠そうな半眼のまま、静かに椅子に座っていた。
どうやら、緊張はしていないようだ。
むしろ、寝ているんじゃないだろうか。
ルシアとカタリナは、二人でどんな料理が出てくるだろうかと、楽しそうに会話していた。
(私も、こんな余裕がほしい・・・)
美味しく食べられればそれでいい、という考えに達しないワルツは今にも泣きそうだった。
もちろん、顔には出さなかったが。
5分ほど待っていると、猫耳黒髪の女性が部屋に入ってくる。
どうやら、リーゼらしい。
彼女の姿は普段の革装備狩人スタイルではなく、上品な女性という印象の清楚な服装に身を包んでいた。
「皆、待たせて申し訳ない。すぐに両親が来るから、もう少し待っていてくれ」
口調は狩人だ。
「わぁ、狩人のお姉ちゃん、素敵・・・」
ワルツの目から見ても、こちらのほうがずっと似合っていた。
何故普段から・・・というのは、本人の趣味嗜好があると思うので、聞くべきではないだろう。
ところで、狩人の登場は、食事の作法に迷える子羊状態のワルツにとって幸いだった。
伯爵夫妻が来るまでの短い時間で、作法について狩人に聞いてみる。
「狩人さん、私、作法とか知らないんですが・・・基本的なことでいいんです。教えてください、お願いします!」
表情には出さないが、内心で泣きそうになりながら聞いてみる。
「ふむ・・・別に普段通りでいいのでは?」
「・・・」
(ひどい・・・ひどすぎる・・・・何故カタリナと同じことを言うの?!どうしてみんな、余裕があるの?!泣くよ?泣いちゃうよ?うわーーーーん!!)
と内心で恐慌状態に陥ったワルツ。
逃げ出そうかと思って窓の位置を確認する。
残念、だが机の向こう側だ。
挙動不審になっていると、遂に伯爵夫妻が部屋に入ってきた。
「申し訳ない。所用があって遅くなった」
「皆さん、今日はようこそ我が家へ。ぜひ、ゆっくりしていって下さい」
と、二人共、何故かワルツを向いて頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず・・・」
心のなかは荒んでいても、思わず礼を返してしまうのは、日本で染み付いた習慣か。
(ええい!儘よ!)
と勢いに任せることにしたワルツだった。
こうして食事会が始まったのだが・・・
「(普通に食べればいいのに・・・)」
ワルツの姿を見て、そう思ったのはテンポである。
何故か?
ワルツの皿から食べ物が勝手に無くなっていくのである。
作法が分からず追い詰められたワルツは一つの行動に出る。
すなわち・・・食事の隠蔽である。
ワルツは考えた。
(食事の作法において、やってはいけないこと、それは食事の作法から逸脱した粗相。でも、その粗相は誰かが見ることで、初めて観測される。なら、食事自体を隠してしまえば粗相の存在自体なかったことになる・・・はず)
要は、粗相しても隠してしまえばいい、と思いついたのだ。
それも食事ごとだ。
この考えだと、食事を観測できる者も居ないので、食事自体が無かったことになるのだが・・・指摘できるものは居ない。
重力制御で食べ物を口に運びつつ、ホログラムで宙を舞う食事を隠蔽する。
重力制御なら、垂れて唇に付きそうなソースが掛かった料理であっても、どこに付着することもなく、口の中に入れることができる。
それにフォークもナイフも使わないので、食器の使い方を気にする必要もない。
完全に能力の無駄遣いである。
あとは、口に物が入っている状態で会話してもいいかどうかの問題だが・・・。
「・・・」
皆、ワルツの食事風景を見て唖然としていたので、会話は生じなかった。
傍から見ると、ワルツの皿から料理が無くなって、代わりに何かを咀嚼しているワルツがいる、という風に見える。
食事会に参加している者で、ワルツの皿で何が起こっているのか、把握できるものは居なかった(但しテンポは除く)。
結局、ワルツが食べ終わる頃になっても、ワルツとテンポ以外の皿から料理が減ることはなかった。
ようやく、我に返った他の者達はとりあえず、平静を装って食事に戻る。
狩人や伯爵夫妻は、ワルツの様子に「やっぱり、神さまって凄い」などと思っていた。
ルシアやカタリナは、「これが、ワルツさん(お姉ちゃん)の故郷の作法か・・・」と感心していた。
テンポは、呆れていた。
そして肝心のワルツは、
(えっ?料理が冷めるまで待たなきゃならないなんてルールあったの?!)
などと、食べ終わってから思うのであった。
もちろん、そんなルールは無い。
その後、伯爵は、先日のレイヤ治療の技術についての感想、昨日の経験を基に町でも医学を発展させていきたいなど述べていた。
もちろん、口の中から食べ物が無くなった状態で、それも食事の合間に話していた。
ナイフやフォークの使い方も、伯爵と婦人で少し異なっており、特に厳密なルールは無いようだ。
汚れた口の周りもナフキンで単に拭くだけ。
つまり、ワルツの普段の食事通りだったというわけだ。
内心で、
(・・・普通に食べればよかった・・・)
と後悔して、泣きそうな顔をしながらプルプル震えていたのだが、気づいた者は誰も居なかった。




